65 若き狩人と若き聖女
今回はシドと死闘を繰り広げたカイネサイドの三人称視点となります。
――ダンジョン最奥部。
――ゴオオオオオオオオオオオッッッッ!!
心臓に鋸鉈を突き刺したカイネを中心に、触れたもの全てを塵に分解する【聖砂の錆塵】が吹き荒れる。
一度発動すれば、術者が死亡するか、心臓の鋸鉈を引き抜かない限り、砂塵が止むことはない。
「…………」
カイネは玄室の壁に背を預けながら、失血死でHPが0になるその時を待っていた。
「(影霊術師と相打ち――上出来な最後だ。フランシス……セルヴァ……俺もそっちへ逝く……この腐った身体で、天の門が潜れればの……話だがな……)」
『――ネ様!』
全身を蝕む祝福の痛みも感じない。
五感が殆ど機能しなくなった瀕死の肉体にも関わらず、声が聞こえた。
『――イネ様!』
女の声。
「(……誰だ?)」
『――カイネ様!』
自分を呼ぶ声。
少しずつ大きくなっている。
「(お前なのか……? フランシス……?)」
「カイネ様!!」
***
「カイネ君!」
――これはカイネ・カイウェルの走馬灯。
――20年前の記憶。
「こんな所でなにしてるの?」
「それはこっちのセリフだ――今は祈りの時間だぞ」
人気のない大聖堂の裏手。
カイネの元に1人の女性が訪れる。
黄金の髪を長く伸ばし、白く柔らかな肌を持った美女。
後に《慈愛の聖女》と呼ばれ、フローレンス・キューティクルを産むことなる、回復魔法の使い手――フランシス・キューティクルであった。
「抜け出してきちゃった、へへっ」
大聖堂の中からは、讃美歌が聞こえてくる。
フランシスはカイネの目の前に、手作りであろう小さな祭壇のような台を見つけ、ぱっと目を輝かせた。
「あっ! もしかしてカイネ君、ここでお祈りしてたの!?」
「主は俺ら子羊がどこにいようと見守ってくれている――であれば、どこで祈りを捧げようとも、主には届くだろう」
「だとしてもさ、お互いに《聖痕の騎士団》に選ばれたんだから、専用の大きな礼拝堂でお祈りした方がいいんじゃない?」
「俺がいたら、他の奴が集中して祈りを捧げられなくなるだろ」
この時、既にカイネは《朽ち移し》を手に取っており、全身が腐食に侵されている。
祝福が施された聖包帯がなければ、激痛でまともな生活さえ送れないまでに。
「《聖痕の騎士団》の人達はそんなこと気にしないと思うけどな」
「俺のことは気にするな。礼拝堂に戻れ」
「実を言うとさ、《聖痕の騎士団》の人が使う専用の礼拝堂――居づらくて抜け出してきたんだよね。ほら、先輩たち皆殺伐としてるじゃん? 常に殺気立ってるというかさ? セルヴァ君もいないしさ――『祈りなんぞしてる時間があったら研究に時間を割いた方が有意義だネ』――なんて言っちゃってさ」
「ふん……あいつらしい」
「それでも一応聖遺物を起動出来るんだから、信仰ってよく分からないよね」
20年前――影霊術師に覚醒したシカイ族が国家転覆を企てた。
聖教会の奮闘により、影霊術師を討伐することに成功したのだが、《聖痕の騎士団》はその戦いで多くの同志を失うことになった。
空いた席を埋めるために選ばれたのが、若手で将来を有望視されていた聖騎士達――大僧フランシス、狂戦士カイネ、薬師セルヴァの3人だった。
ちなみに当時の3人の序列は――
フランシス――《聖痕之伍》。
カイネ――《聖痕之陸》。
セルヴァ――《聖痕之漆》。
――であった。
「そういう訳で、同期が誰もいなくてアウェイな私はフラフラと大聖堂を散歩していた訳なのです」
その時――建物の中から聞こえていた讃美歌が止まる。
「あっ! 祈りの時間終わっちゃった!」
「別に安息の刻にしか祈りをしてはいけない戒律は存在しない――今からすればいいだろう」
「それもそっか。それじゃあカイネ君、隣ごめんね」
フランシスはカイネと肩が触れ合いそうな距離まで近づき、大聖堂の裏にひっそりと作られた小さな祭壇の前で祈りを捧げる。
カイネもフランシスを追い返すのを諦め、一歩横にずれて距離を取ってから、祈りを再開した。
「…………なんだこれは?」
祈りを終えて目を開けると、手作りの祭壇の上に白いスイレンの花が置いてあることに、カイネは気付く。
「えへへ、殺風景だからちょっと彩ってみました」
どうやらフランシスの仕業らしい。
フランシスの顔を見れば、白い法衣帽の上に乗っていた花飾りがなくなっている。
どうやら生花を差していたらしい。
「ねぇ、来週もここに来て一緒にお祈りしていい?」
「辞めてくれ。祈りは1人でしたいんだ」
「ちぇー。じゃあさ、代わりに、毎週祈りの時間の前に、この祭壇にスイレンを置いておいてもいい?」
「なぜだ?」
「覚えておいて欲しいんだ。私の好きなお花の匂いを――聖騎士ってさ、いつ死ぬか分からないじゃん? でも、もしカイネ君がスイレンの匂いを嗅ぐたびに、私のことを思い出してくれたら嬉しいなって」
「俺が覚えてなくても、お前のことを忘れない信徒は大勢いる」
フランシスは後に聖女認定を受け多くの信徒に慕われる存在となるが――この頃から既に、彼女は卓越した回復魔法で多くの信徒の傷を癒している。
彼女に恩義を感じている者は少なくない。
「それでも、カイネ君に覚えてて欲しいの」
「……善処する」
「へへっ! ありがとっ!」
「(これ以上――俺に祝福を授けるのは辞めてくれ)」
遠い昔の記憶。
カイネが憧れ、恋焦がれ、しかしその思いを明かすことなく、先立たれた《慈愛の聖女》との思い出。
――その10年後。
フランシスがシカイ族との戦いで命を落としたという訃報を受け取る。
その日からカイネはシカイ族へ更に強い復讐心を募らせる事となった。
カイネとフランシス(フローレンスの母親)とセルヴァ(54話でシドに殺された薬師)は同期で仲良しです。
カイネは無口なので、2人が一方的にカイネに絡んでいる感じですが、なんだかんだでカイネもそんな2人を信頼しています。
それゆえ、2人の友人を殺したシカイ族をめちゃくちゃに恨んでいます。




