27 《退魔の聖鎖》と《魔刀・忌緋月》
前回のあらすじ
ヴァナルガンドの猛撃に苦戦するエド。勝機の見えない戦いの中、フローレンスが魔物の動きを止めるためにある行動を取り始めるのだった。
「フロウ……?」
フロウはオズワルドの死体から鎖のようなものを取り出していた。
鎖の先端には楔がついている。
あれは――聖教会が回収する予定の聖遺物ってやつか?
「【其は邪を退ける聖なる鎖】【闇を穿ちし破魔の楔】【天縫いつける魔縛の鐶】――」
フロウは目を閉じ集中すると、なにか呪文のようなものを唱える。
魔法の発動の呪文を必要とはしない、これは聖遺物を発動させるのに必要な言葉なのだろう。
彼女が言葉を重ねるたびに、鎖は光を帯び、ジャラジャラと音を立てながら伸びていく。
ヴァナルガンドの巨体を包み込むまでに――長く長く――伸びていく。
『グオオオオオオッッッッ!!!!」
フロウの詠唱により光り出す鎖に脅威を抱いたヴァナルガンドは、俺への攻撃を中断。
祈りを続けるフロウへとその牙を向ける。
「まずいッ!」
ヴァナルガンドフロウの身体を貫こうと尾を伸ばす。
尾の先端は鋭利に尖っており、少女の柔肌など容易に貫いてしまうだろう。
「【影霊領域】! ミノタウロス――フロウを守れッ!」
先日覚えた自身を中心に影霊のステータスを底上げする領域を展開するスキル。
この領域は俺の影そのものであり、影を伸ばせばそれだけ離れた場所に影霊を召喚できることになる。
影霊領域はギリギリ、フロウの足元まで届いた。
フロウの正面に召喚したミノタウロスは、ヴァナルガンドの尾による刺突からの盾になる。
『ブルガアアアアッッ!?!?』
――ミノタウロスHP0/3000【消滅】
『よもや――ミノタウロスが一撃か!!』
フロウの盾になるミノタウロス。
かつてA級冒険者4人組の勇者パーティを圧倒し、俺を散々苦しめたミノタウロスが消滅する。
「だが、ミノタウロスのおかげで猶予が出来たぞ!」
ヴァナルガンドは再び尾の長さを元に戻し、再度フロウに狙いを定め――射出。
する直前――
「ゴブリンロードの大剣!」
――ミノタウロスの時間稼ぎのおかげでヴァナルガンドの足元に到達した俺は、ゴブリンロードの大剣のみを召喚して自ら握り、フルスイングを前足の膝裏に叩きこむ!
―――斬ッ!!
『ギャオオオオオンッッッッ!?!?』
関節部を叩かれたヴァナルガンドの前足がくずおれ体制を崩す。
同時に射出された伸びる尻尾は、バランスを崩したことでフロウの数メートル隣の壁に着弾。
「――【主よ我を試し給え】【捧げるは銀の酒】【血を知らぬ乙女の果実】――」
フロウは詠唱を継続する。
目の前で起こっている出来事を思えば、身がすくむ思いのはずなのに、少女は勝利の為に勇気を振り絞り、祈ることをやめないでいる。
であれば――俺もそれに賭けるしかないだろ。
フロウの周囲を飛ぶ鎖は、更に長さを増し、強い光を帯びていく。
「デュラハンの長剣!」
壁に突き刺さったヴァナルガンドの尻尾に飛び乗り、更に跳躍。
巨狼の頭上を取ると、デュラハンの長剣のみを召喚して眉間に突き刺す!
「ギャオオオオオンッッッッ!?!?」
「――【聖者の鎖骨を剣の贄に】【使徒の祈りを天秤に】――――」
フロウの詠唱は続く。
「もう一丁! ミノタウロスの斧!!」
――MP600/1120
MPを500使い、消滅したミノタウロスを復活させる。
斧のみを召喚し、先ほど突き立てたデュラハンの長剣の柄頭を押し込むように叩きこむ!!
――轟ッッ!!
『グオオオオオオッッッッ!?!?』
「ぜぇ、ぜぇ……すまねェデュラハン師匠。折角剣術教えてもらったってのに、結局こういう戦い方しかできねェわ」
流石のS級モンスターも、この連撃にはひとたまりもないだろう。
『ワ――ワオオオオオオオオンッッッッ!!!!』
「マジかよ!?」
頭に長剣が深々と突き刺さったはずなのに、ヴァナルガンドは少し怯んだだけで即座に反撃を繰り出す!
口を大きく開け、深淵のような喉奥を晒しながら――俺とフロウを丸ごと飲み込むように飛び込んでくる!
「――【祈り叶いし時】【魔を退ける聖なる鎖とならん】――――【退魔の聖鎖】!」
――ジャラジャラジャラジャラジャラジャラ!!
――縛ッ!
『【退魔の聖鎖】――魔物の肉体を問答無用で縛り、防御力までも奪い取る聖教会の聖遺物じゃ――その威力は妾さえ身動き1つとれんかった折り紙付きじゃ』
間一髪――フロウの詠唱により発動した鎖がヴァナルガンドの全身を縛った。
全ての膝が折りたたまれ、尻尾も雁字搦めになり、全てを呑み干す顎も鎖が何重にも巻き付けられている。
「は、はぁ――い、今です……! シドさんッ!」
相当な精神力を使ったのか、フロウは白い肌に汗を流して、金髪を額に張りつかせながら俺にトドメを刺すように指示する。
「そうはいったって……さっきの連撃が俺が出せる全力だぞ!」
ゴブリンロード、デュラハン、ミノタウロス――強力な影霊達の武器を叩きこんだ渾身の一撃も、奴をしとめるには至らなかった。
『仕方ない――妾が出よう』
「(まてエカルラート! ここで出てきたらフロウにバレる!)」
さっきフロウを守る盾としてミノタウロスを召喚してしまったが、そうする他手がなかったし、瞬殺されたから気付かれなかったはずだ。
『否――出すのは妾の得物のみじゃ――《魔刀・忌緋月》」
エカルラートは俺の影から顔だけ露出させると、喉奥から一本の刀をズルズルと吐き出した。
「(お前それ大丈夫か!? 絶世の美女でもかなり厳しい絵面だぞ!?)」
出された手前受け取らない訳にはいかないので、口から出てきた刀を受け取る。
この国では刀は珍しい武器ではあるが、エカルラートの得物は刀身が緋色に輝く不思議な刀であった。
こんな刀は見たことがない。
『仕方なかろう。あまりの切れ味に《忌緋月》をしまう鞘が存在せぬのじゃ。不死の肉体を持つ妾の体内にしまっておく他、保管方法がなかったのじゃ――っておい! 匂いを嗅ぐでない! やめんか!』
「(多少ベタつくが、かなりのエネルギーを感じる――これならあの狼を倒せるかもしれねェな)」
『《忌緋月》は持ち主の血を啜ることで真価を発揮する。おぬしは不死故、いくらでも血を吸わせられるじゃろう。血を纏わせて全力の一振りでヴァナルガンドを――倒せ!』
エカルラートのいう通り、刀を握っていない方の肘裏で刀身を挟み――勢いよく引き抜く!
すると刀は俺の血液を纏わせ、緋色の刀身を更に怪しく輝かせる。
「おらああああああッッッッ!!!!」
『血を啜り、月をも刻む、緋の刃――欠けた月夜も、緋色に染める――《衂滅月斬》』
振りかぶった斬撃がヴァナルガンドを切り裂き――
『ギャオオオオオオオオオオオオオンッッッッ!?!?!?』
――レベルが上がりました。
――レベル45 → 78
S級魔物――ヴァナルガンドの討伐に成功した。




