第二十五話 情報戦はちゃんとしとけバカ➀
翌日の夕方、クリスは作戦室の重い扉を押し開けた。
「……こんにちはぁ~~クリスです」
「――失礼します。今回ここへ配属された、ロランと申します」
薄暗い部屋の中央に、ひときわ威厳を放つ老人が座っている。
彼は白髭を短く切りそろえた大男で、その周囲をキリとロラン、それから二人の戦闘員が囲んでいた。
男の鋭い視線が一度だけクリスを捉える。
クリスは反射的に体を強張らせたが、優しい声が部屋に響いた。
「クリス君、ロラン君だね。初めましてだ」
低く、暖かい声だった。
「「初めまして」」
「――儂はクロノス教軍部の総隊長、フジだ」
フジは一歩前に出て、分厚い手を差し出す。
ロランは直ぐに手を握り返したが、クリスは一瞬だけ躊躇し、それからその手を握った。
「……よろしくお願いします」
クリスが短くそう言うと、フジは満足したように二人の顔を交互に見た。
「困ったことがあれば何でも言うといい。いつでも相談に乗ろう。特に筋肉の事とか、剣術の事とかなら達人だぞ?特に大胸筋の……」
「総長……話がずれてます……新人が怖がってしまうので、その話は後でお願いいたします」
キリが目を閉じ、腕を組みながら注意すると、フジはその大きな体を縮めた。
「すまんすまん……ゴホン……それから、こちらがロータス、隣がカトレア。君たちの先輩だ」
二人の教団員が順に前に出る。
ロータスは黒色の髪を金のグラデーションに染め、右の腕全体には白い布でテーピングが巻かれている。
テーピングには様々な落書きが書かれており、どうやら仲間に描かれたものらしい。
慕われているのだろうか。
「……うぃ。よろしく」
対してカトレアは艶のある茶髪を左右の縦ロールにまとめ、視線を伏せがちにしている。
他の教団員とは衣服が異なり、戦闘員とは思えないほど美しいアンティーク調のワンピースを身にまとっていた。
「よろしくお願いいたします、後輩ちゃん達」
互いの挨拶が一巡すると、フジはそのまま話を切り出した。
「作戦を伝える。ロータスとカトレアはヒッタ派系組織のボス、ラムズズから情報を引き出せ。クリス君とロラン君は、その間の見張りだ。すべてが終わったら、始末はキリに任せる。この流れでいく」
「「「了解」」」
四人の返事が重なり、作戦室の空気が一気に引きしまる。
五人はすぐに部屋を出た。
黒いローブを羽織り、深くフードを被った。
輪郭が消え、喋らなければ誰が誰だか分からない状態となる。
ロランたちは太ももに短剣を固定し、それぞれの武器を背負った。
一方、クリスは懐に小さな玉を入れ、背中に大きな筒のようなものを担いだ。
――工房で作ってもらった、あの“石”を使った秘密兵器である。
「……今日は新人と一緒かァ」
ロータスが横目でクリスを見る。
「変な武器まで持ってるし。嫌だな、カトレア。いっそ置いていくか!」
「ちょっと、そんな言い方しないの」
カトレアは穏やかに返す。
「クリス君もロラン君も、いい子だって聞いてます」
ロランはどう返していいか分からず、黙って装備の留め具を締め直した。
クリスは二人に興味を示さず、筒の固定具を確かめている。
「――おいテメェら、足引っ張んなよ」
ロータスが言った。
「邪魔ならどかすからなァ!!」
その刹那、ロランがクリスの被ったフードの奥から、血管の切れる音を聞いた。
ロランが制止する間もなく、クリスが顔を上げて言う。
「まぁ、先輩がどかされるかもしれませんけどねェ?」
「何だとォ!?」
ロータスが一歩前に出ると同時に、カトレアとロランが二人の間に立ちふさがる。
「こらっ!君達!」
「ぼ、ぼぼ僕らの働きを見てから、評価してください!意外と強いですよぅ」
ロランはマチェットを軽く掲げる。
ロータスは鼻で笑った。
クリスとロータスが互いの目を睨んだその時、キリが割って入る。
「タイムリミットは朝までですよ。急いでください。僕は先に行きます。現地では別行動だからね」
そう言い残し、キリは部屋を出た。
それから、ロータスが小さな箱を二つ取り出した。
「ともかく新入り、これだけ付けときゃ迷子にはなんねーから」
クリスとロランは言われるまま腰に装着する。
金属製のずっしりとした重みが乗り、クリスが思わず指で触れた。
「……それは無線機だ」
ロータスが言う。
「離れてる奴と話せる。不思議な機械だから慣れねーだろうが、使え」
手のひらサイズの箱。見慣れた形に、クリスの視線が吸い寄せられる。
――トランシーバーそっくりの機械。
「……これ、誰が作ったんですか」
思わず口をついて出た。
電波や、電流。この世界にはそんな研究は進んでいないはず――。
だが、ロータスはすでに背を向けていた。
「クリス君」
代わりにカトレアが答える。
「これを作ったのはねぇ……クロノスの、とても偉い人。私たちもあまり上層部のことは知らないの。とにかく、壊さないでね」
クリスは無線機を見つめたまま、動かない。
この世界に、これがあるということは――
前世の知識を持った――
「クリス!何してんのさ。行こうよ」
ロランの声で我に返る。
クリスは眉間の力を抜き、無線機を腰に収めた。
ロータスとカトレアに続き、二人が付いていく。
「新入りども、半端な覚悟なら俺が先にぶっ飛ばすからな」
「怖いわロータス君。いい加減にしないと私が全員殺すからよォ……」
「「え……ころすからよぉ……?」」
♢
「ガキ共、逃げるなら今の内だぜ」
「いえ、戦います!ロータス先輩!」
「逃げねーよ」
ヒッタ派の本部は、石造りの四階建てだった。
屋上には巨大な歯車がいくつも噛み合い、低く音を立てながら回っている。
門番の処理は先輩の役目だった。
ロータスとカトレアが左右に分かれ、門番の背後へ。
短い息遣いのあと、二人は同時に腕を伸ばした。
抵抗はほとんどなく、門番は力を失って崩れ落ちる。
路地へ引きずり込み、物陰に押し込んだ。
「流石に身のこなしが違うね……僕達より強そうじゃない?」
ロータスがそう言うと、クリスは唇を噛みながらもそれを認めた。
「だな。今、先輩たちと戦っても勝てねぇ気がする……」
四人はそのまま正面から建物に入った。
一階は静まり返っている。
事前情報よりもさらに人の気配がない。
慎重に踏み出す足音が僅かに建物内へと響く。
「誰も居ねーじゃん。さっさと済ませて帰ろうぜ」
ロータスが気楽に言って、廊下を先に進む。
ロランとカトレアが続き、クリスだけが少し遅れて歩いた。
――だが、静かすぎる。
「……何か変じゃない?」
カトレアがそう言うと、クリスもそれに頷く。
「なんだ、怖いのか?」
ロータスは振り返りもせず言った。
「出てきたら俺がぼっこぼこに叩き潰すだけだぜ」
次の階へ上がるまで、全く誰とも鉢合わせしなかった。
風はなく、空気が澱んでいる。
肌にまとわりつくような生温さが、建物全体を覆っていた。
四階へ向かう途中、不意にロランが立ち止まる。
「……待ってください」
鼻をひくりと動かし、顔色が変わった。
――腕の毛が逆立ち、ほんの少しだけ獣化状態となる。
当にこれが、キリとの訓練の成果だった。
喜ぶ暇も無く、悪い情報が転がり込む。
「下から……来ます。人です。それも、かなりの数」
誰も声を出さなかった。
やがて、遠くで足音が重なり始める。
規則正しい。
蒸気鎧の金属が擦れる音も混じっていた。
ロータスとカトレアは最初驚きを見せたものの、すぐに冷静さを取り戻した。
「おいおい、どっから情報が洩れてんだァ?罠だろ、この数は……チッ……」
ロータスが舌打ちする。
カトレアも短く息を吐き、二人はすぐに判断を下した。
「仕方ないわね……」
カトレアとアイコンタクトを交わしたロータスが振り返る。
「新入りは三階から逃げろ。作戦は俺とカトレアで奥に行く。ラムズス捕まえて、情報だけ引き剥がす」
「無茶です!」
「雑魚はおいてくっつったろ?」
ロランが思わず声を荒げる。
「この人数じゃ――みんなで逃げましょう!」
「作戦は今日以外チャンスはないみたいなの。ごめんねぇ」
先輩二人はは取り合わない。
「早くしろバカ!死ぬ気はサラサラねぇけどよ、こっちは覚悟決めてんだぜ!情報は無線で言うから、それだけでも持って帰れよッ」
二人が奥へ向かおうとしたとき、クリスが口を開いた。
「……俺たちも、残ります」
ロランが振り返り、思わず肩を掴んだ。
「クリス、君まで何言ってるんだよぉ~!」
「逃げても同じっス」
クリスは先輩二人へと、視線を逸らさず言った。
「ここで逃げても、俺らはどちみち内通者として捕まえられて厳しい拷問が待っているはず。真っ先に疑われるのは新参の俺達ですから――全員倒すのが唯一の正解だと思うっス」
三人はあっけにとられた。
ロータスとカトレアは、意外とこいつ頭良いんだ――という目でクリスを見る。
薄暗い敵アジトの中で、ロータスはフッと笑った。
「……やっと敬語使えるようになったじゃねぇかよォ」
カトレアも小さく肩をすくめた。
「ロラン君も覚悟が決まってるのね?」
「確かに、クリスの言う通り……かもです……こ、怖いけど、戦いますよ!!」
ロランはマチェットを掲げた。
「――でもよ!」
ロータスは指を立てる。
「俺ら全員、生きて帰るぞ」
「……無理そうなら、すぐ逃げるのよ」
カトレアが続けた。
四人はそれぞれ武器を抜く。
ロータスは大斧、カトレアは複数のダガーナイフ。
先輩組は互いに一度だけ目を合わせ、暗い廊下の奥へ消える。
残ったクリスとロランは、階段の上で身を低くした。
――敵を二人のもとへは行かせない。
クリスはロランと目を合わせ、腰のガンホルダーからリボルバーを引き抜いた。
すぐ目の前まで迫る敵へと、弾を打ち込むために。




