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第1話 桃色のプロローグ -前編-


少女は期待を胸に門をくぐった。桜が咲いていて、空は青く、雲もほどよく顔を出し、とても心地のいい日和だ。


門からまっすぐ歩いて行く。ついこの間、郵送されてきた校内図を片手に入り口を探す。入り口といっても、よくわからない棟のよくわからない正面玄関である。この学園の敷地面積のなんと大きいことか。歩くたびに見える学校本体であろう建物はとてもきれいで、かなり可愛らしいデザインをしている。新鮮な風景に感心していたら曲がらなければならぬところで曲がりそこねてしまって、焦る。戻る。左折である。そんなこんなで右往左往しながら目的地へ到着したのだった。


ウウィィーン


正面玄関、正式名称”女子寮一階メインフロント”の自動ドアが開く。


「ご入学おめでとうございます」


自動ドアからすぐの受付台から女性の声が響く。


「わたくしは女子寮フロントのスタッフでございます。お名前と学年をお伺いしてもよろしいでしょうか」

戸咲(とざき)といろです。一年生です」

「戸咲様ですね」


ずっと片手に持っていた校内図を急いでポケットにしまう。その間に、受付の女性は受付台の後ろのテーブルに陳列されているカードと鍵の中から一つずつ確認しながら取り、それらそっと差し出した。


「こちらは部屋の鍵と学生証です。お間違いないでしょうか」

「はい」

「ありがとうございます。学生証はカードキーとしても使用することができます。重要書類等で部屋番号の確認はお済みですか」

「はい」

「では、館内の地図があちらにありますので、取ってからご自分のお部屋へお進みください」


軽く会釈をして、山積みになっているA4の館内地図を手に取り、自分の部屋へそそくさと向かう。部屋番号はあらかじめ記憶している。メモもある。


「101……101……あー」


101という数字から予想できていたが、フロントを抜けて、扉を2つほど挟んですぐである。一階の一番手前端の部屋だ。なんとなくやりずらい。

一つ目の扉が開く、ガラス張りの自動ドアだ。少し歩いて二つ目の扉が見える。これは学生証でタッチするか、鍵を差し込むかしなければならない。簡単そうなので、学生証を使った。扉を開けて廊下の道に沿って歩けばそこは本当にすぐだった。


「おおー」


といろは体の前にそびえ立つ扉を見上げる。101というプレートがピカピカと光る。

そして、鍵をあけ、


ガチャ


景気のいい音と共に新しいドアを開けるのだった。


部屋に入ると勝手に明かりが点いた。といろは感心した。

とりあえず今持っている荷物を降ろした。といろは落ち着いた。

部屋の中を探検してみることにした。といろはワクワクした。


「へぇー、収納おっきい!ベッドもまあまあ大きい!キッチンと冷蔵庫もある!でもこの机の上にあるモニターは一体何なんだろう!よし!トイレ行きたい!」


トイレもきれいだった。といろは手を洗うため洗面台に向かった。

ふと鏡を見る、


「え¨ぇぇえぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」


といろは目を疑った。


「なんじゃこりゃあ!?」


自分の髪がいつの間にか白くなっていった。


「いつ変わった!」

「門をくぐったときです」

「誰だ!?」

「不審者ではありません。安心してください」


机の上のモニターに白衣の女が映る。といろは恐る恐る机の椅子に座り、モニターと向かい合った。


「怖がらないでください。戸咲といろさん。今日からあなたを担当します。樋川瑠莉(ひがわるり)です。気軽にルリとお呼びください。よろしくお願いします」

「あ、はい、戸咲です。よろしくお願いします…」


座りながら軽く会釈する。


「あの、担当さんとかいるんですね」

「ええ、生徒一人ひとりについています」

「へー、そうなんですねー……」


ルリと名乗る眼鏡をつけた白衣の女は表情も変えず、落ち着いた様子で淡々と話を進める。


「ゆっくりされていたところ申し訳ありませんが、個別ガイダンスの時間になってしまったので、私の話を聞いてくださると助かります」

「はあ……お願いします」


といろは思い出した。重要書類にそんなことも書いてあった気がする。


「学校側からかなり何度も言われていることだと思いますが、もう一度、この学校は研究団体が運営する実験や研究のために造られた学校です。あなた方は生徒兼、被験者または研究対象ということになります」


もう耳にタコができるくらい聞いた話である。


「そこでなのですが、今まで秘密規定やらなんやらで私たちが具体的に何を研究しているのかを公表していませんでした」

「え?でも、思春期における心理とか、人間関係についてとか、そういう研究するって言ってませんでした?」

「まあ、それも大概合ってはいるんですが、私たちにはもっと大きなテーマがあるんです」

「つまり隠していたが、真に研究したい事柄があると」

「その通りです」


といろは少し緊張している。隠していたということは、世間に対して大々的に言えないということだ。この研究所の倫理観は果たして大丈夫なのだろうか。一体この身の何を研究したいのだろうか。

といろはじっとモニターをに見つめる。白衣の女の眼鏡がキラリと光った。


「私たちが研究してるもの、それは……」

「それは……?」

「”恋愛について”です」

.

.

.

「え?えっ、もう一度お願いします」

「”恋愛について”です」

「レンアイニ、ツイテ……」

「”恋愛について”」


 といろはとりあえず深めに深呼吸した。


「とりあえずこのことについては聞きながら咀嚼するので、つづきお願いします」

「はい。私たちは日々『恋愛』という事柄について研究しています。恋愛とは何か、恋愛はなぜあるのか、恋愛は私たちにどのような影響を及ぼすのか、様々な分野の研究者たちが集まり多角的に研究しています。ここまで理解できましたか?」

「はい……」

「私たちは日々研究を重ねながら、大型プロジェクトを企てていたわけです」

「それがこれですか?」

「そうです。これです。学校を造って、学校に通う人々を研究対象として、恋愛にまつわるたくさんのデータを採ろうという大規模プロジェクトです」


(……いろいろぶっとんでんな)


といろは腕を組みうなだれた。


「このことは生徒全員に伝えられているわけではありません。”恋愛の研究をしていること”周りには言わず、ここだけの秘密にしておいていただきたいのです。生徒一人ひとりの特性を活かした実験をして、有益なデータを採るためです」


白衣の女は真剣な顔でまっすぐ語る。といろはその静かな熱意に押されてしまっていた。少しの間をもって、白衣の女はまた話始める。


「そして戸咲といろさん、あなたは選ばれたのです」

「へ?」


モニター越しに二人の目がカチリと合う。といろは気の抜けた声をだしてしまった。


「……何にですか?」

「まだ言えません」


なんて拍子抜けなのだろうか。軽くズッコケた。


「数日で分かることです。あなたが何に選ばれたのか。それとあなたの課題も」


(課題……)


これも何度も言われていることだった。

課題とは研究のために生徒一人ひとりに出されるノルマ的なものだ。


研究所は入学した生徒を研究する。さらに、研究に有効なより良いデータを集めるため生徒一人ひとりに課題を出す。課題を放棄する者、研究に関する秘密の厳守できない者は退学処分にする可能性もある。その代わり、学校に関わる全ての費用は研究所負担であり、もし退学になったとしても多額の補助金が出て、新しく違う学校に編入することができる。


といろはこれからオリジナルの課題が出されるのだ。そしてこの学校は恋愛について研究している。


「つまり恋愛についての課題が出ると?」

「そうとは限りませんが、その可能性は高いと思っておいてください」

「っなるほど……」

「……」


急に白衣の女は黙った。下を向いて、また真剣な目でといろに語りかける。


「もし、今までの話を聞いて、不快に感じていたら申し訳ありません。不快とまではいかなくとも疑念には思ったでしょう。恋愛はとてもプライベートでデリケートな問題ですし、恋愛の研究をすることなんて莫迦らしいと思うかもしれません。でも、恋や愛は人類にとってずっとかけがえのない、愛らしい課題であると私たちは感じているのです。大切なことだと思っているのです。だからどうか、これから三年間私たちの研究に付き合っていただきたいです」


ルリは小さなモニターの中で深く頭を下げた。といろはルリの演説に心が揺れる。きっと研究者はいつだって、自分の研究する事象が社会にとって、人にとって大切なことだと心から思えたから研究しているのである。


「あなたには可能性と未来がある。私が恋愛を研究するように、あなたにも自由にやりたいことをしてほしい。この学校が嫌だったら、課題が嫌だったら、縛られているように感じたら、無理せず逃げてください。そして、何かあったら相談してください。あなたのことをこれから一心にサポートします。あなたはここに来てくれた被験者兼、大切な生徒の一人ですから」


素直でまっすぐな瞳。といろは少し嬉しかった。研究員すべてがそうなのか分からないが、ただ、


(ただ、この人は私を尊重してくれている)

 

そう感じたからであった。


といろはモニターの向こうに笑いかける。


「心配しないでください!私は私のやりたいことにやるし、今やりたいことはこの学校での高校生活なんで!楽しみなんです。今までにない面白いことがある気がして」

 

嘘ではない。といろ自身、恋愛に微塵も興味がない訳ではない。否定派ではもちろんない。それに、常識を木っ端微塵に打ち砕くようなこの状況の方がこれまでよりきっと楽しいだろう。この学校はといろにとって鳥かごには成り得ない。むしろ、大きな空に見えたのだ。


いつの間にか、モニターの中でルリは優しく笑っていた。


「そうですか。ありがとうございます。あなたの学生生活を良いものにすると約束します」


といろは満足げな笑顔だった。


「ん?あれ?」

 

といろは何か忘れているような気がした。

 

「あっ!」

 

といろは頭を押さえながら叫んだ。

 

「なんで髪色こんな白くなってるんですか?いつの間に白くなったんですか?」

「まあちょっとそれはお遊び要素と言いますか」


(お遊び要素……?)

 

「えっと、とりあえず髪色は後でお好きな色に変えられますから、それは安心していただきたいです」

「あ、はい。いやそれは置いといて、どうやって髪白くしたんですか」 

「そういうプログラムです」

 

(どういうプログラムだ)

 

「説明が難しいのですが……簡単に言うと、研究所が最新技術で作ったプログラムをこの学校にいる人たちの眼前に投影しているんです。この学校には人間が目視できないようなセンサーがそれはもうたくさんあって、人の顔を随時検知して、プログラム投影システムが作動するんです」

 

といろは眉間に皺を寄せ、頭の上に疑問符が浮かんだ。

 

「今、この時もといろさんの髪が白く見えるというプログラムが、といろさんの目の前に投影されているんです」

「……まあまあ、まだちょっとよく分からないですけど、なんとなく飲み込みました」

 

といろは自分の髪色をちらっと確認する。まごう事なき白色である。

 

「……なんで白なんですか?」

「似合いそうな色を担当がセレクトしてます」

「え、ルリさんセレクトなんですか!?」

「そうです」

 

 ピコンッ!

 

急に可愛らしい音が鳴る。

 

「といろさん、後ろをご覧下さい」

 

といろは椅子に座ったまま後ろを振り返る。部屋の角に設置されている大きなモニターにピンク色の画面が映る。これもまたキュートなデザインで、

 

"ヘアカラー&ヘアスタイルをチェンジ!"

 

と、元気に表示されていた。

 

「この大きなモニターですが、これはタッチパネル式で用途は様々です。これから支給するスマホでも同じようなことはできるんですがね。違うところと言ったら普通にテレビとしても機能することくらいでしょうか」


といろはとりあえず大きなモニターの方へ近付いてみる。普通にテレビだと思っていた。ただのテレビより少しだけ有能なようだ。

 

「髪型や髪色は変えようと思えば簡単に変えられますよ」

 

といろは大きなモニターにタップしてみる。画面が変わり、ヘアカラーとヘアスタイルのどちらを変えるのか選択を迫られたため、勢いでヘアカラーを選択した。沢山の色が並んで表示されている。


(へぇ〜シュミレーションもできるんだー)

 

青。黒。ピンク。金。などなど。

ひと通り試してみたが、しっくりくるものがなかったので結局白にした。

ヘアカラーは満足したので、ヘアスタイルの画面に移る。これもまた、様々なヘアスタイルの画像やイラストが並んで表示されていた。

 

「ヘアスタイルを変更する時は少し慎重にお願いします。髪色はプログラムで簡単に変えることができるのですが、髪型を変えるのはちょっと認識にズレができるので、プログラムに頼ってないんです」

「認識のズレですか...?」

「例えば、自分は今ロングヘアだけどショートカットに変えたい!と、なったとしましょう。これをプログラムでロングヘアからショートカットに見えるように設定しますと、見た目は変わったように見えるんです。しかし、現実は長い髪のままですから、見た目的にはショートカットで肩まで無いはずの髪が、触ったら普通に肩まであったり、頭の重さが違ったり、自分の感覚と視覚とで認識のズレができるんですよ。逆も然りで」

 

(なるほど、視覚的に何もないところに触覚あるのはちょっとイヤか)

 

「だから髪型を変更する際は学校専属の美容師が寮の部屋まで来てくれます。速攻で髪切ったり整えてくれますから。髪質を改善とか、パーマとか縮毛矯正とかは自分でサロンに行かなければならないんですけどね」

「そうなんですねー」

 

今、肩より少しだけ長い髪。といろは思いを馳せる。晴れて入学式を終えて、高校生活を送る自分はどのような姿なんだろう?どのような姿がいいだろう?

 

(悩む……悩むけど!)

 

といろは画面をタップする。確認画面が表示されて、許可をタップする。

 

"しばらくお待ちください"

  

  という文言と共にペコッとお辞儀をしている人のイラストが表示された。

  

「切るんですね」

「はい!ずっと切りたいと思ってたんです」


ピンポーン


インターホンが鳴った。といろはドア穴から外を覗くと、細長いダンボールと貨車を持った大荷物の女性が立っていた。


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