【53】ルナール商会長~交渉する~抜け目のない古狸?
トランプの試作が出来上がって来ました。ルナール商会に突撃です!
「下町を訪問した翌日、木製トランプの試作品が仕上がってきた。手に持つとちょうど良い大きさだ。質感のせいか、なんだか日本の銭湯にある下駄箱の鍵を思い出してしまった。
裏面は深い緑色に塗装され、入念に磨き上げられている。これなら裏からカードを見分けるのは難しいだろう。要求通りの仕上がりだ。表側は木目が活かされているが、こちらもニスのようなものでコーティングされているのか手触りは滑らかで、数枚同時に持ってみても扱いやすくできている。
厚みに関してはもう少し薄くしたかったが、落としても割れない強度を優先すると、これ以上は無理とのことだった。今の段階ではやむを得ないだろう。
「ブランシュ、どう思う?」
僕と同じようにカードを検品しているブランシュに尋ねた。
「ええ、要求仕様通りにできていますわ。正直に申し上げて、予想以上の出来栄えです」
「そうだね。これなら貴族にもそのまま売れる。もちろん、収める箱をそれなりに装飾する必要はあるけれど」
「では、これを持ってルナール商会長のところへ向かいましょうか」
「うん、そうしよう!」
「早速、お父様に面会の約束を取り付けていただきますね」
◇
ミュゼット号の組み立てで何度もこの敷地には来ているけれど、商売の話で正面から面談するのは今日が初めてだ。執事に導かれて応接室へ向かうと、開け放たれたドアの向こうにルナール商会長が座っていた。
「……あれが、ヴィクトール・ルナール商会長ですわ」
ブランシュの囁きに、僕は緊張を隠せなかった。面会室の木の壁を背にして座るその男は、窓から差し込む静かな琥珀色の光を浴びながら、獲物を待つ狐のように目を細めてこちらを検分していた。
「失礼する」
レイモンが声を張り、僕たちが部屋に入るよう促した。
「これはこれは、アラン技師長様。ようこそおいでくださいました。どうぞ、お掛けになってください」
深く響くバリトンの声。貴族に対して礼儀を尽くしているようではあるが、どこか慇懃無礼な響きを含んでいる。 領都一のやり手である彼にとって、下位貴族への敬意など、商談を円滑に進めるための「装飾」に過ぎないのかもしれない。
「今日はどのようなご用件で参られたのかな?」
ヴィクトールの問いに、僕はブランシュに目配せした。
「商会長様、こちらの新商品をご覧になってください」
ブランシュが木製のトランプを箱から取り出し、テーブルの上に流れるような手つきで並べた。
「見たことのない札ですな。いったいどのようなもので?」
「こちらは『トランプ』という新しい遊戯道具です」
ブランシュがトランプそのものの構成と、いくつかの遊び方を手短に説明した。
「……なるほど。四つの紋章に、数字と絵札。この五十二枚の組み合わせが、無限の遊戯を生む、と。アラン様、これは恐ろしい毒だ。一度この味を覚えた貴族たちは、夜な夜なサロンでこの薄い木札を握りしめ、領地や名誉さえもチップとして積み上げることになるでしょうな」
「ええっ!?」
僕は貴族らしからぬ驚愕の声を上げてしまった。単なる娯楽として提案した商品が、すぐさま凄惨な賭け事に結びつけられるとは。考えてみれば、前世の地球でもトランプはカジノの主役だった。その「劇薬」としての側面を、僕は完全に見落としていたのだ。
ヴィクトールは細長い指で『スペードのエース』をなぞり、低く響く声で続けた。
「これほどの『劇薬』の権利……なぜ、我がルナール商会に? レイモン商会だけで独占すれば、それこそ金貨の山が築けましょうに」
そこで、僕は本題を切り出した。
「蒸気自動車『ミュゼット号』の組み立てに納屋をお貸しいただいたお礼と……余った部品を使って二号機を組み立てる間、再度、あの場所をお借りしたいと考えまして」
「ええ、場所の提供は構いません。ですが先ほど申し上げた通り、それでは対価が釣り合わないのではありませんか?」
ヴィクトールの問いに、僕は真っ直ぐに視線を返した。
「トランプは子供の遊びにもなりますが、貴族の賭博にも使えるのでしょう。ですが、私はあくまで遊び道具としてのトランプを売るだけです。そうした『裏の用途』への展開は、商会長の方がはるかにお得意のはず。私たちは下位貴族や平民への普及を主としますので、棲み分けは可能です。それに……一年も過ぎれば類似品が市場に溢れるでしょうからね」
「なるほど。流行の初速を我が商会が握る、と。そのようなお考えなら納得いたしましょう。……して、具体的な条件は?」
僕はブランシュと視線を合わせ、レイモンの了解を得ていた条件を提示した。
「レイモン商会が販売する総数の五割に相当する分を、ルナール商会が独自に製造・販売する権利として譲渡します。販売実績は毎月末に共有いたしましょう」
「ふむ……生産に一月遅れが出る計算だが、型を起こす時間を考えれば問題ないか。よろしい、その条件で手を打ちましょう」
ヴィクトールはアメジスト色の瞳を細め、満足げに頷いた。
「ところで、最初の製品には三種類の遊び方の説明書を付けるそうですな。……より『勝負事』に向いた遊びはございませんか?」
彼はプラチナブロンドの髪を後ろになでつけながら、探るように聞いてきた。
「そうですね……『ポーカー』や『ブラックジャック』といったものが向いていると思います」
「その遊び方の権利も、お譲りいただけるのですかな?」
実にあざとく、抜け目のない要求だ。
「今回の契約とは別件ということであれば、検討いたしましょう」
僕が明言を避けると、彼は「くく……」と喉を鳴らして笑った。
「わかりました。まずはトランプの普及に注力しましょう。新たな遊び方は、市場が温まってからということで」
僕とヴィクトール、そして父は、用意していた契約書にサインを交わした。老練な狐――あるいは狸のような商会長との、長く熱い面談がようやく幕を閉じた。
同行したレイモン、ほとんど出番がなかったですね。以前邪魔をされたルナールはさすが領都一の商会です。しかも名字持ちだったとは。本エピソードは足の痛みを我慢しながら書きました(-_-;)。次の投稿は5/16の予定です。どうやらアランは魔術を調べに行くみたいです。




