第37話 『エメリ』
例えるなら不可視の一撃。
いつの間にか背後に忍び寄り、気付かぬうちに致命傷を与える。
シーフという女の子の印象はまさにそれ。
彼女の行動には毎度毎度驚かされてばかりだが、今回は驚きよりも疑問があった。
戦闘になるとどこかに隠れているシーフが前線に出ている。
普段とは違う行動に疑問を浮かべるのは当然だと思う。
シーフは後ろを振り向き、ブレイブを含めた全員に声をかけた。
「あーたちはなんもしないで黙っていて欲しいっす」
「何を、言ってる……お前では……どうにもならん」
「別にエメリを倒すわけじゃないっすから。つか、あーたちは関係者なんすよね? だったら何言っても火に油をそそぐだけっすよ」
ぐうの音も出ないって感じ。
それはインニェルや魔法使い、戦士もおんなじ。
シーフの言っていることは間違ってない。
ブレイブがいくら説得したところで私には理解できない。
だって、ブレイブは私と同じ気持ちのはずなのに、どうして魔法使いと戦士を守るのか分からない。
「その点、アッシは部外者っすからなんとかしてみやすよ」
ニヤリと笑って、シーフは私へと視線を向けた。
シーフに策的なものはなさそう。
だだ、ゆっくりと歩みを進めるだけ。
敵意なんて微塵もない。
まるで街を散歩するかのように自然体。
「エメリ、聞いてんならアレっすけど、いきなり攻撃しないでくれると嬉しいっす。その攻撃喰らったらアッシは即死確定なんで」
攻撃なんて考えてない。
この借り物の力を振るうのは復讐すると決めた相手だけ。
シーフには攻撃しない。
でも、私を包み込む闇は触れるだけで肉体と精神を蝕んでしまう。
「シーフ、それ以上は来ないで」
シーフは今や闇と砕けた大地の境界線まで来ている。
「聞こえているんなら上々っす。言っておきやすけど、来ないでっていくら言ってもアッシは行きやすよ」
そう言って、シーフはなんの躊躇いもなく闇の中に足を踏み入れた。
一気に苦痛に顔が歪んでいく。
動きは確実に遅くなったけど、シーフは私に近寄ってくる。
「聞いていいっすか? いつから復讐しようとしてたんすか?」
「最初からよ」
×××
そう、本当に最初から。
お母さんが死んでから数年経った時、急にお母さんの記憶が頭の中に流れ込んできた。
その時に私はお母さんを殺した勇者たちの顔を知った。
共倒れになってもいいから殺してやろうと思った。
勇者たちの情報を集めようと近くの街に行くと、信じられないことに勇者がいた。
今思えばお母さんが出会わせるように調整していたんだと思う。
初めて勇者を見た印象は最悪だった。
記憶の中とは全く違う。
酒の匂いを漂わせて、髪はボサボサでヒゲは伸び放題。
感じ悪いし、名前は教えてくれないし。
こんなのにお母さんが殺されたと思ったら、悲しくて悔しくてどうしようもなかった。
私は適当に理由をでっち上げて、行動をともにすることにした。
一緒にいれば殺す機会はいくらでもあると思ったから。
それからインニェル、シーフも仲間に加わり、色んなところを旅した。
そうしていく中で私の決心が徐々に鈍っていくのが分かった。
ブレイブの告白を聞いた時、彼への復讐心は綺麗に霧散した。
私は嬉しかった。
私以外にもお母さんのことを思ってくれる人がいるという事実に。
だからなのか、私はブレイブの国での扱いに悲しみ、怒りを覚えた。
ただでさえ許すことのできない魔法使いと戦士への憎悪はさらに増した。
でも、旅を進めていくたびに私はある思いが過ぎるようになった。
本当に復讐は正しいのか?
別に誰かに求められたわけじゃない。
私が勝手に決めたこと。
けどやっぱり許せなかった。
こんなこと間違っているとは心のどこかで分かっている。
それでも私はこの復讐の業火を鎮めることができない。
×××
「──じゃあ、やっちまえばいいんじゃないっすか?」
私はシーフの声で我に返る。
シーフの体は半分近くまで闇に沈んでいた。
相当のダメージを負っているはずなのに、シーフは進み続けていた。
「申し訳ないっすけど、エメリの気持ちは全部分かっちまいました。この闇のせいっすかね」
「………………」
「そんなに悩んでんならいっそ派手に復讐しちまいましょうぜ? その方がエメリもスッキリしていいじゃないっすか」
「なんで、止めないの?」
つい、聞いてしまう。
こういう場合って、止めようとするのが普通じゃないの?
「だってエメリがしたいことなんすよね? じゃあすればいいっすよ」
シーフは言葉を区切って、真剣な眼差しで私を見つめた。
「でも、これだけは覚えておいて欲しいっす。何をしようともアッシはエメリの味方で友達っすよ」
分からない。
本当に分からない。
どんなに頑張って考えても分からない。
「なん、で……言い切れるの? 私がそこの魔法使いと戦士を殺しても?」
「友達っすよ」
「この国を滅ぼしても?」
「友達っすよ。当たり前じゃないっすか」
どんな質問をしても、シーフは否定しなかった。
全て肯定する。
私の怒りも、憎悪も是として肯定する。
「なんで、分かんないよ! 友達だからって、普通何でもかんでも受け入れられるものじゃないでしょ!」
「そうなんすか? 生憎とアッシの初めての友達はエメリなんで普通が分からないっす」
何を言っても飄々とかわされちゃう。
シーフは性格や行動だけでもなく、問答までもが掴みきれない。
ペースは崩れる、いや、完全にシーフが握っている。
私の動揺に反応したのか、シーフを飲み込もうとする闇の動きが鈍くなった。
シーフは消耗しているはずの体を動かす。
「アッシは全て肯定しやすよ。ただ、そこには前提条件がありやす」
「前提条件?」
私が聞き返すと、シーフは悲しそうな表情で呟いた。
「それを成し遂げた後、エメリは笑うことはできるんすか?」
「…………ぁ」
言葉を失った。
シーフは現状なんて眼中にない。
その先にある私の未来のことを話していた。
「アッシはエメリと色んなことをしたいと思っていやす。一緒にレストランでご飯食べて、服屋に行ってお互いの服を選んだり……ああ、これは西の国でしやしたね。でも、もっともっとしたいっす。他には旅行! 旅行したいっす! 水の都とか言われている世界一綺麗な街に一度でいいから行ってみたかったんすよね」
「シーフ……」
「きっと一緒にいたらしたいことはバンバン出てくると思うっす。その都度にアッシはエメリを誘いやす。あんまりしつこく誘い過ぎて、エメリに怒られるかもしれないっすけど、アッシはめげずに誘って結局エメリが折れるんすよ」
「なんでそこまで……」
シーフはうずくまっている私の頬に優しく手を添えた。
その瞳からは一筋の涙が伝い頬を濡らしていた。
「でも、アッシが思い描く未来のエメリは笑っているんすよ」
ああ、もうできない。
私には復讐はできない。
だって、想像しちゃったんだもん。
シーフと笑い合っている未来を。
それは復讐の薄暗くて怪しい輝きの何十倍、何百倍も綺麗で眩しい輝きだった。
そんなものを見せられたら、私がしようとしていたことがあまりにもちっぽけで下らないことだと理解してしまった。
私の瞳からは涙が溢れ出ていた。
シーフは私を抱きしめてくれた。
とっても温かくて優しくて……。
私は彼女の本名を……私だけが知っているシーフの本名を泣きながら呟いた。
「シルフィ……シルフィ……!」
シルフィを抱きしめたまま、はっきりとした口調で言った。
「闇如きが、アッシのエメリを盗れると思ったら大間違いっすよ」
その瞬間、私の周りで蠢いていた闇が跡形もなく消滅した。




