26 吞みくだすヴァナルガンド
前回のあらすじ
エカルラートの助言に従い、最奥部に置いてきたヴァナルガンドと呼ばれるものを回収するために【緋宵月】に潜るシドは、聖教会のシスターの少女――フローレンスと再開する。
フローレンスの説得に根負けし、共に最奥部を目指すことになったのだった。
道中の魔物を倒しながら無事、最深部の玄室へ到着する。
同行しているフローレンスは俺のロングコートの裾をぎゅ――と掴んで離してくれず戦いにくかったが、そこはステータスの差でカバーした。
影の中でエカルラートが『小娘、影を踏むでない無礼な!』とキレていたが、その声がフローレンスに届くことはなかった。
「よし、着いたな」
「大きな扉……この奥に、真紅の吸血姫が……」
『妾はここじゃがな』
中は以前訪れた時と変わりなく、古い神殿のような内装。
「ワイデンライヒ卿!!」
フローレンスは、ぱっ――とロングコートの裾を離す。
ぱたぱたと壁にもたれかかるようにして死んでいる白髪の老爺に駆け寄っていった。
「さて、それじゃあ今のうちにヴァナルガンドってやつを回収するか。それはどこにあるんだ?」
周囲を見渡すも、それらしきものは見当たらない。
そもそもヴァナルガンドがなんなのかすらエカルラートに聞いていない。
すると――玄室の側面の壁が闇色に染まった。
「ッ!?」
――ゾワリ。
背筋が凍るような威圧感が玄室を包む。
「なんだ――あれは……?」
闇色に染まった壁の空間が歪んでいるように見える。
時空の裂け目から現れたのは――毛むくじゃらの獣の前足。
『クカカ――久しいな、ヴァナルガンド』
次いでもう片方の前足。
そして――
『ワオオオオオオオオンッッッッ!!!!』
巨大な狼の顔が、鋭い牙を剥き出しにしながら現れる。
人間を容易に丸のみできる巨躯が、完全に姿を現した。
『あれこそ妾のペット――《吞みくだすヴァナルガンド》じゃ』
「ヴァナルガンドって魔物かよ!?」
そういうことは先に言えよな!
「あの魔物は一体……【緋宵月】のボスは真紅の吸血姫のはず……!?」
フローレンスもまた、巨大な狼を前に驚愕を露わにする。
「フロウ、今すぐ逃げろ!」
「あ、あ……」
フロウに呼びかけるも、ヴァナルガンドの圧に呑まれて腰が抜けてしまったらしい。
にも関わらず、既に死体である老爺――オズワルド・ワイデンライヒを守ろうと、死体の上に被さっている。
『心してかかれシド――あ奴は妾と同格の強さを持っておる』
「エカルラートと同格って勝てるわけねぇだろうがッ!!」
『ガルルッッ!!』
ヴァナルガンドは岩程の大きさのある牙を向け、俺めがけて飛び掛かってくる。
フローレンスの同行を許可したのは、既に最奥部が無人で安全だったからだ。
こんな凶悪な魔物がまだ残っていると知っていれば、連れてくることはなかった。
「ちッ! 刃が全然通らねぇ!」
ヴァナルガンドの攻撃を避けながら、理を見通す目であいつのステータスをチェックする。
《呑みくだすヴァナルガンド》
ランク【SSS】
総合戦闘力50000
俺の総合戦闘力は3100。
10倍以上の差がある。
「お前のペットなんだろ! 大人しくできねぇのかッ!?」
『ヴァナルガンドは妾のペットであったが、妾が死んだことで従属の縛りが解けており、もう妾のいうことは聞かぬ』
「それ最初からペットって関係じゃなかっただろッ!?」
その縛りってやつで無理やり調伏させないと制御できない関係はペットとは言えない。
『今まで集めた影霊による総力戦になるぞ! 妾も出る!』
「待て! フロウにお前を見られるのは都合が悪い。真紅の吸血姫を従えていると聖教会にバレる訳にはいかない。それに影霊もだ。あいつらはシカイ族を――ネクロマンサーを毛嫌いしている」
そんな中で特別な能力を持ったシカイ族の存在が発覚したらどうなるか?
面倒ごとになるのは目に見えている。
『グルルルルルルルッッ!!』
ヴァナルガンドの猛攻を避けながら、対抗策を練っていると――エカルラートの口から予想外の一言が出る。
『じゃから――あの小娘を殺せ』
「…………は?」
『この玄室には妾達とシスターの小娘のみ。今なら目撃者はおらぬ』
「んなことできっかよッ!」
確かに聖教会は親の仇ではある。
だからといって、聖教会に所属しているだけの子供を口封じに殺せる訳がない。
『ワオオオオオオオオンッッッッ!!!!』
防戦一方の戦況。
ヴァナルガンドは遠吠えをすると、発達した足で地面を蹴り俺めがけてタックル。
それをギリギリで回避する。
ヴァナルガンドはそのまま鼻の頭を壁に激突――させることはなく、壁の中に消えていった。
奴が消えた壁は闇色に染まっており、尻尾の先までが闇の穴に消えると、闇色の穴も消失。
「消えたぞ!?」
『シド――下じゃ!』
「ッ!?」
『ワオンッ!!』
足元が闇色に染まる。
思いっきり上空へ跳躍。
――ガキンッッ!!
つま先の数センチ下で、巨大な顎が閉じる音が鳴る。
闇色の染まった床から、ヴァナルガンドの首が飛び出していた。
『奴は空間を移動する能力を持っておる。瞬間移動のようなものじゃ』
「あ、あぶねぇ……! 助かったエカルラート。よく下からくると分かったな」
『こういうパターンは大抵下からくるものじゃからな』
その後もヴァナルガンドは、壁に潜ったかと思えば反対側の壁から出現したりと空間移動を繰り返し――奴の牙が俺の腕を捉える。
――――ブチッ!!
「ぐおッ! 両腕が剣ごともって行かれたッ!」
『《呑みくだすヴァナルガンド》という二つ名の通り、とんでもない悪食じゃ。奴が元いた世界の月さえ飲み込んだと言われておる』
食われた腕はすぐ生えるも、持っていかれた袖は再生しないので半袖になってしまった。
夏はまだ先なのにクールビズになっちまったぞ!
「豆知識はいい! 弱点を教えろ!」
『ない――奴が空間移動をするよりも早く肉薄し、堅い毛と厚い皮を貫く威力の攻撃を叩きこむしか手はない』
「無茶振りすぎる!」
『じゃから他の影霊や妾を召喚せよと言っておるのじゃ! このままだと本当に死ぬぞ! 不死のおぬしでも飲み込まれたら終わりじゃ』
「シドさん!!!!」
ヴァナルガンドの攻撃をさばくのに手一杯な状況下――フロウが俺に呼びかける。
「フロウ! 大人しくしてろ!」
奴のヘイトが常に俺に向くように立ちまわってはいるが、フロウではヴァナルガンドの攻撃を凌ぐことは不可能であろう。
しかしフロウは俺の指示を無視し、覚悟を決めた顔で叫ぶ。
「私が――――魔物の動きを止めます!!」




