第二十六話 情報戦はちゃんとしとけバカ➁
階段下から上がってきた気配が、ふいに止まった。
次の瞬間、鋭い視線がこちらを捉える。
――見つかった。
声が上がるより早く、槍の穂先が前へ突き出された。
ロランの反応は、わずかに半歩遅れる。
「――ッ!!」
肩口を掠め、ローブが裂けた。
布の下で生温い熱が広がり、赤い液体が滲む。
最前列は槍持ちだった。
通路は狭く、背後も塞がれている。
クリスとロランに逃げ場はない。
「ここで応戦するぞ、ロラン!」
クリスが銀製のダガーで穂先を叩き落とす。
乾いた金属音とともに、火花が散った。
だが、この数はさすがに受け止めきれない。
単純に戦力の数が違った。
「おいおいおい、所詮ガキ二人じゃ勝てねぇぞ!降参しろ、クロノス教の手下共!」
声の主は一歩後ろにいる。
敵はざっと見て二十人ほど。
前列に盾役と槍、その後ろに剣持ちが控える、無駄のない配置だ。
ロランは応戦しながら、敵ながら整った隊列だと感じていた。
クリスが踏み込む。
槍を一本引っ掛け、力任せに引き抜く。
奪ったそれで薙ぐが、振り慣れていない。
浅いく、刃も装甲を貫かなかった。
じわじわと距離を詰められる。
槍の壁が、若きクロノス教兵士二人を追い詰めていく。
「ロラン。このままじゃ押される。一回、前を消す。目ェつぶれ!!」
「了解」
短く返す。
同時にクリスは懐へ手を入れ、丸い物体を一つ取り出した。
躊躇なく、それを階段下へ転がす。
「いくぜい!!ボカァーン!!」
クリスが叫んだ直後、空気が割れた。
光が来て、そのすぐ後に音が来る。
――パァァアアアアアア!!
階段一面を覆う、白。
蒸気兵達には、もう何も見えなていなかった。
「何だこれはァッ!!め、目が見えんぞ!!」
「うぎゃあああ!!」
遅れて、耳が潰れたような感覚が襲ってきた。
叫び声なのか悲鳴なのかも判別できない音が、階段を満たす。
ロランは直前に目を覆っていたが、耳への衝撃までは防げなかった。
「何だよこれ、クリス!!」
「フラッシュバングレネードだぜ?エ〇ペックスとか、C〇Dとかで見るやつ……つっても分かんねぇか」
クリスは悶える敵兵を前に、リボルバーを構える。
「悪く思うな――」
――パン。
――パン。
短く、乾いた音。
一拍ごとに、何かが崩れる気配がする。
誰かが倒れ、誰かがぶつかり、誰かが叫ぶ。
ロランの耳に、ようやく音が戻り始めたころ――。
「ク、クリス……!」
呻き声の中に、驚きに満ちた声が響いた。
視界が戻る。
階段下は混乱していた。
槍は揃わず、兵士たちは目を押さえ、頭を抱えたまま立ち尽くしている。
いや、立っている者もいるが、床に伏して悶えている者もいた。
床に伏す者は皆血を流し、激痛に顔を歪めている。
そしてその隙間を縫うように歩くのは――クリスだった。
手にあるのは、見慣れない黒い塊。
ハンスの忘れ形見だ。
――撃つ。
敵兵の肩から血が噴き出す。
倒れない。
だが、隊列は崩れ、兵士は恐れおののく。
「ぎゃぁあああ!!何だこれはッ!!」
――また撃つ。
引き金を引く動作に迷いはない。
反動を抑え、ただ淡々と距離を詰めていく。
殺してはいない。
それでも、一方的な暴力が彼らを襲った。
蒸気兵達の肩に、これまで感じたことのない痛みだけが残る。
不意に、彼らの中の一人が叫んだ。
「ま、魔術だ! 魔法を使いやがったぞ!」
さらに誰かが叫ぶ。
「一回退け!こりゃぁ……俺達に負える仕事じゃねぇ!!」
命令と同時に隊列が崩れ、兵たちは負傷者を抱えたまま後退していく。
混乱した足取りのまま、引きずられるようにして次々と階段の下へ消えていった。
「す、すごい……圧倒的だよ……クリス」
敵兵が一度退避するとクリスは辺りを見回し、安全を確認してから、ピストルの銃口から出る煙を口でフーっと吹いた。
「俺、これ一回やってみたかったんだよね」
♢
一方のロータスとカトレアは、ラムズスの待つ部屋の前で足止めを食らっていた。
護衛兵は十人ほど。廊下を塞ぐ形で陣を取り、奥には短弓を構えた女がいる。
無闇に踏み込めば、視線の先から矢が飛ぶ。
狙いは正確で、牽制のつもりで前に出ただけでも眉間に照準が合う。
「……厄介だな」
「牽制します。隙を作るので、距離を詰めてください」
カトレアは答えると、小刀を数本指の間に挟んだ。
一本を弓手へ投げる。
命中はしない。
――だが、弓がわずかに下がった。
「ここだなっ!!」
その瞬間、ロータスが踏み込んだ。
相手の近接兵が前に出て来て槍を構えるが、ロータスは槍ごと兵士を真っ二つにする。
敵兵の血がロータスにかかり、鬼神の様な気迫が相手を恐れさせた。
「オラァ!次の犠牲者は誰だ?出てこい!」
叫びと同時にフロア全体へと圧が走る。
「お前、よくも俺の仲間をォ!!」
次に立ち塞がったのは、同じ戦斧を持つ男だった。
互いの巨大な斧がぶつかり、火花を散らす。
廊下の壁や天井ごと、辺りを全て破壊していった。
カトレアはもう一度弓手に小刀を投げるが、相手はそれを見事に弓ではたき落とし、すかさず矢を打ち返した。
放たれた矢は廊下の中央で戦う二人の僅かな隙間を抜け、カトレアの右頬を掠って飛んでいく。
「……思った以上ですわね」
頬から血が落ちる。
弓手は次の矢を番え、狙いをロータスに移した。
丁度カトレアの位置からでは敵が邪魔で、矢の進路へ干渉できない場所で矢が放たれようとしている。
そして、それにロータスも気づく。
「まずい――」
相手の弓手はロータスの頭へ向けて寸分の狂いもなく矢を発射させた。
恐ろしいスピードで接近する矢に、ロータスは避ける暇も無い。
矢は動いているロータスの眉間に吸い寄せられるように、着実に迫っている。
ロータスも敵の斧と矢を同時に避けようとするが、どうしても矢の軌道上に頭が来てしまう。
「クソッ!!カトレアぁ!!俺はァお前が――」
ドスッ。
血が跳ね、ロータスの顔が赤く染まる。
――敵兵の血で。
矢が突き刺さっていたのは、ロータスと組み合っていた戦斧男のこめかみだった。
弓手が一瞬、理解できずに動きを止める。
戦斧の男は訳が分からず、味方からの凶刃に弓手を睨んだ。
「……何を、している?」
それを見たカトレアは、艶やかな口元を歪めた。
「私程にもなれば、小刀で人を転ばして……矢の着弾点に頭を持ってくるくらい造作もないですわ。ホホホ……」
敵兵の足元を見ると、小刀が深く刺さっている。
矢の進路に干渉できない、味方を動かせない――なら、その間に敵を割り込ませて、敵に矢を当てる。
それが彼女のとった戦術だった。
矢が刺さったのは、体勢を崩したその一瞬。
これにはさすがのロータスにも冷や汗が伝った。
「……お、おぉ……え、怖っ(小声)――いやいや、そんなことやってる場合じゃねぇ!!」
あっけにとられた敵兵を前に、すぐにロータスが敵の中へ突っ込み、一気に数人ずつ薙ぎ払っていく。
カトレアも後方から援護し、気づくと部屋の前にいた敵は一人もいなくなっていた。
「オラァ!!おうおうおうおう、一芝居やってくれたなァぁあああ!!」
そのままロータスがドアを蹴破り、ガタガタと震えているヒッタ派の首領、ラムズスを見つける。
「さぁ、私達に洗いざらい、喋ってもらいましょうか。ラムズスさん……?」
♢
「まずい!こいつ強すぎる!」
「やべぇ……銃弾が弾かれんだけどっ!!」
同刻、クリスとロランは新たな敵と出くわす。
怯えきった兵士たちの奥から出て来たのは、厚い鋼鉄の鎧を被った巨漢の狂戦士。
魔法や科学なんて関係ない。
圧倒的力でごり押してくる秘密兵器が、彼らの前に立ち塞がっていた。




