61 《聖痕之肆》――カイネ・カイウェル
今回の後半からシドの一人称視点に戻ります。
――とっぷりと日の暮れた真夜中。
――大聖堂にて。
司教クラスの聖職者にあてがわれる豪奢な書斎。
《聖痕之弐》――ヨハンナ・ホーエンツォレルンは 樫の一枚板で作られた机に様々な書類を並べ、それらの文字を右から左へと追っていた。
光源を放つ魔水晶が、ヨハンナの気品のある横顔を照らす。
「…………」
《聖痕の騎士団》へ下された最優先事項――殺害対象である影霊術師に覚醒したシド・ラノルスの住処を突き止めるため、老体に鞭を打って夜分遅くまで手がかりを探しているのであった。
「やはり不自然ですね」
ヨハンナが注目しているのは、冒険者協会より取り寄せた報告書。
「王都近郊の農村より定期的に依頼される、近隣の森に生息するゴブリンの討伐依頼――その依頼が数ヶ月前からパタリと止まっています」
ゴブリンは非常に繁殖力の優れた魔物だ。
縄張り内のゴブリンを駆逐したと思っても、わずかな生き残りがまた子供を作り、数ヶ月もすれば脅威となる群れに成長してしまう。
故にゴブリンの森の近くにある農村は、数ヶ月おきに冒険者協会を通して討伐依頼を出していた。
「そして最後にゴブリン討伐クエストを遂行したのは、当時C級冒険者であり、わたくし達のターゲットでもあるシド・ラノルス」
ヨハンナは書類仕事の時にのみ付けている老眼鏡を光らせる。
「もしシド・ラノルスがこの森に身を隠しているとすれば、彼は身の安全を守るために森の中の魔物を狩ることでしょう。結果的に付近の農村もゴブリンによる獣害から守られる――いささか都合のよすぎる推測ではありますが、最後に討伐クエストをこなしたのがシド・ラノルスだと言うのも偶然にしては出来すぎます。これは――調べてみる価値がありますね」
――奇しくも、ヨハンナの推理は見事に的中しているのであった。
***
《聖痕之伍》――薬師のセルヴァ・アルトゥスを倒して1ヶ月程が経過した。
俺は今日も、日課のダンジョン攻略でレベルを上げている。
《聖痕の騎士団》の襲撃を避けて別のルーチンを作るよりも、わざと目立つようにダンジョンを攻略し続けて奴らを誘き出すのが狙いだ。
下手に隠れ家の位置を探されてリンを危険な目に合わせるよりも、特定のダンジョンで待ち伏せすれば会えると思わせていた方が都合がいい。
「1つ面倒な点があるとすれば、低級ダンジョンでも聖教会の襲撃に備えねェといけないから、無駄に集中力を使わされる所だよな――っと、もうラスボスか。今回のダンジョンはC級って所だな」
『とはいえあれから1ヶ月音沙汰なしじゃ。いささか退屈ではあるがのゥ』
「6人しかいない精鋭部隊の1人があっさりやられたんだ、そりゃ向こうも慎重になるだろうさ」
今日も聖教会の待ち伏せは無しか――と思いながら、玄室の扉を開ける。
――グチャ……
――グチャ……
――グチャ……グチャ……
「…………ッ!?」
今度のボスは影霊にしたとき役に立つかどうか――期待を込めながら中に入る。
そこにいたのは革のコートを着た1人の男。
魔物ではない――人間だ。
「(俺と同じソロの冒険者――じゃねェよなァ)」
恐らくこのダンジョンのラスボスであったであろう魔物は、その男に討伐されていた。
ボスだったでたろう魔物の死骸は、奴の得物で原型を留められないまでにグチャグチャにされている。
「…………やっと来たか、待ちくたびれたぞ」
「そりゃこっちのセリフだよ。ようやく次の刺客のお出ましか」
コートの男は屈めていた腰を伸ばし、俺と対峙する。
随分と背が高く、190センチ程あるものも、体躯は細めで巨漢という印象はない。
むしろ背が高い分、細身だと感じる印象だ。
革のコート、革の帽子、革のブーツで全身を固め、恐らく全身に巻いているのであろう包帯が手や顔面にぐるぐる巻きに覆われている。
得物であろう武器は――大きな鉈のような形状の刃物――だが、刃の部分は肉食獣の歯のようにギザギザとしており、鋸を連想させる。
「(木材を切断するためとうより――骨を削り取るって感じの武器だな)」
そしてコートについている記章に描かれているのは――剣と天秤のエンブレム。
とうてい聖職者には見えないが、間違いなく《聖痕の騎士団》の1人と見ていいだろう。
「(まずはステータスの確認だな)」
名前:カイネ・カイウェル
クラス:狂戦士
レベル:110
HP:3850/3850
MP:550/550
筋力:605
防御:365
速力:295
器用:230
魔力:120
運値:210
名前:シド
クラス:影霊術師
レベル:103
HP:2060/2060
MP:2200/2240
筋力:360
防御:310
速力:390
器用:410
魔力:225
運値:215
俺のステータスと比較する。
レベルもステータスの数値も奴の方が若干上だ。
だがクラスは【狂戦士】。
これは基礎クラスである【剣士】がクラスアップした上級職で、それほど珍しい訳ではない。
戦闘スタイルもシンプルな接近戦と判断していいだろう。
ならば――デュラハン師匠の元で身に着けた剣術と、不死身の再生能力のある俺の方が有利だ。
「シド・ラノルスだな?」
包帯越しにくぐもった声が問いかけてくる。
「ご名答――そういうあんたは?」
コートの男は持っている鋸鉈をブンッ――と振るう。
――ビシャッ!
付着していた魔物の血が飛び散る。
「俺は《聖痕の騎士団》が《聖痕之肆》――カイネ・カイウェル。朽ちた心臓を剣の贄に、朽ちぬ祈りを天秤に捧げ――影霊術師を鏖殺する」




