42 リリアムへの復讐
前回のあらすじ
ガーレンへの復讐を遂行したシドは、次に魔術師リリアムへターゲットを定めたのであった。
――S級ダンジョン【緋宵月】、17層。
勇者パーティの1人、魔術師のリリアムは魔物の群れに袋小路に追い詰められ、窮地に立たされていた。
「ああもう! 皆どこいったのよ~!! 【サンダーショット】!」
『グギャアッ!?』
シドが差し向けた影霊が、勇者パーティへ転移石を使うことで、散り散りになってしまった現状。
壁に背中を預けながら、お得意の雷魔法で魔物の群れを殲滅していた。
「はァッ! はァッ! MPがなくなりそう……こ、これが最後のMPポーション……ッ!」
リリアムに襲いかかる魔物は、全身が影のように真っ黒で、瞳だけが赤い炎のように揺らめいているゴブリン。
強さは通常のゴブリンより若干強いといった具合。
しかし黒いゴブリンの群れは非常に統率が取れている上に、死を恐れることなく――イナゴの大群が大陸を横断するように、全速力でリリアムめがけて飛び掛かる。
「あーもー! MPなくなっちゃう! シルヴァン! ガーレン! ルゥルゥ! どこー!? やばッ! 【サンダーショット】!!」
『グギャッ!?』
聖教会より送られた《雷燼杖・アロン》の魔力補正にかかれば、ゴブリンを一撃で消滅させるのは容易い。
だが数が多すぎる。
既に100体は倒したにも関わらず、一向に減る予感がない。
倒したそばから魔物が誕生しているかのような手ごたえのなさである。
「【サンダーショット】【サンダーショット】【サンダーショット】!!」
壁際に追い詰められ退路はない。
かといって進路を切り開くのが容易ではない量のゴブリンが押し寄せてくる。
MPもどんどん減っていき、既にMPポーションのストックはない。
MPの切れたソロの魔術師がどのような末路をたどるのかは、殺意を持って襲いかかるゴブリンを見れば想像に難くない。
「やだ……MPなくなっちゃうじゃん……【サンダーショット】!」
状況を切り開く策はなく、じわじわと減っていくMPと共に精神的な不安に押しつぶされそうになるリリアム。
瞳はこぼれそうな程涙が溜まっており、残りMPも殆どない。
「はぁ……はぁ……あ、あれ? ゴブリン、いなくなった……? 全員、倒した……の?」
MPが底をついたタイミングで、ゴブリンの群れがきれいさっぱりいなくなる。
リリアムは安堵で顔をほころばせ、腰から力が抜けてズルズルと壁に背を這わせながら腰を下ろした。
――コツコツコツ。
足音。
靴が床を叩く音。
魔物ではない。
それがこちらに近づいてくる。
「シルヴァンなの!? それともガーレン? ルゥルゥ?」
近づいてくる足音に、リリアムの顔に希望が宿る。
しかし、角から現れた黒髪黒目の冒険者の姿を見て、リリアムの希望は落胆に代わる。
「あ、あんたは……!?」
「よぉ、お気に入りのカップは割れてねェか? リリアム」
***
リリアムを袋小路に誘導し、ゴブリン影霊の群れを差し向けたのは勿論、俺の差し金だ。
リリアムがいくら影霊を倒そうとも、俺の影の中には無数の魔物がストックされており、リリアムはMPを使わざるを得ない。
不安げに仲間に助けを求めながら、泣きそうになりながら少しずつ減っていくMPに絶望感を募らせていくメスガキの光景は、影霊の目と通して観察していたが実に滑稽だった。
俺を蔑み、痛めつけ、見捨てたクズが、普段の尊大な態度を改めて絶望に苦しめられていく光景は、長年の溜飲を下げるには丁度良い余興だった。
「もしかして黒いゴブリンは、あんたのせいなの!?」
「ああ、そうだ」
影から新しいゴブリンを召喚する。
「こんな具合にな、俺は倒した魔物を影にして操ることが出来るんだ」
「ど、どうしてアタシ達を攻撃するのよ! 同じ冒険者でしょ!?」
リリアムはキンキンと、甲高い耳障りな声で俺を責めたてる。
「同じ冒険者――ねェ? 同じ人間とさえ思っていなかった癖に、よく言うぜ」
「ど、どういうことよ……? 【藍蘭湖】でウィンディーネのドロップアイテムを横取りしようとしたことを怒ってるの!? 結局アンタが勝ったんだから、そんなに根に持たなくてもいいじゃない! それに、アンタのせいでガーレンは片目と片腕を失ったし、アタシも酷い恥をかかされたんだから!」
「まだ分からねぇのか――ま、分かる訳もねェか。背も伸びたし、声も変わったし、顔も面影が殆ど残ってねェもんな。お前ら勇者パーティの奴隷として、荷物持ちをしていた――シド・ラノルスだ」
俺の正体を聞いたリリアムの顔は驚愕に代わる。
置き去りにしたはずの奴隷が、置き去りにした場所に現れたのだから。
「ほ、本当に……奴隷のシドなの? そ、それにアタシのカップのこと知ってるってことは、やっぱり」
最初に言ったお気に入りのカップの下り。
あれはリリアムが俺を痛めつける理由付けとしてよく使っていた手段だった。
わざと割れやすい陶器のカップを俺に持たせ、少しでもヒビが入ったらお仕置きとして、奴隷の首輪を締め付ける。
リリアムは目の前にいる男が、本物のシド・ラノルスだと確信を持ったようだ。
「そ、それでアタシにどうする気? 復讐しにきたの!? でも仕方なかったのよ! あの場ではそうするしか、ミノタウロスから逃げることは出来なかった! 誰か1人が犠牲になる必要があったの! そこで仲間ではなく奴隷を犠牲にするのは当たり前のことでしょ!?」
「それはお前らの都合だろうが。それに、今まで俺を不必要に痛めつけていたのは当たり前のことなのか?」
「クソッ! なんなのよアンタ! ちょっと強くなったからってイきがってさ! アンタ1人じゃ勝てないから、魔物を差し向けた癖に! MPさえあればアンタなんか簡単にやっつけられるつーの! 雑魚の癖に生意気! 雑魚の癖に! 雑魚の癖に! 雑魚! 雑魚! ざ~こ❤」
俺がリリアムより格下であることを自分に言い聞かせるように、メスガキは雑魚と連呼する。
かつての奴隷にいっぱい食わされたのが気に入らないのか、自分のプライドを守るので手一杯な様子のようだ。
「今すぐにでも殺してやりたいが、俺がお前に勝てないから卑怯な手でMPを消費させたと思われたまま死なれると、俺も気分がよくない――最後に1度だけチャンスをやるよ。全力の一撃を放て。避けずに受け止めてやるからよ」
ヴァナルガンドの異空間収納スペースから、MPポーションを取り出しリリアムへ放り投げる。
リリアムは足元に転がった瓶を餓鬼のように必死に掴み、一気に飲み干す。
「ごくごくごく…………ぷはぁッ! アンタさァ――バッカじゃないの~❤ 魔術師にMPポーションを差し出すとかさ❤ もしかして、さっきの煽りが効いちゃった? クスクス❤ いやー、助かったわ、脳味噌まで雑魚で。やっぱシカイ族って愚かよね~❤」
水を得た魚の如く、リリアムは増長して煽りたてる。
どうやら全力の一撃に相当な自信があるみたいだ。
「ゴブリンの群れは厄介だったけど、術者であるアンタを殺せば全部解決でしょ? 約束通り、避けるんじゃないよわ!」
リリアムは先端に大きな魔石がついた杖を掲げ、魔力を込める。
「《雷燼杖・アロン》で破壊力が増幅され――天才魔術師であるアタシの魔法に耐えられる訳ないじゃん❤ 灰も残らず消し炭よ❤ け・し・ず・み❤ 『うわーん、こんなはずじゃなかったのに~』って後悔するあんたの間抜け面が見れなくて残念だわ❤」
杖の魔石が溜め込む光が最大限に達し、バチバチと放電する――――来る。
「死んじゃえ❤ 【ジャッジメントサンダー】❤❤❤」




