第二十八話 ビサ最強の男➁
吸血鬼の男がクリスの頭上でサーベルを振り上げ、その額に躊躇なく刃を振り下ろした。
クリスには吸血鬼の動きが速すぎて目で追うことができていないが、吸血鬼を目で追えているロランはクリスの方へ叫ぶ。
「クリーーーース!!!!!」
と、その刹那、頭上から何か大きなものが落ちてきた。
それはクリスを襲っている吸血鬼の頭を押さえ、そのまま地面に叩きつける。
地面がへこみ、衝撃波が周囲へと伝う。
「な、なんて力なんだ――」
ロランが驚く間もなく、吸血鬼は全身を地面に埋め込まれ、抵抗することもできずに気を失った。
――ウォォォォオオオオオオオオオオオン!
上から降ってきたそれは耳をつんざくような遠吠えを発し、ゆっくりと四人の方へ向いてそのまま逃げるよう促した。
その姿は野生の狼というより、まさに怪物狼男そのものであった。
肥大化した腕と鋭い鉤爪、青色の瞳孔が周囲の吸血鬼達を震え上がらせる。
「キリさん!助かりやす!!」
ロータスが人狼の方を向いて言った。
「こ、これがキリ……先輩!?」
クリスはその見た目が、今までの獣化したキリとは違うことに驚く。
「キリさんはハイイロオオカミの獣人だから、人狼の姿にもなれるのよ」
――ハイイロオオカミの獣人
能力は獣化と、人狼型獣化による総合力の引き上げ。
獣人の中でも特に強いと言われている獣化で、多くの獣人に見られる“能力特化型”――というよりかは、全ステータスを大幅に上げることのできるマルチプレイヤーである。
その能力上昇幅は、人間態の能力値と獣化時の能力値の掛け算として向上。
つまり、能力を平均値5、最大値10としてあらわした場合、人間値“5”×獣人値“7”の獣人なら、“35”の能力を有する。
これがキリの場合。
人間値は10、獣人値も勿論10――つまり合計値100。
圧倒的な力を持つビサ最強の獣人、それがキリだった。
「貴方達、そんなことより早く逃げないと。私たちは足手まといになってしまうわ」
カトレアはそう言うと右手に伸びる路地を指さした。
「早く!」
四人はキリに援護してもらいながら路地へ逃げ込み、全力で基地の方向へ走った。
♢
「我々吸血鬼部隊が、あんなものに遭遇するとは聞いていないぞ!」
クロノス教徒の刺客を追撃しようと、サーベルを持って路地へ入った吸血族が吹っ飛ばされて出てきた。
さらにその路地から、のそのそと例の人狼が出て来る。
そのツヤのあるたてがみと、ピンと張った狼の耳、ギラリと並んだ牙、血まみれになった黒い鼻が、彼が狼の王であることを物語っている。
「所詮相手は一人!あいつだけでもゼリク様へ首を持って帰るぞ!」
刺客達が一斉にキリへ襲い掛かるが、キリはそれをものともせずに、全てを右手で薙ぎ払った。
二人の吸血族が壁にめり込み、意識を失う。
後続は突然出て来た化け物に恐れおののき、足が震えていた。
「そっちが来ないなら、こちらから行くぞ!!!」
そのままキリは彼らの中へ突っ込んでいった。
普通の獣人なら袋叩きに合うはずだが、キリはその大柄な体格故、吸血族達を吹き飛ばしていく。
あるものは鉤爪に切り裂かれ、あるものは体を真っ二つに折られて死んでいった。
吸血族の再生能力も、狼男の前では意味を為さない。
後方に控えていた吸血族がクロスボウを放ったが、キリは即座に別の吸血族を引き寄せ、その身体を盾にした。
結果、放たれた矢はすべてその男に突き刺さり、キリ自身には一本たりとも届かなかった。
「やめろ!味方に当たる!矢を止めろォオ!!」
今度は持っていた刺客を四方へ投げ、街灯ごと敵を粉砕していく。
もはや吸血族達には、キリに対して為す術がなかった。
「て、撤退しろぉぉお!こいつは規格外の獣人だ!」
次々と吸血族が撤退していき、蜘蛛の子を散らすように街へ逃げていく。
キリは最後まで殿を務めている吸血族を噛みちぎり、逃げようとする暗殺者たちを、その鋭い爪で薙ぎ払った。
キリがしばらく夢中で戦っていると、いつの間にか辺りの吸血族は一人もいなくなり、空には朝日が昇り始めていた。
ボロボロになった巨体を庇いながら、朝日に目を眩ませる。
「僕の勝ちということで……よろしいかな」
人間態に戻ったキリは、口元についた血を拭ってそう吐き捨てた。
だが、彼の数メートル先に人影が現れる。
朝日を背に現れたのは、三人の吸血族だった。
彼にもう獣化の力は残っていない。
戦うには、人間態のまま戦うしかなかった。
「まだ僕に会いたい奴がいるのかい?しつこいね、君達も……」
♢
――少し前
クリス、ロラン、ロータス、カトレアの四人は、暗闇の中走っていた。
「もうすぐで着く。早くその腕を治療してもらえ」
ロータスがそう言うと、カトレアも微笑む。
「よく頑張りましたね。最初は君達が大丈夫か不安だったけど、どうやら背中を預けられる子達みたいね」
そう言われたクリスとロランは、互いに顔を見合わせた。
これまでは二人だけで敵と戦って、二人で傷を治して、二人で情報を探って頑張ってきたが、今は違う。
ロータスにカトレア、それにルーシー、フジ、キリも――いや、もっと居るだろう。
皆、二人の仲間となったのだ。
「いや、俺達に素直に背中を預けてくれたアンタ達にこそ感謝だぜ」
クリスは照れながらそう言うと、ロータスがそれに突っ込む。
「おいおい、クソガキの割に素直なんだなァ!しょうがねぇ。お前らを後輩として認めてやるよ!!」
彼らは同志であり、戦友。
互いの命を預け、共に死地を潜り抜けていく戦士たち。
この物語はクリスとロランだけではない。
――英雄たちの物語なのである。
ロランは先輩二人に認められ、満面の笑みを浮かべて言った。
「プニコとプニオも喜んでます!!先輩!!」




