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死なない男は生きる意味を知らない 〜猫獣人の少女と始まる旅〜  作者: 三島 勝仁
第一章 出会い

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16/24

セシルの日記と来訪者


 『今日から日記を書くことにしました。

 いつかの私、あるいは誰かのために、ここに記しておきたいと思います。

 私のこと、そして彼のことを。

 

 私がこの店に来てから10日ほど経ちました。

 仕事の内容は、接客、掃除、ヴェルさんが不在の際のお店番です。

 たったこれだけ、そしてお客様に関しては、まだ一度もいらしてません。

 

 先日のダンジョン探索には、私も同行させてもらいました。

 とても貴重な経験となりました。

 その探索において、この羽ペンをいただきました。

 早速使っています。

 綺麗な赤い羽に、先端はクリスタルでできています。

 とても綺麗で、使いやすいです。


 さて、私の雇い主について、今わかっていることを書いておきます。

 彼の名前はヴェルさん。

 なんでも屋さんです。

 と言っても、一般の依頼はほとんど来ないようです。

 ここがなんでも屋だと言うことを、誰も知らないのです。

 なので、依頼はいつもロックさんが持ってきます。

 たまに冒険者ギルドからも来るそうです。


 その依頼の大半は危険なものが多いようで、ヴェルさんは毎回酷い目に遭うようです。

 ただ、彼自身はそのことを特に気にしていないようなのです。

 本当にそれでいいんでしょうか?


 ヴェルさんは不思議な体質をしています。

 死んでも、生き返るのです。

 私自身も実際にその瞬間を見ました。

 トレントに魔力を吸われて、冷たくなっていた彼。

 それなのに私の手を離さずに、魔力を送り続けてくれました。

 目を覚ました私は、驚いて失礼な態度をとってしまいました。

 でも、あれは仕方ないと思います。

 本当に怖かったのですから。


 でも、優しいところもありました。

 私が要望を伝えれば、できる限り答えてくれます。

 もしかしたら、優しさではなく、私の指示に従っただけなのかもしれませんが。

 ヴェルさんは感情というものが、とても薄い。

 どうしてそうなってしまったのか。

 ヴェルさんの過去に何があったのかは、私は知りません。

 ですがあの夜、命を救ってもらった恩を少しでも返せるように、この店で精一杯頑張りたいと思います。


 まずは明日、ヴェルさんに朝食を作ってみようと思います。

 食べてくれるでしょうか。』



 ――――――



「ヴェルさーん、お茶入れますけど、何がいいですか?」

 

「なんでもいい、お前と同じものを」


 セシルはいつも通りヴェルに声をかける。

 返ってくるのは無機質な反応だが、拒否されたわけではない。


「ちなみに、朝食は……」


「不要だ。食材の無駄だ」


 うーむ、今日もダメかぁ。

 連日朝食に誘ってはみるが、なかなか食べようとしない。

 ついには、食材の無駄ときたか。

 そんなことないのに……。


 セシルはしょぼんと、肩を落とし、お茶を用意する。

 準備をしながら、セシルは背中越しに話しかける。

 

「今日は何か予定はあるんですか?」


「ない」


「――そうですか」


 ダンジョン探索の際には、よく話してくれたのに、街に帰ってきてから、この調子だ。

 やっぱりご飯を食べないから、イライラするんだ。

 ――まぁ、別に怒っているわけではないのだろう。

 だがやはり会話の相手としては、少々物足りない。


 ここ数日は依頼もなく、ただ店にいるだけで、何もしていない。

 外出は食材や日用品の買い出しくらいだ。

 それもセシルが行うため、ヴェルはずっとソファに座ったままだ。


 最近のセシルの日記は、ヴェルの観察日記のようになってしまっている。

 そこで今日は、前々から思っていたことをヴェルに聞いてみようと思った。


「あの、ヴェルさん。答えづらかったら答えなくてもいいんですが、ひとつ聞いてもいいですか?」


 セシルは用意したお茶をテーブルに置き、ヴェルの正面にソファに座る。


「なんだ?」


 セシルは大きく息を吸い込み、意を決して尋ねてみる。


「ヴェルさんって、種族とかって……何なんです、か?」


 意を決した割に、歯切れが悪くなってしまった。

 相手に種族を尋ねるのは、本来ならマナー違反である。

 だいたいの人は、見ればどんな種族かわかる。

 それを尋ねるというのは、相手の種族を批判しているように聞こえる場合がある。

 わかりづらい種族の者は、自ら名乗る。

 そうでない者は、

 

 『見ればわかるだろ』ということだ。


 

「――種族……おそらくは、人だな」


 ヴェルは少し考えてから、大雑把な結論を出す。


「いえ、それはみんなそうです。――そうではなくて、ヴェルさんには獣の特徴がないなと思って」


「――ああ、それは俺も知らんな」


 ヴェルは何かを思い出すように、視線を斜め上へと向ける。


「――前に、西の大陸の人間のようだ、とは言われたことがある」


「――西の?」


「ああ、奴らは、こちらの大陸には来れない。魔力を持たないからな」


 西の大陸。

 セシルも行ったことはないし、行くことはできないと聞いたことがある。

 西の大陸には、私たちのような『人』が住んでいるようだが、あちらの大陸には魔の力が及ばない。

 ゆえに私たちはその場所では生きられない。

 逆もまた然り、西の大陸の人間にとって、魔力は猛毒となるらしい。


「だが、あちらの人間と交流がある者もいる。そいつがそう言っていた」


「へぇー、じゃあヴェルさんも自分が何族なのかわからないんですね」


「ああ、特に興味もないがな」


 うーむ、聞いてはみたものの、あまりスッキリはしなかった。

 そして失礼ついでに、もうひとつの疑問にも踏み込む。


「ヴェルさんって、何で食べないんですか?」


「不要だからだ」


 この回答は、前にも聞いた。


「でも、食べないと、その……死ぬんですよね?」


 セシルは、言いづらいことを聞いている自覚はあるため、言葉尻が少々遠慮がちになる。


「死にはしない。――心臓が一時止まるだけだ」


 ヴェルはそのめちゃくちゃな回答で、答えたつもりのようだ。


「それは、自然なことではないです。当たり前のように言わないでください」


「だが、事実だ」


「でも、食べれば死なないんですよね?――ってことは食べるのが嫌いなんですか?」


「…………。」


 生物は、等しく何かを食べる。

 植物でさえ、水や土から栄養を得る。

 何かをエネルギーに換えて生きているのだ。

 だがヴェルはそれをしない。

 死んでいないのではなく、生きていないのではないか、とセシルは思ってしまう。


 (これ以上は、押し付けでしょうか)


 ヴェルが嫌がることをしたいわけではない。

 セシルと同じように、美味しいものを美味しいと思って欲しいだけなのだ。


「……嫌い、とは考えたことはなかった」


 ヴェルは、自分の中に何かを探すように、ぽつぽつと話し始める。


「俺も昔は背が小さかった。この大きさになるまで十数年はかかった。――それまでは、ものを食べさせられていた」


「――はい」


 セシルは静かに相槌を打つ、ヴェルの言葉を邪魔したくない。


「お前たちの言う味覚というものが、俺にはわからない。口に入った物は、全て等しくただの刺激だ。――水や茶ならそれが少ない」


 言い終わると、ヴェルはやっと入れたお茶に手をつけた。


「ふむ……ってことは、――超薄味が好みってことですね!」


「…………さぁな」


 なるほど!と鼻息を荒げるセシル。

 ヴェルは、余計なことを言ったか、と珍しく自分の発言を後悔した。


「それじゃ、今晩はヴェルさんの好みに合わせて薄味の夕食をつくりますね!」


「……勝手にしろ」


 セシルは、ヴェルの投げやりな言葉を許可と受け取った。

 そして、こうしてはいられない、と早速買い出しに行く準備を始める。


 そして意気揚々と、扉へと手をかける。

 それと同時に、少し遠慮がちにコンコン、とドアノッカーが鳴る。

 この音は……。

 セシルはうーん、と少し悩み、目を瞑りながらゆっくりと扉を開ける


「レイ君!」


 と予想した相手の名前を答えながら、セシルは目を見開く。


「正解です。よくわかりますね」


 セシルは、よし!と小さくガッツポーズをする。


「ここにくる人、少ないですから」


 セシルは扉を押さえ、レイを中へ通す。

 レイは一言お礼を言うと、ヴェルに告げる。


「ヴェルさん、ロックさんからです。――『いつものだ』とのことです」


「ああ」


 ヴェルはそれだけ言うと、レイから小さな木箱を受け取ると、二階へと上がっていく。


「何を渡したんです?」


 セシルはヴェル宛の荷物に興味を示す。


「さぁ?中身については僕も聞いていません、ただ渡すように、と」


「……気になりません?――ヴェルさん滅多に部屋には行かないのに、あの箱を持って行きましたし」


「まぁ、ちょっとは気になりますけど」


 一応レイはただのお使いとはいえ、仕事で来たのだ。

 運んできた荷物の中身を詮索するのは、プライドが許さないらしい。


「私ちょっと聞いてみます!」


 セシルは、ヴェルのカップにもう一杯お茶を注ぐ。

 それをトレイに乗せて、ヴェルの部屋へと持っていく。

 コンコンと、ノックをして声をかける。


「ヴェルさん、入ってもいいですか?」


「……ああ、構わない」


 少し返事が遅かったが、許可はもらった。

 セシルは早速中へと踏み込む。


「お茶、もう一杯いかがですかー?」


 扉を開けた瞬間、微かな煙草の香りがセシルの鼻腔をくすぐる。

 部屋に入ってきたセシルに、ヴェルはちらりとだけ視線を向ける。

 ヴェルは椅子に座り、窓の外を眺めていた。

 その手には、火のついた煙草を持っており、とても絵になる姿だった。


 (やだ、ちょっとかっこいいかも)


 大人の男性と煙草。

 そんな構図に、セシルの胸は少しだけ高鳴った。


「――煙草、吸うんですね」


「ああ、たまにな」


 セシルは無意味にカチコチと緊張しながら、おかわりのお茶を机の上に置く。

 カップから立ち上がる湯気と煙草の煙が交わり、まるでお香のようないい香りがした。

 セシルは煙草に詳しくはないが、なんとなく女性向けのようにも思える。


 ヴェルは煙草を咥え、煙を深く吸い込む。

 煙草はチリチリと音を立てて短くなっていく。

 そして開け放たれた窓に向かって、煙を吐き出す。

 煙は空へと向かい、ゆっくりと消えていく。

 

 その一連の動作はいつまでも見ていたくなった。

 だが、これは邪魔しちゃいけないものだ。

 セシルは静かに部屋を出て、高鳴る心臓を押さえつける。


 階段を降りてレイの元へ戻ると、レイが尋ねる。


「どうしたんです?顔が赤いですよ」


「……内緒です」


 その後、しばらくしてヴェルが戻ってくる。

 レイは、セシルの態度に首を傾げながら、ロックからの言伝をいくつか告げると、店を後にした。

 セシルはなんとなくヴェルの顔が見られない。

 俯いてソワソワとしていると、買い出しに行こうとしていたことを思い出す。


「あ、私、買い出しに、行ってきます」


「ああ、気をつけて行け」


 ヴェルの何気ない言葉に、心臓が跳ねる。

 何かの奇術にでもかかったような、居心地の悪さを感じる。


 そして今一度、買い出しへ向かおう立ち上がると、またしても控えめなドアノッカーが音を鳴らす。


「あのー、ヴェルさん」


 中に入ってくるのは、やはりレイだった。

 何か忘れ物でもしたのだろうか。


「ヴェルさんに会いにきたという方が……」


「客?――誰だ?」


 ヴェルはソファから立ち上がり、控えめに開けられた扉を全て開け放つ。


「あー!やっと見つけたわ!」


「お前か」


 ヴェルの前に現れたのは、トレントの近くにいたあの妖精だった。

 妖精はヴェルの顔の前で、忙しなく飛び回る。


「何の用だ?」


「何の用だ?じゃないわよ!せっかくこっちから来てあげたのに!」


「頼んでいないが」


 妖精はイーと歯を剥き出しにして威嚇する。

 そして下の方を指差しながら告げる。


「まぁ会いに来たのはあたしじゃなくて、この子なんだけど」


 セシルもヴェルの後ろから、覗き込む。

 妖精の指差す先には、僅かに新緑の香りが漂う小さな女の子が立っていた。

 緑の髪を地面近くまで伸ばし、指を加えてヴェルを見上げている、可愛らしい女の子だった。

 

「この子は、知り合いですか?」


「知らん」


 ヴェルが女の子と目を合わせると、女の子は花が咲いたように笑みを浮かべる。

 そしてヴェルの足に抱きついて、きゃっきゃと笑っている。


「覚えてないの!?あの子よ!あ、の、子!」


 ヴェルは記憶を探るが、この少女とは会ったことはない。


 そして少女はヴェルの足にしがみついたまま顔を上げる。

 そしてヴェルの顔を指差して一言。


「――パパ!」


 少女の一言に、セシルはショックで倒れそうになる体を、レイが咄嗟に支える。


「――こ、この子、もしかして、ヴェルさんの……」


「隠し子か何かですか?」


「…………違う。俺はパパではない」


 ヴェルは足にしがみつく少女にはっきりと告げる。

 だが少女はきゃっきゃと笑いながらしがみつく手を離すつもりがない。

 どうしたものかと、大きなため息を吐く。


 そしてこの日、セシルはショックのあまり、買い出しに行くことを完全に忘れた。

 夕飯の材料がないことに気づくのは、もう少し後のことだった。


 

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