99 秘術・蛇穴穿孔
前回のあらすじ
術者を含めた16体VS16体のチェスを模したゲーム、影霊合戦の火蓋が落ちる。
シドはステータス面でも、影霊の強さでもソブラに遅れをとっているため、ヴァナルガンドの転移能力で短期決戦をしかける。
しかしシドの転移からの奇襲攻撃は、ルゥルゥによって防がれてしまうのであった。
ソブラを守るように立ちはだかるルゥルゥの短剣が――俺のバルムンクを受け止めた。
「失せろ。いくらテメェの戦闘技量がずば抜けていようと、レベル差50が埋まることはねェ」
「…………」
ルゥルゥは答えない。
かつて勇者パーティにいたときと同じように、何を考えているのか分からない冷たい瞳を向けるだけ。
「…………」
ルゥルゥは一旦俺から距離を取ると、懐から1本の針を取り出した。
あまりにも細いその針は、暗殺者の暗器というより、按摩が使う治療用の針のように見える。
「それでどうするつもりだ?」
ルゥルゥはその針を――あろうことか自分の脳天に突き刺した!
「は、はァ!?」
「ア――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッ!!!!」
それが――俺の初めて聞いたルゥルゥの声だった。
ルゥルゥの瞳から黒目が消失した。
充血した白目のみになり、目の周囲の血管が太く浮かびあがる。
明らかに尋常ではない雰囲気だ。
ルゥルゥの雄叫びも、発破をかけるためというよりも、激痛に耐えるためのような痛ましさを感じる。
「(どうなってやがる……?)」
『あれはラギウ族の秘術――蛇穴穿孔じゃ』
合戦に参戦していないエカルラートが、影の中から解説する。
『秘孔を脳部に到達するまで穿つことで、一時的に身体能力を劇的に向上させるラギウ族に伝わる秘術じゃ』
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッ!!!!」
「ちッ!」
――斬!
――キィンッ!!
ルゥルゥは再度短剣を構えて飛び掛かる。
――斬!
――斬斬斬!
――斬斬斬斬斬斬斬!!!!
目で追えない超スピードで繰り出される剣戟がバルムンクをかいくぐり、無数の斬撃に見舞われる。
「(早い……ッ!? レベル差50だぞ!? 身体能力でカバーできる力量じゃねェだろ!?)」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッ!!!!」
だがルゥルゥの動きは、俺の常識を打ち砕く。
以前戦った《聖痕之陸》――赤髪のアサシン、アニスよりも早い。
ソブラの元に辿りつくどころか、ジリジリと後退させられている。
「(エカルラート、何か弱点はないのか!?)」
『蛇穴穿孔のデメリットは、肉体的負担が大きく寿命を縮めること――ルゥルゥの身体が限界を迎えるまで耐え凌ぐしかあるまいな』
ルゥルゥの顔を見れば、白目から血の涙を流していた。
眼球の血管が破れたのか?
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッ!!!!」
だがルゥルゥはお構いなしに短剣を振るい続ける。
寿命を縮める秘術を使い、激痛に苛まれ、悲痛な叫びをあげながらも、奴は圧倒的ステータス差を持つ俺に挑み続けている。
だがルゥルゥはソブラのスキルで使役させられている訳ではない。
己の意思で、ソブラを守っているのだ。
何を彼女がそこまでさせるのか……?
「フレイヤ――ルゥを強化しろ」
『~~~~♪』
後方で高めの見物を決めているソブラが影霊に指示を出した。
球体の精霊型の魔物――フレイヤが歌うように声を奏でると、ルゥルゥの身体が淡く輝く。
「――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッ!!!!」
「更に早くなりやがった!?」
――ザクッ! ザクザクザクッ!!
――HP1820/2080
「ぐェッ!?」
敵の精霊型魔物が使ったのは恐らく身体強化魔法。
蛇穴穿孔で強化された肉体に施される――追いドーピング。
不死故に刻まれた傷が即座に回復するも、このままではいつまで経ってもソブラへの攻撃は見込めない。
となると――影霊の戦力差で不利な俺の陣営はやがて全滅し、俺の敗北が決まる。
奴の連続攻撃に対抗するため、こっちも手数を得意とする《隼刃の双剣》に持ち変えたいが、残念ながら手元にヴァナルガンドがいなければ異空間に収納している武器庫にアクセスすることが出来ない。
しかも影霊の追加召喚もルールで禁じられているため、影霊の武器だけを召喚することも出来ない。
「よし――オーガとゴーレムも進行。シドの影霊を討て」
ソブラが玉座の上から影霊へ指示を出した。
ルゥルゥの超高速斬撃を可能な限り防ぎながら後方へ目線をやると――既に合戦の序盤は決着がついていた。
歩兵であるオークとサーベルパンサーの戦いは、ソブラ陣営であるサーベルパンサーの圧勝に終わっている。
俺のオークは全滅。
対するソブラのサーベルパンサーはまだ6匹残っており、後衛の大駒と共に進軍を開始した。
「ちッ! 迎え撃て!」
俺も負けじと残った大駒影霊に指示を飛ばす。
「(まずい……ッ!)」
指揮官はルゥルゥに貼り付けにされ、斬撃を捌くので手一杯でろくな指示を出すことが出来ない。
対するソブラは安全な後方から戦場を俯瞰して的確な指示を出すことが出来るし、転移魔法使いや強化魔法使いといったサポートタイプの影霊も充実している。
挙句戦闘タイプの影霊の元々の総合戦闘力さえも負けている。
このままでは――負ける。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッ!!!!」
――斬ッ!
ルゥルゥの短剣が、俺の右耳をえぐりとった。
虫の足を手足を一本ずつもがれるように、俺の影霊が蹂躙されていく未来を暗示するように。




