44 勇者パーティの秘密
今回は勇者シルヴァンに焦点を当てた三人称視点となります。
――S級ダンジョン【緋宵月】、25層。
勇者パーティの勇者シルヴァンは、黒い影のようなゴブリンを《宝剣・バルムンク》で切り捨てる。
影は霧散して消滅するが、通常の魔物と違い倒した実感がないことに違和感を覚えていた。
「どうなっている? トラップを踏んだ気配はなかったのに強制転移させられたあと、魔物の雰囲気が一気に変わった。これもまたS級ダンジョンの仕様なのか……?」
シルヴァンは地図を広げ、現在位置を確認する。
彼は転移石で無理やり転移させられるも、聖教会が用意した地図を駆使して現在位置を割り出すことに成功した。
また、その場所が最下層である25階層であることを把握すると、シルヴァンは脱出するよりも、むしろ更に奥へ潜ることを選択したのだった。
「真紅の吸血姫は《聖痕の騎士団》の《聖痕之壱》――オズワルド・ワイデンライヒ卿が自らの命と引き換えに討伐した。既に最奥部の玄室はもぬけの殻。つまり最奥部にさえ到達し、ダンジョンコアを回収すれば地上に戻れる――そして、ボクは世界で初めてS級ダンジョンをクリアした英雄となり、次の王となるんだ!」
シルヴァンは王族が代々受け継ぐ青い瞳に、野望の火を燃やしながら回廊を進む。
先のシルヴァンの独り言から察しがつくように、既にシルヴァンは真紅の吸血姫が討伐済みであることを把握している。
聖教会がその情報を、シルヴァンにのみ伝えていたのだ。
シルヴァン以外は勇者パーティ――蒼剣の団が作られた本当の理由を知らされていない。
勇者パーティとは、王宮が自らの権威を高めるために考案されたプロパガンダの一種だった。
前人未到のS級ダンジョンの攻略。
それを王族であるシルヴァン・レングナード率いるパーティがクリアする。
パーティメンバーは王宮騎士団であるガーレン・ヴォルフ。
聖教会の《聖痕の騎士団》に所属するリリアム・モース。
少数部族であるラギウ族のルゥルゥ・ジンジャー。
同じく少数部族であり、奴隷身分のシカイ族――シド・ラノルス。
王子、騎士、聖職者、少数部族。
貴族、平民、奴隷。
様々な組織、様々な身分、様々な人種による混成パーティ。
そんなパーティがS級ダンジョンをクリアし、シルヴァンが王位を継げば、国民は自ずと新しい時代の幕開けを期待し、王室に対する支持を高めることであろう。
民衆はそういった耳触りの良い英雄譚を好むものなのだから。
だが問題が1つ――S級ダンジョンのラスボスを討伐するのはあまりにも危険であり、それで勇者パーティが死んでしまっては元も子もないという点だ。
そこで王宮は聖教会に真紅の吸血姫の討伐を依頼した。
聖教会は王宮からの見返りと、勇者パーティがS級ダンジョンをクリアした際に、リリアムが得るであろう栄光と、それにより高まる聖教会への支持を期待し――勇者パーティに代わって真紅の吸血姫を討伐するという要請を受け入れた。
聖教会が誇る最高戦力、オズワルド・ワイデンライヒは不死特攻を持つ聖遺物を複数持ち出し、自らの命と引き換えに真紅の吸血姫――エカルラート・ドレッドの討伐に成功。
となれば――勇者パーティは最低限のステータスさえあれば良い。
むしろ必要なのは英雄となった後に、民衆から尊敬を向けられるに相応しい容姿を持つメンバーであった。
リリアムもまた、そうして選ばれた1人。
かつて分かりやすい偶像を用意して民からの信仰を集め、最終的に国教にまで登り詰めた聖教会にとって、現代人が求める分かりやすい偶像とは、若く美しい少女であることをよく理解していた。
故に聖教会は強さよりも容姿でリリアムを勇者パーティに推薦した。
実際は並程度の実力しかないのに天才美少女と囃し立て、箔を付けるために《聖痕の騎士団》の席まで用意した。
あとは無人となった最奥部のダンジョンコアを勇者パーティが回収する、ただそれだけで良かった。
だが問題が1つあった。
1つ目は勇者パーティはダンジョン20層の中ボス――ミノタウロスを倒せるだけの実力を持っていなかったこと。
勇者パーティはミノタウロスを倒せずに20層で足止めを食らい、王宮は再度聖教会に助力を要請。
《聖痕の騎士団》のシーナ・アイテールの部隊はミノタウロスの討伐と、25層までの地図の作成のために【緋宵月】へ向かった。
そして聖教会の個人的な目的として、オズワルド・ワイデンライヒの遺体と聖遺物の回収も行った。
実際の所、ミノタウロスは既に何者かによって討伐済みであったのだが……。
更に、なかなかダンジョンをクリアしない勇者パーティのために、王宮は宝物庫から強力な武器や最新技術で作られた義手を提供。
聖教会も聖遺物の1つをリリアムに貸し出すことを許可した。
様々なお膳立てによって勇者パーティは今度こそS級ダンジョン【緋宵月】をクリア出来る――はずだった。
だが勇者パーティはもう1つ、大きなミスを犯していた。
それはシカイ族の奴隷――シド・ラノルスを【影霊術師】に覚醒させてしまったこと。
「ぜぇ、ぜぇ……ようやく到達したぞ! これでついにボクが王に! 兄と違い勇者クラスを持って生まれたこのチャンス……絶対に逃してなるものか!」
シルヴァンはついに最奥部に到達。
扉に手をかけ中に入ると、そこは古い神殿のような広い玄室だった。
既にシルヴァンは道中の魔物を1人で相手しており、疲労が限界に近い。
だが問題ない。
この奥にラスボスはもういない。
あとはダンジョンコアを回収するだけ――の、はずだった。
「よぉ、やっと来たか――王子様」
「貴様は……シド・ラノルス」
玄室の最奥――本来真紅の吸血姫が座していたであろう玉座に、黒髪黒目の青年が尊大な態度で腰をかけていた。
要約
王様は王室の権威を更に強め、民衆から沢山の支持を受けたいがため、前人未到であるS級ダンジョンの攻略を自分の息子にやらせて、新しい英雄譚を作ろうとしました。
プロモーションの役者は決まりましたが、S級ダンジョンをクリアする実力がありません。
そこで王様は魔物殺しのプロフェッショナルである聖教会に、勇者パーティの代わりに真紅の吸血姫を倒してもらい、あとはダンジョンコアを回収するだけという状態にしてもらうようお願いします。
聖教会は見返りに勇者パーティの1人に聖教会所属の人間を組み込むことを約束に、王様のプロモーション計画に一枚噛むことにしました。。
と――こんな感じです。
ちなみに聖教会もマジで真紅の吸血姫が倒せるかは半信半疑だったのでかなりのリスクを負った賭けでした(失敗下や最高戦力と複数の聖遺物を失うことになるので)。
1人でエカルラートを倒したワイデンライヒの功績がマジでデカい。
あと見習いなのにワイデンライヒが持ち出した聖遺物を回収するのに一役買ったフローレンスも偉い。
組織としてはシドのことをちゃんと上司に報告するべきだったけどね。




