表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
55/92

【53】ルナール商会長~交渉する~抜け目のない古狸?

トランプの試作が出来上がって来ました。ルナール商会に突撃です!

「下町を訪問した翌日、木製トランプの試作品が仕上がってきた。手に持つとちょうど良い大きさだ。質感のせいか、なんだか日本の銭湯にある下駄箱の鍵を思い出してしまった。

 裏面は深い緑色に塗装され、入念に磨き上げられている。これなら裏からカードを見分けるのは難しいだろう。要求通りの仕上がりだ。表側は木目が活かされているが、こちらもニスのようなものでコーティングされているのか手触りは滑らかで、数枚同時に持ってみても扱いやすくできている。

 厚みに関してはもう少し薄くしたかったが、落としても割れない強度を優先すると、これ以上は無理とのことだった。今の段階ではやむを得ないだろう。


「ブランシュ、どう思う?」

 僕と同じようにカードを検品しているブランシュに尋ねた。

「ええ、要求仕様通りにできていますわ。正直に申し上げて、予想以上の出来栄えです」

「そうだね。これなら貴族にもそのまま売れる。もちろん、収める箱をそれなりに装飾する必要はあるけれど」

「では、これを持ってルナール商会長のところへ向かいましょうか」

「うん、そうしよう!」

「早速、お父様に面会の約束を取り付けていただきますね」


 ◇


 ミュゼット号の組み立てで何度もこの敷地には来ているけれど、商売の話で正面から面談するのは今日が初めてだ。執事に導かれて応接室へ向かうと、開け放たれたドアの向こうにルナール商会長が座っていた。

「……あれが、ヴィクトール・ルナール商会長ですわ」

 ブランシュの囁きに、僕は緊張を隠せなかった。面会室の木の壁を背にして座るその男は、窓から差し込む静かな琥珀色の光を浴びながら、獲物を待つ狐のように目を細めてこちらを検分していた。


「失礼する」

 レイモンが声を張り、僕たちが部屋に入るよう促した。

「これはこれは、アラン技師長様。ようこそおいでくださいました。どうぞ、お掛けになってください」


 深く響くバリトンの声。貴族に対して礼儀を尽くしているようではあるが、どこか慇懃無礼いんぎんぶれいな響きを含んでいる。 領都一のやり手である彼にとって、下位貴族への敬意など、商談を円滑に進めるための「装飾」に過ぎないのかもしれない。


「今日はどのようなご用件で参られたのかな?」

 ヴィクトールの問いに、僕はブランシュに目配せした。

「商会長様、こちらの新商品をご覧になってください」

 ブランシュが木製のトランプを箱から取り出し、テーブルの上に流れるような手つきで並べた。

「見たことのない札ですな。いったいどのようなもので?」

「こちらは『トランプ』という新しい遊戯道具です」

 ブランシュがトランプそのものの構成と、いくつかの遊び方を手短に説明した。

「……なるほど。四つの紋章スートに、数字と絵札。この五十二枚の組み合わせが、無限の遊戯を生む、と。アラン様、これは恐ろしい毒だ。一度この味を覚えた貴族たちは、夜な夜なサロンでこの薄い木札を握りしめ、領地や名誉さえもチップとして積み上げることになるでしょうな」


「ええっ!?」

 僕は貴族らしからぬ驚愕の声を上げてしまった。単なる娯楽として提案した商品が、すぐさま凄惨な賭け事に結びつけられるとは。考えてみれば、前世の地球でもトランプはカジノの主役だった。その「劇薬」としての側面を、僕は完全に見落としていたのだ。


 ヴィクトールは細長い指で『スペードのエース』をなぞり、低く響く声で続けた。

「これほどの『劇薬』の権利……なぜ、我がルナール商会に? レイモン商会だけで独占すれば、それこそ金貨の山が築けましょうに」


 そこで、僕は本題を切り出した。

「蒸気自動車『ミュゼット号』の組み立てに納屋をお貸しいただいたお礼と……余った部品を使って二号機を組み立てる間、再度、あの場所をお借りしたいと考えまして」

「ええ、場所の提供は構いません。ですが先ほど申し上げた通り、それでは対価が釣り合わないのではありませんか?」


 ヴィクトールの問いに、僕は真っ直ぐに視線を返した。

「トランプは子供の遊びにもなりますが、貴族の賭博にも使えるのでしょう。ですが、私はあくまで遊び道具としてのトランプを売るだけです。そうした『裏の用途』への展開は、商会長の方がはるかにお得意のはず。私たちは下位貴族や平民への普及を主としますので、棲み分けは可能です。それに……一年も過ぎれば類似品が市場に溢れるでしょうからね」

「なるほど。流行の初速を我が商会が握る、と。そのようなお考えなら納得いたしましょう。……して、具体的な条件は?」


 僕はブランシュと視線を合わせ、レイモンの了解を得ていた条件を提示した。

「レイモン商会が販売する総数の五割に相当する分を、ルナール商会が独自に製造・販売する権利として譲渡します。販売実績は毎月末に共有いたしましょう」

「ふむ……生産に一月遅れが出る計算だが、型を起こす時間を考えれば問題ないか。よろしい、その条件で手を打ちましょう」

 ヴィクトールはアメジスト色の瞳を細め、満足げに頷いた。


「ところで、最初の製品には三種類の遊び方の説明書を付けるそうですな。……より『勝負事』に向いた遊びはございませんか?」

 彼はプラチナブロンドの髪を後ろになでつけながら、探るように聞いてきた。

「そうですね……『ポーカー』や『ブラックジャック』といったものが向いていると思います」

「その遊び方の権利も、お譲りいただけるのですかな?」


 実にあざとく、抜け目のない要求だ。

「今回の契約とは別件ということであれば、検討いたしましょう」

 僕が明言を避けると、彼は「くく……」と喉を鳴らして笑った。

「わかりました。まずはトランプの普及に注力しましょう。新たな遊び方は、市場が温まってからということで」


 僕とヴィクトール、そして父は、用意していた契約書にサインを交わした。老練な狐――あるいは狸のような商会長との、長く熱い面談がようやく幕を閉じた。

同行したレイモン、ほとんど出番がなかったですね。以前邪魔をされたルナールはさすが領都一の商会です。しかも名字持ちだったとは。本エピソードは足の痛みを我慢しながら書きました(-_-;)。次の投稿は5/16の予定です。どうやらアランは魔術を調べに行くみたいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ