5-2.「どちらがずるい?」
やっぱり男女だから、どうしても考え方の性差は出る。
抱き合って熱を分け合う行為を楽しむなとはいわない。
若い男の子だし、生理的な衝動は女である私より、もっと強いだろう。
ただ、その中に「相手が私だから」という気持ちがきちんと欲しいし、だからこそ、抱き合う行為を単なる運動に例えた由人に腹が立った。
きょうだいであって、きょうだいではない私たち。
唇も、指先も、肌も、体温も、熱っぽい視線も、体に走る甘い痺れも、全て分け合ってきた。
誰よりもずっと側にいたふたり。
由人の存在がなければ、今の私にはならなかっただろう。
もう、それくらい私の中には由人で溢れている。
もし、これが一方的な思いだったらどうだろうと不安になった。
けれども、こうやって落ち込む由人を見れば、きちんと私への気持ちはあるのだなと思う。
長年、「おねえちゃん」をやってきたのだ。
顔を見れば、わかる。
欲を言えば「好きだから」ときちんと好意を口に出してもらいたいが、そこまで望むのは少し難しいだろう。
――仲直り、か。
母の言葉を思い出した。
『おねえちゃんなんだから許してあげなさい』
あれには、おとうとの気持ちなんて、顔を見ればおねえちゃんのあんたにはすぐわかるでしょう、という意味がもしかして込められていたのだろうかと思う。
仕方がない。
例え少し早く生まれているだけであろうと、「おねえちゃん」の方が「おとうと」より少しだけオトナなんだから「おとうと」に譲ってあげるか。
由人にあわせて私は座り込んだ。
「ごめんなさいは?」
目を覗き込むようにして、由人の言葉を待った。
「――ごめんなさい」
しょんぼりと肩を落として謝る由人は、図体は大きくなったけれど子供の頃と同じ表情をしていた。
上目遣いで私の様子をこわごわ伺っていた。
まるで大きな犬みたいだ。
ああ、やっぱり由人はずるい。
私が上目遣いで請われるのに弱いのをしっていて、無意識にこんなことするんだから。経験がきっとそうさせるのだろう。
私と一緒に過ごした長い時間が培ったもの。
この仕草でなんでも許してあげたくなってしまうんだから、始末に終えない。
それでも、ここで問題点を明らかにしておかないと、同じようなことを繰り返すことになりかねないから、
「何が悪かったかわかる?」
挑戦的に腕を組んで、由人の言葉を待った。
「俺が毎日ヤればいいっていったからかな」
「もっと言うと?」
「……。」
由人は少し言葉を捜すように視線を空に泳がせた。
「……っ、間違ってるかもしれないけれど」
「うん?」
「不安にさせたから」
「どうして私が不安になるの?」
「ヤれれば誰でもいいのかと、思わせた?」
「……そうね」
「俺は男だから、お前以外とするのは、お前が他の男とするよりも多分簡単にできると思う――気持ちはなくてもできるから。でもね。気持ちがある相手とするほうが断然気持ちいいよ。お前と付き合う前、不道徳な関係を続けてた相手が何人かいたのは知っていると思うけど」
知っている。
だからこそ、由人が実の兄弟ではないと知ったときから私は苦しむ羽目になったのだから。
「やっぱり、作業になっちゃうからね。終わったあと空しいんだよ……でも、お前とだったらそんなことがない。例え触っているだけでもうれしいし、お前が気持ちよさそうな顔をしていると満たされる気がする。お前だから触りたいんだよ」
少し拗ねたように言う様子が、少しかわいらしかった。
まじめにそう言われると、くすぐったい気持ちになる。
お前じゃなくておねえちゃんよ、と訂正するのはこの空気を台無しにしそうだったから、今度は私は言わなかった。
「どうしてそこで、好きだから触りたいって言ってくれないのかしら?」
代わりにそう言ったら、「恥ずかしくて言えるか!」と由人に逆切れされたので、私は爆笑した。
+ + +
『おねえちゃんは損だ』と零した私に、由人はふっと唇の端を持ち上げてかすかに笑う。
「何よ?」
「俺だって思うんだぜ。"おねえちゃんはずるい"って」
「どうしてよ?」
「俺よりも親に優遇されてるだろ?」
首をかしげるようにして言った由人を見て、
(どっちが!)
と私は思った。ぶんぶんと横に首を振る。
「絶対、おとうとのほうが優遇されてると思うんだけど」
両親は私より由人の方を、甘やかしていると思う。
「そう?…かあさんに言われなかった?許してあげなさいって」
「言われたけど」
「俺の場合だと、"謝って許してもらいなさい"って言われるんだよ。端から悪いことしたのは俺の方だって決め付けられるの。確かに、喧嘩したとき悪いのは大抵俺なのは否定しないけど、許してあげるのは、おねえちゃんのほうで、許してもらうのがおとうとの方だっていうのが決められてるみたいだ。余り気分よくないぜ。…だって、どう考えても、許してもらうより、許すほうが立場が上だろ?」
なるほど、そういう見方もあるのか、と少し目から鱗が落ちた。
「おねえちゃんのがエライんだよ、おとうとより。たかだが俺より早く生まれただけなのに、エライのってずるい、っておとうとは思うんだけど?」
そうか、無いものねだりなんだ、お互いに。
姉は『弟ってずるい』と思って、弟は『お姉ちゃんはずるい』と思うものなんだ。
どっちが得なのかと言ったら、やっぱり私は『弟のほうが得だ』と思っちゃうんだけど。
そう言ったら、きっと由人は、如何におねえちゃんが得かについての理由を、並べ立てて『やっぱりおねえちゃんのほうがずるい』と言うのかもしれない。
+ + +
結局、冷戦はすぐに終結してしまった。
母はそれを知って「やっぱり仲がいいのはいいことよ」と笑った。
私はもしかして、母は勘付いているのだろうかとどきりとした。
そのうち、両親にはきちんと伝えねばならないだろう――その日を考えると少し、気が重い。
母はともかく、父の反応が読めない。
やっぱり怒るだろうか?それとも、軽蔑するだろうか?
わかってくれるまで、説得するつもりはあるけれど。
だって、この障害を乗り越える努力をするのは、私一人だけではなく――
「ねえ、由人」
「ずっと一緒にいようね」
「今更、お前の隣を他に譲る気はないよ」
由人は私を抱き寄せて、髪を優しくすいた。
――誰よりも長く、自分のことを見てくれている相手が、側にいてくれるのだから。