第七十八話 上り坂があれば下り坂がある
洞窟を出たクリスは、オファクの村へ馬を返した後、破壊され粉々になっているラオの隠れ家へ帰った。
瓦礫と化した家には、既にエマが来ていた。
「久しぶり!髪伸びたな、クリス!!」
エマがそう言うと、クリスも微笑んで言った。
「久しぶり!元気そうだな」
彼女の右腕には痛々しい傷跡が残っているが、体調の方は完全に回復したようだった。
クリスはエマに持ってきてもらった新しい武器を身に着ける。
腰に帯びたオファクの剣、アンブリエル。
これまでも使っていた一丁のリボルバーはそのままに、新しい銀製のダガーをベルトに付ける。
改良したグローブ、無線機と繋がった小さなイヤホンを装備し、つま先から刃のでるブーツも履いた。
そしていつも通りフードを被り、防砂ゴーグルを付ける。
最後に、クリスが目配せをすると、エマは何やら鍵のようなものをクリスへ投げた。
一通り新しいギアを装備し終えたクリスは、待っていたエマに言う。
「楽しみ。これがその鍵か。アルマトストーンを利用して、まさか作ってしまうとはね」
クリスがそう言うと、エマは待ってましたと言わんばかりに嬉しそうな顔をした。
二人が家から出て裏手に回ると、なんとそこには大きなバイクが置いてあった。
その黄金に輝く機体にはパイプやメーターがいくつも取り付けられ、粗削りな出来ながらも、そこには確かにバイクが鎮座していた。
「クリス、よくバイクなんて知ってたねぇ。これは蒸気機構でできてるから、本物とはちょっと違うけど」
エマが言った。
彼らは、互いに何故相手がバイクなんてものを知っているのか、と疑問に思っていた。
――が、まぁそんな技術、スチームパンクな世界ならあり得るだろうと思い、何も言わなかったのだった。
「ありがとう。完璧だよ」
クリスは鍵を刺してそれに跨り、エマに動かし方を教わる。
「……でね、そこを回してね、ストーンからの蒸気を――」
しかし説明を聞いている途中で、クリスがそれを遮った。
「ま、いけるっしょ。ほら、俺の後ろに乗って!しっかりつかまってろよ!」
エマは半ば強引にバイクへ乗せられ、防砂ゴーグルとヘルメットを付ける。
「本当に大丈夫!?ちょ、ちょっと!」
エマは心配するがクリスはまったく気にしていなかった。
「大丈夫。このままステティアまでひとっとび」
クリスがそう言うと、遂にエンジンが唸りを挙げた。
「……では乗客のみなさま、ステティアまでの旅をお楽しみくださいませ」
クリスのアナウンスと共にバイクが走り出し、それまで二人がいた世界は急速に後方へと過ぎ去る。
クリスの顔には風が吹きつけ、バイクはその大きなタイヤで砂の上を駆け出した。
♢
二時間後。バイクは砂漠の中を駆けていた。
二人を乗せたバイクは、遊牧民が山羊を連れて歩いていたり、商人の隊列がデザートバードに乗ったりしている横を颯爽と走り抜けていく。
「エマ!見て!あそこラオオオミミミミズクの群れがいる」
クリスが少し先を指さす。
その先には穴の中に巣を作って生きる小柄なフクロウたちが砂の上に並んでいた。
「な、なな何て?…すごい!かわいいね。初めて見たよ!」
エマが髪をなびかせながらフクロウ達をを見る。
暫くすると今度はエマが何かを見つけた。
「クリス!あれ……何?ヤバそうなんだけど」
エマが指す先には、大きなウロコのついた皮膚が一部だけ見えている。
「あれはスナトカゲだと思う。スナトカゲはすごく大きくて、体長25メートルくらいになる。砂を食べるんだ」
クリスがオファク流武術で培ったうんちくを披露していると、その大きな全身が段々と地表に現れる。
エマが焦る。
「ねぇ、ホントに食べられないの!?」
クリスは聞こえていないようで、まだ一人で解説をしている。
「実は砂じゃなくて、砂の中に含まれる砂漠性ストロマトライトを食べていると言われてて、で、スナトカゲは砂を振動させることで砂漠の中を泳げるらしい」
「おーい、クリスさーん、聞いてます?おい、聞けよボケ」
「彼らがストロマトライトを捕食するときには、大きくジャンプしてその姿を見せ……る」
「もう……恐竜じゃん……」
エマは地上へ出て来たスナトカゲのあまりの大きさに唖然とする。
ざっとバイク十四、五台分。
まだ顔しか出していないが、そののっぺりとした顔はどこか優しそうで穏やかな印象だった。
クリスのバイクがスナトカゲに近づいていくと、スナトカゲがより砂漠から身を乗り出し、小さな前腕を力強く砂に打ち付けた。
その振動がバイクに伝わり、ようやくクリスも危機を察知する。
「やばい――俺ら、食われるかも」
クリスそう言った瞬間、スナトカゲが大きく空中に飛び出した。
優に20メートルはあろうかという巨体が宙に浮き、丁度クリス達のバイクを飛び越えていく。
「やべーーーーー!!!」
二人の頭上をスナトカゲが飛び、大迫力の光景が広がった。
スナトカゲの腹部には無数のヒカリゴケや発光キノコが生えており、一瞬、二人は幽玄で幻想的な世界に包まれる。
そんなもの見る暇も無いクリスはバイクを全速力で走らせ、スナトカゲはぎりぎりバイクのすぐ横へ着地した。
スナトカゲは着地したと同時砂の中へ潜っていく。
それによって起きた“水しぶき”ならぬ、“砂しぶき”が二人を襲った。
「きゃー!!!ハハハ」
「すごかった!見た?今の!!」
クリスがエマに言う。
「こんなこと……したことない。いままで生きてきて、初めて!」
クリスはエマのその言葉で笑顔になった。
「俺、しなくちゃいけないことが終わったら、世界一の科学者もいいけど、世界中を旅して回ったりもしてみたいとも思ってんだ」
「科学者なら私が世界一だから諦めることね」
「えぇ……じゃぁ旅するしかないですやん」
「冗談だよ。どっちにしろ、クリスは生まれてからずっと気を緩めたことなさそうっていうか、なんていうかぁ……真面目?だから、そういう何にも縛られない自由なこと……いいかもね」
♢
ロランが目を覚ますとそこは医務室だった。時計を見るともう夕方になっている。
「大体……二時間くらい寝てたのか」
ロランがそう言うと、側にいたルピナが首を縦に振る。
ルピナはずっとロランを心配していたのか、今まで被っていた帽子やコートも着ずに、獣人の耳と赤い瞳を出したままにしていた。
「――それは見せても、大丈夫なの?」
ロランが自分の目を指し示しながら聞くと、ルピナが頷く。
「君を助けるためにそのままここまで来たし、そもそも君に正体がばれたからもういいよ」
ロランはルピナにそう言われたことで、これまでの出来事を思い出す。
クロノス軍部にいる裏切り者を探そうとしたときに暗殺者と遭遇し、ロランとルピナがやっとで倒したが、ロランが重傷を負ってしまったこと。
そしてルピナの、自分は吸血族と獣人族のハーフでロデリックの甥、吸血族にとらわれた混血種一族を助けるために入団したというカミングアウト。
「――あぁ」
ロランは直ぐに、ルピナにロデリックのことを伝えなければならないと思った。
“ロデリックは僕が殺した”
その事実を、彼に伝えなければならないと。




