第八十四話 クロノス教団内部密偵殲滅作戦➀
教団本部、地下へと続く暗い廊下。
二人の男が暗闇を進んでいた。
クロノス教団内で大きな力を持つリリィの側近。
――バーチとその部下である。
「あのばばぁ!何でワシがこんなことをせねばならんのだの!」
バーチが部下の男に向かってリリィの愚痴を言う。
忠誠心はさほどないようである。
「大丈夫ですよ。彼を連れていくのは私がしますから」
部下がそう言い、地下への扉を開ける。
その奥には薄暗い牢屋が続いていた。
「薄汚いのぉ……奴には気を付けろの」
まず部下が入り、その後ろからバーチが地下へと入る。
「処刑は本部でかの?ワシはババァの計画なんぞ知らんが、とっとと殺してしまえ、あんな化け物」
バーチがそう悪態をつくと、部下は銀の杭を取り出した。
「まさか自分が今まで使ってきた銀の特効性を、自らへ処刑前に使われるとは思ってもいないでしょう」
コツコツと階段を下りていく靴の音が牢屋に反響し、不気味な空気を醸し出す。
二人はクリスの牢屋の前に到着し、牢屋の鍵を開けてクリスへと近づいた。
「誰だ……?あんた?」
「ワシらは教団の偉い偉い人じゃ。お前にゃ関係ない」
「出ろ!化け物。処分の時間だ」
バーチの部下が銀の杭を突き出し、クリスの前で振って見せる。
「お前、ラオで吸血族になったんだってナ。この銀の杭で心臓を貫いてやるぞ」
「なな……なんで俺がお前ごときにこんなことされねぇといけねんだ!先に隣の吸血族を連れてけ!!」
クリスがそう言うとルピナが笑う。
「どうぞお先に……ま、俺は処刑されないけどな。君の態度を見るに自業自得だろう」
バーチの部下がそれを無視してクリスの手へ銀の杭を刺そうとした――その刹那。
牢屋の入り口から誰かが走ってくる音が聞こえた。
いや、走る音――にしては軽い。
……ぽてぽてぽてぽて……。
「誰かの?」
バーチがそちらへ向かって聞くが返事は無い。
やがて音の主が近づいて来て、皆の目に正体が映った。
それはまさかの柴犬。
背中にリュックを背負った豆柴だった。
「……はい?柴犬??」
クリスが戸惑っていると、柴犬が途中で躓いてこてんと転ぶ。
四人が戸惑っていると、柴犬は再び起き上がって近づいて来た。
バーチが嫌そうな顔をして部下に言う。
「こいつ……どっかに捨ててこい!わしゃ知らんぞ、こんな犬。見たこともないの」
柴犬がバーチに近づき、バーチが首を掴もうとした時、柴犬が突然バーチの顔に張り付いた。
突然の出来事にキョトンとする一同だったが、バーチは息苦しそうにもがいている。
「ガハッ!息ができん!助けろ!」
バーチが部下に言い、必死に顔に着いた柴犬を剥がそうとするが、なかなか力が強く離れない。
「バーチ様!大丈夫ですか!」
部下がなんとかして助けようとするも、犬は懸命にしがみついている。
バーチの顔に張り付いた柴犬が、その短い足をばたつかせてうまく掴めなかった。
「――ッ!たす――けろッ!!」
「バーチ様ぁぁあああ!!」
暫くすったもんだしているとバーチが静かになり――泡を吹いて倒れた。
クリスとルピナもそれには顔を顰める。
柴犬が人間を気絶させた――?
部下は柴犬に見つめられると、慌てふためいて地下室から逃げていった。
「なんだこれぁあああああああ!!俺は逃げるからな……逃げるからな!!」
その光景を見ていたクリスとルピナはさらに顔を合わせてキョトンとする。
「どういうことだ?クリス……お前、こいつを知ってんのか?」
「いや、知らねぇよ!!何だこの犬……?」
困惑したルピナが柴犬の方へ近づくと、それは急に喋りだした。
「はー良かったです。獣化した状態で来ましたから、もしかしたら二人倒せないと思ってましたけど、倒せましたね!」
ルピナとクリスが口を開ける。
柴犬は空きっぱなしになっていたクリスの牢屋に入ると、クリスに話しかけた。
「大丈夫ですか?今助けますね。あぁ、あの節はどうも。お蔭でこんなに元気してますよ!」
柴犬はくりくりとした目でクリスに話しかけるが、クリスは何のことかまるで分っていない。
「そっか!この格好じゃわかりませんよね!実は僕、あの後スカウトされたんです」
柴犬はそう言うと段々人間に戻っていく。
人間に戻った姿は少年だった。
栗毛色の髪の毛にクリクリとした茶色の目。
彼はリュックから服を取り出してそそくさと着替える。
ルピナが口をあんぐり開けて驚いた。
「君、獣人だったのか。犬の獣人は初めて見たよ。狼しか見たことなかったから」
ルピナがそう言うと少年は精一杯頬を膨らませ、顔を向けた。
「失礼な!実は柴犬種っていう、ぎりぎり獣人になれるポテンシャルを秘めてた“狼”なんですよ!僕の名前はキッド……またお会いできましたねクリスさん」
そう言われたクリスの脳内で、キッドの記憶がフラッシュバックした。
何年か前、暗殺組織にいたときに“ハキ”という三下から助けた獣人。
たしかその子の名前もキッドだった。
「ほ、ほんとに!?覚えてるよ!!すごく成長したね――キッド!」
クリスがキッドに言うと、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「覚えてくださっていたんですね!ありがとうございます!クリスさん。さ、ここから出ますよ」
キッドがクリスの手錠を外し、銃を一丁だけ手渡す。
「おい、待て!ずるいぞ」
ルピナが檻の中からクリスに言うが、クリスは何も言わずにルピナの方を向いて、ニタニタと笑った。
「プークスクス……ルピナくーん。お先にぃー」
「てんメェ!!」
とその時、地下室の入り口から誰かが入って来た。
その足音にクリスとキッドが警戒する。
「誰ですか!!」
「誰だ!!」
姿を見せたその存在にキッドが銃を構える――が、地下室へと足を踏み入れたのはカトレアだった。
「誰ですか貴方は!」
逆に、カトレアがキッドに言い放った。
「教えられないです。貴方はクロノスの方ですね?」
キッドが牙を出して威嚇する。
――とすると、クリスの脳内にあったキッドの情報に矛盾点が生じた。
「キッド、お前……入団したのはクロノスじゃないのか?」
当然キッドがクロノス教団の団員であればカトレアを知っているはず。
「違います。えと、説明は後です。とりあえずこの人を倒してここから出ましょう!」
キッドはそう言い、両手の爪を伸ばし始める。
キッドの耳がぴくぴくと動き、姿勢も戦闘態勢に入った。
「こっちはそれどころじゃありません!クリスさんが何故ここにいるのかはわかりませんが、ロラン君達の為にもいち早く動かないと!」
そこでロランという名前に三人が反応する。
「「ロランが!?何かあったのか」」
クリスとルピナは同時に叫び、互いがロランのことを知っていることに驚く。
ルピナは続けた。
「じゃぁ、俺もここから出られるってことか?」
カトレアが頷く。
兎にも角にも、ロラン達を助けるのが最優先だと思ったカトレアは、これまでの状況を大まかに説明した。
「アロンが裏切り者でした。オリバーは殺され、ロータス、ロランがそれを追っています。ルーシー副長と、エマさん?のオペレートで彼等カシム一味と決着を付けようという話になっているんです」
「――エマだと……?」
三人の頭はもう既にパンク寸前になっていた。
クリスが頭をぐしゃぐしゃにして床へ座り込む。
「もー意味わかんねー!つまりクロノスに裏切り者が出て、緊急でそれを追ってて、ルピナに手を貸してもらうってこと?」
「そうです」
カトレアが頷く。
クリスはしばらく考え、パンと手を叩いて立った。
「よし、俺も行く。キッドも来るか?ロランのピンチで俺が助けに行かないわけがねぇ」
クリスがカトレアに向かって言うと、突然の申し出にルピナが困惑する。
「こんなどこの骨ともわからねぇ奴と一緒に行くだと?さすがに冗談きついぜ」
カトレアは少し悩み、三人に言った。
「私はエマさんを軍部まで送ります。三人でローちゃん達を助けてきてください。一応クリス君はいい人ですよ、ルピナ君」
「えー、こいつ知ってんの?いや、え?」
ルピナがびっくりしているうちにカトレアが鎖を外す。
カトレアが三人に無線を渡し、没収した武器のある部屋へ案内した。
クリスは腰にアンブリエル、二丁の拳銃を。
ルピナは特製の皮手袋に銀製の鉤爪をつけて、アイアンクローならずシルバークローを装着する。
クリスが武器庫のドアを開け、外に出ると自信満々に言った。
「お前と組むのは不本意だけど、派手にやらせてもらおうじゃねーの」
それにルピナが答える。
「当たり前だ。俺の足を引っ張るんじゃねぇぞ」
クリス、キッド、ルピナの三人は今一度手袋をきつく締め、アロン目指して闇夜へと繰り出して行った。




