第二十四話 獣化―ジュウカ―
「私たちは、ステティアにおける獣人族と人族の地位向上、それから吸血鬼至上主義の権力を壊すために動いている」
ルーシーは淡々とそう切り出した。
「教祖はリリィ・カムチャツカ。組織は三つに分かれていて、軍部、広報部、救済部」
指を折るような仕草はしなかった。ただ、言葉を区切る。
「軍部は実働。護衛と、あと……必要なら殺しもやる。今回はジョンベネックって奴隷商を消すつもりだった。それと、君たちの――いや、いいや。結果的に、君たちの方が先だったけど」
そこまで聞いても、クリスとロランの反応は薄かった。
クリスに至っては口を開けたままシャンデリアを見つめている。
頷きも、質問もない。
「広報部は布教。救済部は教えを説きながら、物資の支援をしてる。主にこの地下でね」
説明はそれで終わり、という顔だった。
「次は君たちの話」
ルーシーは椅子にもたれ直す。
「暗殺組織から姿を消した以上、家には戻れないでしょう。だから、ここで暮らしてもらう。食事も寝床もある。贅沢は期待しないで」
一拍置いてから、続けた。
「それと、キリと一緒に動いてほしい。どう?」
「……ベネックの屋敷にいた、あいつ?」
クリスの顔がはっきりと曇る。
一方で、ロランは身を乗り出した。
「僕は賛成だよ。キリさんがいなかったら、僕は今ここにいないし」
「はぁ……あいつなんか腹立つんだよねェ……嫌だなァ、嫌だなァ……だってボコボコにされたしィ」
クリスは短く息を吐いた。
ちらちらとルーシー、ロランの方を見る。
「分かったよ……男クリス15歳、あたし我慢するわヨッ!」
話が一区切りついたところで、クリスが手を上げた。
「一つ、聞いていいですか」
ルーシーは即座に頷き、胸を張る。
「いいわよ。何?」
「ゼリクって……何者なんですか」
その名が出た瞬間、ルーシーの表情がわずかに固まった。
だが、すぐに元に戻る。
「この世界で、いちばん闇の深い男。今回、大統領になった」
それだけ言って、肩をすくめた。
「正直、詳しいことは私たちも把握しきれてない。分かっている範囲なら、また改めて話すわ」
歯切れの悪い答えに、クリスは口を尖らせる。
だが、ロランはそれどころではなかった。
「……大統領?暗殺組織長だったんじゃ――」
その一言が、頭の中で何度も反響しているようだった。
「ま、今日はここまでにしましょう!」
ルーシーが、空気を切り替えるように立ち上がる。
「明日はキリたちと会ってもらう。それから、武器や防具は自前で作ってる。欲しいものがあったら、工房で言って」
応接室を出ると、地下軍部の区画が広がっていた。
工房では、獣人族も人族も入り混じり、道具を手に作業している。
怒号もなく、張り詰めた気配もない。
平和で、穏やかな光景が広がっていた。
♢
――翌日
パアァァァァァァァァァン!!
地下に掘られた洞窟状の弓術練習場に、乾いた轟音が叩きつけられた。
ランタンの淡い光の中で、射撃を続けるクリスの姿が浮かび上がる。
硝煙の匂いがこもり、空気が重い。
この世界で銃声に慣れた者はいない。
周囲に立つ兵士たちは、音が鳴るたび肩をすくめ、反射的に耳を塞いでいた。
クリスは撃つのを止め、銃を脇に置く。
水筒を傾け、喉を鳴らしてからタオルで汗を拭った。
張りつめていた腕から、少しずつ力を抜いていく。
その様子を、奥から一人の男が見ていた。
音にも煙にも表情を変えず、ただ観察するように立っている。
男――キリは、ゆっくりとクリスの側へ歩み寄った。
「すごい命中率だね。練習の賜物かな」
「うおーッと!!キリたいちょー、ごくろーさまです!」
クリスは大げさに頭を下げてみせる。わざとらしさを隠す気はない。
「ハハハ……君は本当に僕のことが嫌いなようだね」
キリは苦笑しつつ、床に置かれた銃へと視線を落とす。
「射出物が硫黄と硝石の混合物だというのも驚きだけど……それ以上に、この小ささだ。工房で一から作らせたのか?」
「いや、この“銃”そのものは元からあった。弾だけ工房に頼んでる」
クリスは近くの椅子に腰を下ろし、銃口の清掃を始めながら続けた。
「見本をいくつか渡したらさ。あっという間に同じのを量産してくれたよ。すごいね、ここの人達」
リボルバーの金属面を丁寧に拭い、可動部を確かめる。
ひと通りの手入れを終えると、銃は腰のホルスターへ収められた。
キリはそれを見届け、口を開く。
「素晴らしい技術だ。休憩がてら、ロラン君の修行も見ていかないか?」
「いいね」
クリスは立ち上がり、軽く肩を回す。
「あいつが何やってるのか、ちょっと興味ある」
キリがクリスを伴ってロランの部屋へ入ると、ロランは壁に背を預けたまま動かなかった。
服はあちこち裂け、床には乾ききらない血の跡が残っている。
「先に言っておくけど、ロラン君は今、獣化の訓練中なんだよね」
そう前置きしてから、キリは視線をロランに向けた。
「獣化――“人獣特異形質変化反応”――限られた一部の獣人だけが本来の強さを引き出せる技術。俺が君を咥えていた時、狼の姿だったのを覚えているかな」
クリスは小さく頷いた。
「あの姿になると五感や治癒力、身体能力が普段の約8倍になって戦闘を有利に進められる。だけど――」
キリはそこで言葉を切った。
「ロラン君はまだ訓練が必要で、完全な狼にはなれないようだね。狼の力を引き出されると殺意が増幅させられるんだけど、どうやら彼はそれを抑えようとしているらしい」
ロランの背には毛並みの乱れた尻尾が揺れている。指先の爪は伸びているが、獣と言うには頼りない。
完全に引き出せていない――それは一目で分かった。
ロランがこちらに気づき、顔を上げる。
「クリス、来てたんだ。練習はどう?」
「順調♪……もう試したくて仕方ないくらいだぜ」
クリスは親指を立てて笑った。
「流石だね。僕は……ちょっと詰まっててさ。でも、あと少しで掴めそう」
「なら大丈夫。余裕のよっちゃんよ」
「何それ初めて聞いた」
軽く、しかし迷いなく――クリスはロランの肩を叩いた。
乾いた音が一度だけ響き、二人の気持ちがギュッと引き締まった。
それを合図にしたかのように、キリが一歩前に出る。
「明日、吸血鬼至上主義組織の過激派――ヒッタ派の本部を潰す」
部屋の空気が、僅かに硬くなる。
「彼らはゼリクに加担し、人間や獣人をかなり殺している。今回は壊滅が目的じゃない。ゼリクの居場所を吐かせる」
ロランが眉を寄せる。
「そのために、君たちにも動いてもらう。僕としては……君たちの、教団への信頼度を上げておきたくてね」
「うわ、出た。信用ポイント制……嫌ーね」
クリスが露骨に嫌そうな声を出す。
「僕は、頑張りますよ」
ロランが即答する。
真面目過ぎるほどに純粋な返答。
「うん。期待してる」
キリはそれに微笑み返し、踵を返した。
扉に手をかけてから、ふと思い出したように振り返る。
「この作戦、僕と君たちの三人――」
「少なっ」
「それと、もう二人合流する。ちょっと癖の強いメンバーでね」
キリは軽く笑った。
「まずは、先輩の彼らに殺されないように」
それだけ言って、キリは部屋を出た。
扉が閉まる音がしてから、クリスとロランは顔を見合わせる。
「……なに今の」
「さあ」




