アルカディア48 エスズ
屋敷に帰ってきてから数日。付近の街に挨拶に行ったり、お父様やお母様の仕事を手伝ったり、モミジさんと力の練習をしたりとアルカディアにいた頃と同じ生活を送っていた。そんなある日、用事があって街に買い物に来ていた。
「そうだ、エスズ嬢ちゃん知ってるか?この前街に見た事ねぇ服着た貴族の坊ちゃんが来てたらしいんだ。知り合いかい?」
地味な色合いの服装で屋台の串焼きを食べながらおじさんおばさんの井戸端会議に参加していた時思い出したように屋台のおじさんがそう聞いてきた。
「知らないですわ。そもそも私の家に来ないで街に来ている時点で私の知り合いに値しませんわ。」
「あはは、だから言ったろ?エスズ嬢ちゃんの知り合いなわけないって。」
「そうだったか。なら誰なんだろうな。言っちゃ悪いが、そこまで魅力があるとは思えんのだが。」
「あら。それは喧嘩売っていますの?」
いつも通りのやり取りをしていると、パタパタと子供が走りよってきた。
「エスズおねーちゃん!」
「こら。狭いところで走らない!」
おばさんに怒られながらも笑いながら私の手を取る。
「なんかね?おねーちゃんを連れてきて欲しいって言う人がいるの!」
「わたくしを?」
「うん!」
食べ終えた串をゴミ箱に捨てて手早く口元を拭いてから子供たちについて行く。そうして着いたのは街の中の宿屋だった。
「ここだよ!お兄さんが2階の部屋で待ってるって!」
宿のおばあちゃんに挨拶してから子供たちと別れて目的の部屋に向かう。その部屋は分かりやすく部屋の扉が完全に閉まらないように、扉に布が挟まっていた。
「失礼しますわ。」
ノックをしてから相手の反応を待たずに部屋に入る。
「反応くらいさせて欲しいな。」
中にいた男は椅子に座り本を読んでいた様子。体勢を変えずに呆れたようにそう言った。
「知りませんわ。」
近くにある椅子に座ると私を呼び出した男に話しかける。
「それで?何が目的ですの?わたくしの貴重な時間を無駄にさせないでくださいませ。」
相手も何か言いたそうだったが、この場では私の方が立場が上だ。
「わかったよ。手短に話すが、君はニライカナイの状況について、どの位知っている?」
ニライカナイ王国は私たちが住む大陸の西側海岸に位置する、豊富な海の幸と肥沃な土地を活かした農業が盛んに行われている大陸の食料庫と呼ばれる国だ。
「状況という言葉がどちらの方面を指しているかによりますわ。少なくとも国の内政に関しては問題ないと聞いております。対外政策に関しては難儀しているらしいとそちらの国と取引をしている商人の方が言っていましたわね。」
ニライカナイ王国はこの大陸では珍しい王家信仰が強い国だ。自由信仰のカナン共和国、精霊信仰のエルドラド皇国、そして自由信仰も精霊信仰も入り交じるアルカディア王国。カナンとアルカディアの自由信仰は、信仰の対象は人ではなく精霊や、その地に住む聖獣や動物、自然そのものであることが多い。かく言う私の家や街の人たちも富を象徴する精霊を信仰している人が多い。そんな異質なニライカナイ王国はその辺で揉めることが多いのだ。
「半分正解かな。濁して言ってくれたけど、王家信仰が今のニライカナイの問題。子供の頃から教え込まれて、洗脳されたように盲目的に王家の言うことを国民が信じるから豊富な資源を活かしきれていない。僕や他国と取引のある家は客観視することが出来るようになっているけど、中央には長くニライカナイで影響力を持つ家が洗脳が解けないよう守るように土地を持っている。」
「そう。」
「興味無いかい?もう少しだけ我慢してくれよ。」
反応が芳しく無かったためかそう言って話を続けた。
「僕はずっとこの問題を提起してきたんだ。だけど、それがあまり良くなかったみたいでね。今は追われる身になってしまった。幸い、同じ考えの家の人達が匿ってくれているけど。」
「直接声を出せるとは。貴方一体何者ですの?」
大貴族の当主であろうと簡単に声を出して提起できる問題では無い。そうなれば目の前にいるのがどの地位にいるはずの存在かは絞れてくる。
「察しの通り、王位継承権第一位を持つものだ。今は違うがな。」
つまり、ニライカナイ王国の王子ということだろう。
「そうですか。お名前は聞きませんよ。」
「そうしてくれ。」
「つまり、貴方が言いたいのは盲目的に王家を信仰する今の状況をどうにかしたいと?」
そう聞くと男は頷いた。
「ふむ、しかしながらわたくしたちの国はカナン共和国とは違い、町によって精霊信仰と自由信仰が違いますわ。そう言った信仰に関する相談でしたらカナン共和国の方に持っていく方がよろしいと思いますが?」
カナン共和国は国内全域で自由信仰となっており、中には信仰を持たない人も普通にいる。それに対し、アルカディア王国は王都は自由信仰の人が多いが、それ以外の街や村では精霊信仰となっている。
「カナン共和国は信仰の問題に関して特に独立した考えを持っていない。だから、この話を持っていってもそれが信仰の自由とキッパリと言われてしまったんだ。ただ、アルカディア王国はどちらの信仰も存在する。だから何か手がかりがないかと思って来たんだ。それに・・・」
そこで区切ると、声を小さくした。
「エルドラド皇国という秘密のベールに包まれた国に留学に行っている人が居るみたいだしね。」
この街にいれば自然と耳に入るだろう。
「なるほど。わかりましたわ、考えておきます。」
「ああ、そうしてくれ。」
そこで話を終わろうとする男に一つだけ聞き忘れたことを思い出した。
「そうでしたわ。その状況を変える方法。考えていますの?」
「考えてあるよ。と言っても、方法は一つだが。」
「つまり、力で落とすと。」
「ああ。丁度国内には僕は外の国に勉強しにい行っていることになっている。国民に嘘をついて僕を追い出したと言えるからね。それに、僕の意見に賛同してくれている貴族の人たちが何かしらがきっかけで洗脳が解けた人たちを助けてくれてるから。」
話し合いの場に持っていくことが出来れば、何とかできるだけの準備は整っているように感じる。
「それで私にやって欲しいことは?成功したあとの国内の信仰を整える手伝いでもさせますの?」
「それもやって欲しいな。だけど、それ以上に協力して欲しいのは相手側の情報を調べて提供してもらいたい。」
「相手側と言いますと、王家の情報でしょうか?」
「王家とその護衛隊の情報だ。貴族の息がかかった護衛隊はその忠誠心も高い。そして、人数も僕たちの集めた部隊よりも多い。それに、避けては通れない壁だからね。」
そう言って男は資料の束を持ってきた。
「必要になるであろう情報はここに全部纏めてある。それ以外にもニライカナイに関する情報も僕のわかる範囲で提供しよう。」
「随分と羽振りがいいですね。」
「先行投資だと思ってくれ。」
「わかりましたわ。良い返事ができるよう頑張りますわ。」
「頼むよ。もし協力出来るならその資料の中に僕たちの協力者リストも入れてある。その中の店ならどこからでも僕に連絡取れるから直接ニライカナイに来て知らせて欲しい。」
話が終わり貰った資料を買い物袋の中に忍ばせて宿を出た。宿のおばあちゃんと屋台のおじさんに挨拶をしてからすぐに屋敷に戻った。
「ということがあったんです。どうです?1枚噛みませんか?」
屋敷の自室で私はベッドに寝転がりながら手に持った氷の結晶に向かって今日あったことを話していた。
『なるほどね。』
結晶からは遠く離れたエルドラド皇国にいるはずのサリスさんの声が聞こえていた。




