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第二十五話 情報戦はちゃんとしとけバカ➀

 翌日の夕方、クリスは作戦室の重い扉を押し開けた。


 部屋の中央に、見覚えのない男が立っている。

 白髭を短く切りそろえた大男で、その周囲をキリとロラン、それから二人の戦闘員が囲んでいた。


 男の鋭い視線が一度だけクリスを捉える。

 クリスは反射的に頭を下げたが、男の表情は動かなかった。


「クリス君だね。初めましてだ」


 低い声だった。


「儂はクロノス教軍部の総隊長、フジだ」


 フジは一歩前に出て、分厚い手を差し出す。

 クリスは一瞬だけ躊躇し、それからその手を握った。


「……よろしくお願いします」


 短くそう言うと、フジは満足したように小さく頷いた。


「それから、こちらがロータス。隣がカトレアだ」


 二人の教団員が順に前に出る。


 ロータスは茶色の髪をグラデーションに染め、拳には白い布でテーピングがしていた。

 対してカトレアは黒髪を後ろでまとめ、視線を伏せがちにしている。


 握手が一巡すると、フジはそのまま話を切り出した。


「作戦を伝える。ロータスとカトレアはヒッタ派系組織のボス、ラムズズから情報を引き出せ。クリス君とロラン君は、その間の見張りだ。すべてが終わったら、始末はキリに任せる。この流れでいく」


「「「了解」」」


 返事が重なり、作戦室の空気が締まった。


 五人はすぐに部屋を出た。

 黒いローブを羽織り、深くフードを被る。

 顔の輪郭が消え、誰が誰だか分からなくなる。


 ロランたちは太ももに短剣を固定し、それぞれの武器を背負った。

 クリスだけは、懐に小さな玉を入れ、背中に大きな筒を担いだ。


 工房で作ってもらった秘密兵器だ。


「今日は新人と一緒かァ」


 ロータスが横目でクリスを見る。


「変な武器まで持ってるし。嫌だな、カトレア。いっそ置いていくか!」


「そんな言い方しないで」


 カトレアは穏やかに返す。


「クリス君もロラン君も、いい子だって聞いてます」


 ロランはどう返していいか分からず、黙って装備の留め具を締め直した。

 クリスは二人に興味を示さず、筒の固定具を確かめている。


「おいテメェら、足引っ張んなよ」


 ロータスが言った。


「邪魔ならどかすからな」


 クリスが顔を上げ、睨んで言う。


「まぁ、先輩がどかされるかもしれませんけどね!!」


「何だとォ!?」


 ロータスが一歩前に出ると同時に、カトレアとロランが二人の間に立ちふさがる。


「ぼ、ぼぼ僕らの働きを見てから、評価してください!意外と強いですよぅ」


 マチェットを軽く掲げる。

 ロータスは鼻で笑った。


「君たち、急いでくれ」


 キリが割って入る。


「警備交代はもうすぐだ。僕は先に行く。現地では別行動だからな」


 そう言い残し、キリは部屋を出た。

 残された四人は無言で準備を続ける。


 ほどなくして、ロータスが小さな箱を二つ取り出した。


「新入り。これ付けとけ」


 クリスとロランは言われるまま腰に装着する。

 ずしりとした重みが伝わり、クリスが思わず指で触れた。


「それは無線機だ」


 ロータスが言う。


「離れてる奴と話せる。不思議な機械だが、使え」


 手のひらサイズの箱。見慣れた形に、クリスの視線が吸い寄せられる。


――トランシーバーそっくりの機械。


「……これ、誰が作ったんですか」


 思わず口をついて出た。

 電波とか、電流とか、この世界にはそんな研究は進んでいないはず――。


 だが、ロータスはすでに背を向けていた。


「クリス君」


 代わりにカトレアが答える。


「クロノスの、とても偉い人。私たちもあまり上層部のことは知らないの。とにかく、壊さないでね」


 クリスは無線機を見つめたまま、動かない。

 この世界に、これがある理由を考えかけ――


「おい、行くぞ」


 ロランの声で我に返る。

 クリスは眉間の力を抜き、無線機を腰に収めた。


 ロータスとカトレアに続き、二人が付いていく。


「新入りども、半端な覚悟なら俺が先にぶっ飛ばすからな」


「怖いわロータス君。いい加減にしないと私が全員殺すよ……」


「「え、カトレア先輩?」」





 ヒッタ派の本部は、石造りの四階建てだった。

 箱をそのまま積み上げたような形で、屋上には巨大な歯車がいくつも噛み合い、低く唸りながら回っている。


 ロータスとカトレアが左右に分かれ、門番の背後へ回る。

 短い息遣いのあと、二人は同時に腕を伸ばした。


 抵抗はほとんどなく、門番は力を失って崩れ落ちる。

 路地へ引きずり込み、物陰に押し込んだ。


 四人はそのまま正面から建物に入った。


 一階は静まり返っていた。

 警備交代の時間帯ぴったりだったのか、人の気配がない。


 足音だけが、やけに大きく響いた。


「誰も居ねーじゃん。さっさと済ませて帰ろうぜ」


 ロータスが気楽に言って、廊下を先に進む。

 ロランとカトレアが続き、クリスだけが少し遅れて歩いた。


 静かすぎる。


「……何か変じゃない」


 カトレアがそう言うと、クリスもそれに頷く。


「なんだ、怖いのか?」


 ロータスは振り返りもせず言った。


「出てきたら俺が叩き潰すだけだ」


 階段前まで来ても、誰とも鉢合わせしなかった。


 風はなく、空気が澱んでいる。

 肌にまとわりつくような生温さが、建物全体を覆っていた。


 四階へ向かう途中、不意にロランが立ち止まる。


「待ってください」


 鼻をひくりと動かし、顔色が変わった。

 訓練の成果が出る。


「下から……来ます。人です。それも、かなりの数」


 誰も声を出さなかった。

 やがて、遠くで足音が重なり始める。規則正しい。蒸気鎧(スチームメイル)の金属が擦れる音も混じっていた。


「おいおい、どっから情報が洩れてんだァ?罠だろ、この数は……チッ……」


 ロータスが舌打ちする。

 カトレアも短く息を吐き、二人はすぐに判断を下した。


「仕方ないわね」


 ロータスが振り返る。


「新入りは三階から逃げろ。俺とカトレアで奥に行く。ラムズス捕まえて、情報だけ引き剥がす」


「無茶です!」


 ロランが思わず声を荒げる。


「この人数じゃ――」


「今ならまだ間に合う」


 ロータスは取り合わない。


「邪魔ならどかすっつっただろ?今ならまだ三階の窓から降りれる。情報は無線で言うから、それだけでも持って帰れ」


 二人が奥へ向かおうとしたとき、クリスが口を開いた。


「……俺たちも、残ります」


 ロランが振り返り、思わず肩を掴んだ。


「クリス、正気か!」


「逃げても同じっス」


 クリスは視線を逸らさず言った。


「ここで逃げても、俺らはどちみち内通者として捕まえられて厳しい拷問が待っているはず。ここで真っ先に疑われるのは俺らですから――全員倒すのが唯一の正解じゃないですか?」


 三人はあっけにとられた。

 ロータスとカトレアは、意外とこいつ頭良いんだ――という目でクリスを見る。


 ロータスはフッと笑う。


「言うじゃねえか」


 カトレアも小さく肩をすくめた。


「覚悟はできてるって顔ね」


「ただし!」


 ロータスは指を立てる。


「俺ら全員、生きて帰るぞ」


「無理そうなら、すぐ逃げて」


 カトレアが続けた。

 四人はそれぞれ武器を抜く。


 ロータスは大斧、カトレアは複数のダガーナイフ。


 先輩組は互いに一度だけ目を合わせ、暗い廊下の奥へ消える。

 残ったクリスとロランは、階段の上で身を低くした。


――敵を二人のもとへは行かせない!!


 二人の心の声が重なる。


 足音が近づく。


 ざっ、ざっ、と数が増え、重なり、階段の下まで迫る。

 床板が軋み、鎧の金属音が反響する。


 クリスはロランと目を合わせた。言葉はない。


 そのとき、足音が止んだ。


 ロランの視界に、蒸気鎧の反射が見える――と同時に、戦いの火蓋は切られた。

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