102 シカイ族とラギウ族
前回のあらすじ
ヴァナルガンドはシド譲りの根性で拘束を脱して、ククルカンを倒す。
そのままルゥルゥに強化魔法をかけているフレイヤを倒すと、強化魔法が解けたことで肉体の限界を迎えていたルゥルゥの動きが止まり、シドは復讐を達成するために、ルゥルゥの首目掛けて斬撃を放つのであった。
『――――ッ!?!?』
「なにッ!?」
――バルムンクが斬ったのはルゥルゥの首ではなかった。
ヴァナルガンドに噛み殺されたはずの球体の精霊型の影霊――フレイヤだった。
「バロム――ルゥを回収しろ!」
『ギャウッ!』
更にバロムの転送魔法で、ソブラの腕の中にルゥルゥが転移する。
ソブラは白目を剥き、穴という穴から血を噴出して痙攣しているルゥルゥを抱きかかえ、脳天の秘孔に突き刺さっている針を抜いた。
「ア゛ッ…………あ、あぁ…………ぁ」
するとルゥルゥは気を失ったようで、ぐったりとソブラに身体を預けたまま動かなくなる。
「おい――どういうことだ? 消滅した影霊の再召喚はルール違反だろ」
「その通り――この勝負、僕の負けだよ」
「…………は?」
どういうことだ?
バロムによる転送魔法でルゥルゥを逃がす方法もあったはずだ。
しかし、奴は反則負けになるのを分かった上で、確実にルゥルゥを守るために、ルゥルゥと俺の間に影霊を召喚した。
「なぜそこまでしてルゥルゥを守る? ルゥルゥに寿命を削るような秘術を使わせる癖によ」
「それを言われると耳が痛いが――それでも僕にとって、ルゥルゥはとても大切な存在なんだよ。君にとってのメイドちゃんがそうであるようにね」
リンのことを言っているのか。
随分と俺の情報が渡っているようだ。
「影霊は例外なく僕に忠誠を誓ってくれる。でも、生身の人間で僕を守ってくれるのはこの子しかいないんだ。ルゥは僕の戦友で、心の支えなんだよ。《聖痕の騎士団》にやられ、死にかけの僕の肉体が回復するまで、数年間ずっと介抱してくれたのもこの子だ」
「…………」
ソブラは愛おしそうに、ルゥルゥの頬を撫でた。
「そういう訳で勝負は僕の負けだ。約束通りアーカーシャは渡そう。既に必要な情報は記憶しているからね。精々有効に使ってくれ」
「待てッ!」
しかし――バロムが使った転送魔法によって、ソブラは玉座ごとダンジョンから脱出する。
玉座があった場所には、おどろおどろしい装丁の本――神脳のアーカーシャが落ちていた。
「なにはともあれ勝ったか」
『よくやったぞシド。危うく好みでない男に尽くさねばならぬ所じゃった』
「くそ……ただでさえ《聖痕の騎士団》に命を狙われているというのに、今度は20年前の亡霊にまで粘着されることになるとは――挙句ルゥルゥへの復讐も未達成とはな」
とはいえ、《五大魔公》の一体が手に入ったのは大きい。
俺は別に《五大魔公》を全て集め、上位の次元に昇華する気はサラサラない。
だが今後更に激しくなるであろう戦いの役に立つのは確かだ。
落ちているアーカーシャに手を伸ばす。
「――待て!」
硬質化した血が檻を作るように、アーカーシャを包み込んだ。
血を操作するエカルラートのスキルだろう。
「なんだよ」
「これは罠じゃ」
影から出てきたエカルラートが、俺に忠告する。
「罠?」
「アーカーシャには天地創造から現代に続くまでのあらゆる情報が記されておる。そして、直に触れた場合、アーカーシャにその知識を洪水のように脳に流し込まれる――常人であれば一瞬で廃人となるじゃろう」
「あの野郎ふざけんなよ……!」
危なかった。
エカルラートの制止がなければ、奴の思惑にまんまとはまるところだった。
思い返せば、アーカーシャは宙に浮いていて、ソブラは直に触れていなかったのを思い出す。
「魔力でページをめくり、必要な情報のみを摂取せねば、とても人間には扱えぬ代物よ」
エカルラートはアーカーシャに向かって手をかざすと、血で糸を作ってアーカーシャを縛り上げる。
それをヴァナルガンドの口に放り込んだ。
「これで安全じゃ。もしアーカーシャを引く場合は必ず妾と共にせよ。もしシドがアーカーシャに飲まれた場合、脳を切り落として目覚めさせる」
やり方が物騒すぎる……。
まぁ、それが一番確実なんだろうが。
「なにはともあれ、アーカーシャゲットだぜ」
新たな戦力を入手し、俺とエカルラートはリンの待つヴァナルガンドの体内に帰るのであった。




