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単一世界のパラドックス  作者: 芹沢歩
20/34

019 それに勝るものはない


 ◆


 魔電通信が行えるという部屋。そこで目にした黒塗りに番号の書かれたボタンのある装置を前に、ルシードはアギトへと向き直る。


「そういえばまだ聞いてなかったけど、ゲンさんが俺を呼び戻そうとしてる理由とかは聞いてないか?」


「申し訳ありません、そこまでは……。どうにも魔電通信機を取り寄せたは良いものの、電気を城まで引くのに時間がかかるそうで、今は魔石で代用しているそうなのです。あまり長時間使えるものでもなく、他の街へも連絡をするとのことで、一方的に通達を受けるだけでした」


 ルシードがシュレディング城へ立ち寄った際、城はまだ建設途中のようであった。それに加え、人とのかかわり合いを持たなかった獣人たちにとって、各街に置かれている発電施設のようなものがあるはずもない。わざわざアニスまで出向いて魔電通信を行う必要はなくなったとはいえ、長時間使用できないのでは長話ともいかなかったのだろう。


「そうか。ちなみに連絡を受けたのはいつだ?」


「二十一日でした」


 即答するアギトに、ルシードは目を丸くする。


「二十一? その日は確か……シュレディング城を出た日だよな。それだけ急ぎってことか? これは内容次第では向かう順番を変更する必要もあるかな」


 ルシードは知らないが、ゲンは王都に駐在している者にも連絡を入れており、知らせを受けた獣人はギルドでルシードの来訪を待ち続けていた。

 ただ、ルシードが笛を使う理由もなく、更には急ぐあまり、ゲンがアルマリーゼの存在を知らせなかったがために、ギルドに立ち寄らなかったルシードと会うことは叶わなかった。

 ならば早く連絡を入れた方が良いだろうと、ルシードは魔電装置へと向き直り、困った顔でアギトを見る。


「これは……どう使うんだ?」


 通信する相手がいないのでは使い方を知るはずもない。むしろアギトについて来てもらったのは使用方法を教えてもらうためでもあった。


「まずは受話器をお取りください。その次は先程のお渡しした番号を順番に押すだけで相手へと繋がります」


「こ、こう?」


 初めての使用に緊張しつつ、ルシードはアギトが手振りを加えて説明してくれる様子を真似るようにして動作を行う。


 トゥルルルル――


「お、何か音が――」


『――オレだ』


「えっ?」


 一度目のコール音と同時、受話器から聞こえる声。

 オレ様ですか? などと聞けるはずもなく、その声の主に覚えがあったルシードは何事かと、意味がわかっていなさそうなアギトへと目配せしながら声を紡ぐ。


「……レ、レオネイラ様?」


『その声……ルシードか?』


 やはり間違いないようだ。こんな深夜にもかかわらず、どうして王自らが通信に出るのか。隣にいるアギトですらも驚いている。

 しかし、何故かレオネイラの声も驚いているように感じ、ルシードは頭に疑問符を浮かべながらも応答する。


「は、はい、お久しぶりです。そちらは変わりありませんか?」


『あ、ああ、こちらは変わりない。急にどうした? 何かあったか?』


 イリスとイルマ、そしてフィンがルシードの死を感じ取ったのは間違いだったのか、レオネイラは不思議に思うが、生きていたというのなら問うまでもない。いきなり通信を送ってきたルシードに、何かあったのかと問いかけた。


「いえ、どうにもゲンさんが戻って来いと言っていると、アギト――獣人の方から聞いたものでして」


『アギト? ほう、あの者のところにいるのか。次代の四獣将にもなりうる男だ。顔を覚えておいて損はないぞ』


 一兵士の名前など覚えているだろうかと思って言い直したのだが、アギトが次期四獣将に目されるほど有名だったとはルシードも驚きだ。


『ああ、ゲンだったな。オレは貴様が必要になるような話は聞いていないが……呼ぶにも今夜はアニスに泊まるそうでな。生憎とこちらからは連絡が取れん』


 今にも二十六日を迎えようとした時、遠吠えを繰り返すレゾナンスウルフたちの側にはゲンもいた。

 二匹とフィンの様子からゲンもルシードが亡くなったものだとばかり思っているはずだが、感受性の高い女性の獣人ならともかく、男の獣人であるゲンに閃くものがあったのだろうか。レオネイラは疑問に思いながらも、和平へ向けての調整をするため、王都から戻ったとされる領主のもとへと向かったゲンの姿を思い浮かべながら、ルシードに説明する。


「そうでしたか。では、もうしばらく戻れそうにないとだけ伝えていただけますか?」


 レオネイラは深夜にもかかわらず、ゲンからの報告を待つために待っていたのかもしれない。

 ゲンが呼び戻そうとしていた理由は気になるが、レオネイラの感じからも必要とはされていないようだ。

 それならば長時間使えないということからも長話は悪いだろうと、ルシードは早々に切り上げることにした。


 実は、新しく取り寄せた魔電通信機を楽しみにしていたレオネイラは、かかってきた通信を取るために日中張り付いているのだが、そうと知った各地にいる者たちはこっそり深夜に連絡を取っている。

 そのため、これは何かがおかしいと気づいたレオネイラがゲンの留守を見計らい、今夜一晩を魔電通信機の前に陣取っていたことが、ゲンの運の尽きだろう。

 他の者がこの通信に出ていれば、なんとしてもルシードを呼び戻そうとしたに違いない。


『よかろう。ゲンが戻り次第伝えておく。用件はそれだけか?』


 ルシードの無事をフィンにも伝えてやりたいところではあるが、深夜では起こすわけにもいかない。今夜はレオネイラも他の者たちから通信があるのではないかと、驚かせるためにもルシード一人に構っていられないと、通信を切り上げることにした。


「はい、お願いします。では、こちらの用が済み次第、また寄らせていただきます」


『ああ、息災でな』


 ガチャリという音とともに、通信は終えたようだ。ルシードは受話器を元に戻し、アギトに礼を言う。


「ありがとう、助かったよ」


「もったいないお言葉です」


 相変わらずのやり取りにルシードは苦笑する。

 どうやら獣人において、上に立つ者の役に立てる以上の喜びはないようだ。ここへ来るまでの間もアギトが年上であることからも敬語で話しかけてみたが、一歩たりとも譲る気はないようで、ルシードも諦めている。

 まるでサーシャが増えたように感じるが、これから獣人に会うたびにこうなるのでは辟易なんてものではない。和平の証として受け取った腕章ではあるが、次に獣人国へ足を踏み入れた際には、なんとしてでも別の物と交換してもらおうと思いつつ、ルシードはエントランスホールへと戻る。


「お待たせ、こっちはあとでいいってさ」


「そうか。ならすぐにでも母に紹介するためにも王都へと向かいところだが、いくらなんでも深夜に押しかけては怒るかもしれないからな。今夜はこの街で休むとしよう。……ボクも少しばかり引継ぎをしておかねばならないからな」


 ルシードがいない間にベルからユキの正体を聞いていたホープは、事件が解決したとはいえ、その詳しい内容をルシードには話さないことにした。それではユキの本当の親とも呼べるジェフリーをベルが討ったことまで話さなくてはならないからだ。

 新聞にはジェフリーの似顔絵とともに、どうして凶事に至ったかのあらましまで載るだろうが、そこにユキの似顔絵がなければ、ジェフリーの名前を知らないであろうルシードが読んだところで、痛ましい事件としか記憶に残らないだろう。

 あとは現地の者たちに引継ぎし、ホープも今回の事件から手を引くつもりである。


「そうだな。俺も朝食べてから昼も取ってないし、まずは腹ごしらえがしたいよ」


 実際には三日近くも前のことなのだが、死んでいた間は体の機能が停止していたのか、空腹で倒れそうというほどでもない。


「……あ、ユキって何食べるんだ?」


 そこでユキがホムンクルスであったことを思い出したルシードは、ホープがすでに知っているとは知らないため、その正体が気づかれないようにと、こっそりベルに耳打ちする。


「この娘は人と変わらん。人と同じものを与えて問題はないだろう。それと、メリッサとホープには今後のためにも話してある。声を抑える必要はない。そちらの男も、お主の身の上となれば他言はすまい」


 生命の樹の力によって生まれたのだ。すでにユキを人間と認識しているベルは、食事についても同じように取らせて問題ないだろうとルシードに告げる。

 その声を聞いていたホープとメリッサは頷き、アギトは事情を知らないまでも、他言はしないとルシードに目配せした。


「わかった、ありがとう」


 それならばと、ルシードは何か美味しいものでも食べさせてやりたいと思うが、生憎とレーヴェで仕入れた弁当は寒い取調室に放り出されたがために冷め切ってしまっている。魔法で温め直すのも良いが、初の食事ともなれば出来立てのものを食べさせてやりたいものだ。


 とはいえ、今のルシードは無一文である。

 どうしたものかと考えるが、できれば初めての食事は自分で与えてやりたいという親心からベルたちに無心するというのも気が引け、そこで冒険者カバンに魔獣が入っているではないかと思い出す。

 幻魔獣の方はそのサイズからこのギルドの鑑定室では取り出せないようなことを言っていたが、ナマケモノを模した魔獣ならば引き取ってもらえるはずだ。

 そう考えたルシードは、鑑定室に向かうことにした。


「俺は鑑定室で魔獣を引き取ってもらってくるよ。ベルたちはどうする?」


「ボクは先程も言ったように仕事の引継ぎがあるが、諜報ギルドは別の場所にあるからな。少しばかり別行動を取る」


「ワシとメリッサは酒場へ……といきたいところじゃが、こやつに身分証のようなものを作ってやらねばならん。一度レーヴェへ戻り、メリッサの手を借りて少しばかりでっちあげ……ともかく、それまでユキは借りるぞ?」


 レーヴェへユキの身分証を作りに戻るというベルに、ルシードは頭を悩ませる。


「身分証? 俺もそんなの持ってないけど、みんな持ってるもんなのか?」


「街に住む者であっても全員が持っとるわけではないが、こやつには本当に何もないからの。過去を問われた時のために、少しばかり用意しておくだけじゃ。幸い、ここには諜報部のホープもおるしの。情報改変には事欠かん」


 本当のところはジェフリーとの関連性を問われた時のために別の過去を用意しに行くのだが、ルシードに余計な心配はかけまいと、ベルは話す気がない。


「……実はさ、ここだけの話、俺も過去がないんだけど、やっぱまずいかな?」


 ユキの過去を問われた時のため。そう聞かされて、ルシードも過去がないことを話すことにした。冒険者登録の際はミレット村出身ということにしたが、ミレット村でルシードを知る者がいないことから、ルシードも過去を問われると困る事態になるのではないかと思ったからだ。


「お主、本当に何をしとったんじゃ?」


「いや……まあ、色々?」


 アルマリーゼに過去を消されたと言えないルシードは、言葉を濁す。

 その様子にベルは呆れているが、エンバリーでルシードと戦闘になる直前、そう感じたのはやはりそうだったのかと、ホープは悲しそうに目を伏せた。


「それならば、こうするのはどうでしょうか」


 そこで任せておけとばかりに声を出したアギトに、一同は視線を向ける。


「ルシード将軍はシュレディング国で生まれ育ったことにしましょう。今までは身分を隠し、どこか適当な村出身であるとしていたとすれば、何も問題はありません」


「……生まれ育ったも何も、俺は獣人じゃないし、獣化もできないぞ? それこそ出身を聞かれて証拠を見せてくれと言われると困ったことになる。人間を拾って育てたってことにすれば美談に聞こえなくもないけど、それこそ新聞沙汰になると困る」


 名案だとばかりに進言したアギトは、そこまで頭が回らなかったと、しょげた犬のようにうな垂れた。


「どうせこの子の情報を作らねばならないのです。ルシードさんの情報がないのであれば、辻褄を合わせるためにも都合が良いと考えましょう。そのあたりのことは私たちの方で用意しておきますよ」


「そうですね。それなら俺もレーヴェに――」


「ルシード。君は先程王都へ行くと言ったばかりだ。それまではどこへも行かせるつもりはないぞ」


 自分に関係があるならばレーヴェに向かうべきだろうとしたルシードは、ホープにがっしりと腕を掴まれ、身動きを封じられてしまう。

 ホープとしては行かせてやりたいところではあるが、ルシードを待っているというリリーがいるのでは面倒なことになりかねない。先に王都に向かい、ルシードを両親に合わせるまでは、安心できないというものである。


「あとはワシらに任せ、お主はここで待っておればよい。心配せんでもワシにかかれば、お主の過去とてちょちょいのちょいじゃ」


「それが一番心配なのは俺だけじゃないと思うんだけどな……。ギルド長さん、普通の一般家庭でお願いしますよ? 変に目立つと過去がないより面倒なことになりそうです」


「わかっていますとも。賢者様に任せては、どんな武勇伝になるかわかったものではありませんからね」


 メリッサはベルが名前を変える度に新たな逸話を広めていた過去を思い出して苦笑し、その様子に思い出したくもない過去を思い出してしまったベルも、苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。


「戻ったらボクの方に情報を渡してくれ。諜報部のデータベースにも登録しておこう」


「そうじゃな。それで今後の問題にはなるまい。では、行くかの」


「ユキ、大人しくしてるんだぞ?」


「……はい、問題ありません」


 ユキの返事に一抹の不安を覚えるルシードだったが、もはや何も言うまい。転移を行えるという部屋に入って行くベルたちを見送り、次はホープを見送るためにギルドの外まで移動した。


「では、ボクも諜報ギルドへと顔を出してくる」


「俺も魔獣を引き取ってもらったらどこか開いてる店で買い物をしてここに戻って来るよ」


 ルシードの声にホープは頷き、別の場所にある諜報ギルドへと向かって行った。


「それで……いつまでいるんだ?」


 ホープの姿が見えなくなったところで、ルシードは最後に残ったアギトへと向き直る。


「必要とあらば、どこまでもついていきましょう」


 アギトの返答に、ルシードはギルド内で受けた視線を思い出し、大きく嘆息した。

 この街一番の冒険者であるアギトが付き従っているような状況に、自然と視線が集まるのは仕方がないことだとはいえ、それがなくとも犯罪者として捕まりそうになったところだ。見方によってはまだ容疑が晴れておらず、アギトが監視しているように見えなくもない。できるだけ注目を集めたくないという点からも、そろそろ帰って欲しいというのが本音である。


 しかし、獣人であることが露見しそうになることもいとわずに助けようとしてくれたことも事実。ルシードは必要どころかむしろ邪魔なんだけど、とは口が裂けても言えない。

 いっそのこと、レオネイラが次期四獣将に目しているという内容からも、助けようとしてくれた恩を返すためにゲンから受け取った腕章を贈り、いつの間にやら将軍になっているという自分の立場を譲ろうかとも考えるが、和平の証として受け取ったものを勝手に譲るわけにもいかず、どうしたものかと考える。


「ちなみに聞くけど、この街には詳しいのか? たとえば……この時間でも美味しい料理が食べられる店とか」


「網羅しております」


 鋭い眼光をギラリと光らせたアギトの言葉に、ルシードは鷹揚に頷く。


「よし、まずは軍資金集めだな。鑑定室に行こう」


 もはや邪険にする必要もなくなったルシードは、アギトを引きつれ、鑑定室へと向かうことにした。


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