第十五話 ステティアを目指して➀
「何の呼び出しなんだろうな」
夕陽を背に、クリスは木剣を振り抜きながら言った。
正面では、息を切らしたロランがそれを躱しつつ答える。
「さあ。でも、闇仕事の雇い主が直接会うってんだから……よっぽどのことじゃね?」
「かもな」
クリスは動きを止め、額の汗を拭った。
その夜。
二人はフードを深く被り、人気のない路地を縫うように進んだ。
辿り着いたのは、街外れに建つ古びた小屋。
軋む扉を開けると、足元に地下へと続く階段が口を開けて待っていた。
壁には消えかけのろうそくが揺れ、湿った石壁をナメクジが這っている。
まさに“隠れ家”という言葉が相応しい場所だった。
「……じめじめして、気持ち悪いな。僕、こういう所嫌いだよ」
階段を降りきった先、正面に木の扉が現れる。
蝶番は赤錆に覆われ、クリスが手を掛けた瞬間、
キュル……キュル……
不快な音が地下に響いた。
「「こんにちは……」」
扉の向こうは、狭い書斎のような部屋だった。
机の中央には恰幅のいい男が一人、どっしりと腰掛けている。
薄暗がりの中、コートの襟を立てたその男の目だけが、爬虫類のように鈍く光っていた。
「やあやあ。君たちが“掃除屋”のKとRか。今までは手紙だけだったが、こうして顔を合わせるのは初めてだな。よろしく」
男は顎で二脚の丸椅子を示す。
促されるまま、クリスとロランは軽く頭を下げ、静かに腰を下ろした。
そして――男は笑いもせず、低い声で告げた。
「君達へのサプライズの前に一つ、言っておこう……もし今、俺を殺したところで、金目の物は何ひとつない。間違っても、変な気は起こすなよ」
その声は湿った地下に響き、蛇のように二人の背筋を這い上がった。
クリスとロランは顔を見合わせると、小さく手を振りながら「とんでもございやせん」と言った。
男は机の引き出しから一枚の紙を取り出す。
そこには“殺人依頼仲介協会ステティア本部”の文字。
「実は、君たちの仕事が本部で評価されてね。掃除屋をしていると十件に一件くらいはサツに見つかるもんだが……君たちは今まで一度も見つからずに仕事をこなしてきた――当然、昇進だ」
「昇進、ですか」
今まで顔をこわばらせていたロランが表情を崩し、柔らかい笑みを浮かべた。
悪党は町から追い出し、善人は偽装工作をして助け、送られてきた死体は丁重に墓へと埋葬しただけ。
警察に掴まることとは何一つしていないのだから、むしろ当然ではあったが。
「具体的に言うと、君たちにはステティアへ行き、協会の殺し屋件掃除屋として働いてもらいたい。どうかな」
「やります」
クリスが食い気味に答えた。
「そうかそうか。頼もしい男達だ。そんじゃ、今日の話はこれで終わり。後日また手紙を出すよ」
「「どうもありがとうございました」」
二人が席を立とうとしたとき、男が机の奥から何かを取り出した。
「まぁ、餞別と言っちゃなんだが、今まで仕事を受注してくれたお礼だ。受け取ってくれ」
彼は机の上に二振りのマチェットとそのマチェットホルダーを置く。
二人の腕よりも大きなそれは、薄暗い部屋に照らされて禍々しい色の金属光沢を放っていた。
「ふ、深く感謝します。僕達にこんなことまでしてくださって」
「いいんだ。ステティアへは……幸運を祈る」
クリスとロランはそれぞれ一本ずつ背負うと、元来た扉から出ていった。
そこからまた長い階段を上って地上へ出ると、月明かりが二人を照らし、彼らの表情に光が戻る。
まさに“表の世界”へと戻って来たという言葉が相応しかった。
地上に戻って早速、クリスが背負ったマチェットを外しながらロランへと言った。
「これ、ロランにあげるよ」
「なんでだよ。最高の武器じゃないか」
「俺は他の武器を使うからいいんだよ。いいからもらえって」
クリスがリボルバーを見せながら言うと、ロランは遠慮しながらもマチェットを受け取った。
「わかったよ。ありがとう」
ロランはクリスから譲り受けたマチェットを掲げる。
月明かりが刀身に反射して、ロランの姿が映し出された。
それを見て、ロランはぽつりと呟く。
「よし、君たちは今日からプニコとプニオだ」
「え?」
クリスが聞き返すと、ロランはさも当然かのように言った。
「こっちがプニオで、こっちがプニコ。良いでしょ」
「……お前、結構イカれてるよな」
♢
数日後、二人のもとへ手紙が届いた。
封を切ると、そこには“ステティア行き馬車の待ち合わせ場所”と、わずかな銀貨が入っている。
共和制国家ビサの首都にある、どす黒い裏社会への切符が送られてきたのだ。
「さぁ、今日はステティアへ行く日だぞ。起きろクリス」
「わかってる。もちょい寝かして」
それを聞いたロランが問答無用でクリスの背中を蹴り上げた。
「いってえええ!!容赦ねぇな!」
「いいから支度しろ!クリス!僕は怒るぞ!」
ロランは既に二振りのマチェットを背負って、手にフィンガーレスグローブをはめているところだった。
二人は茶色いポンチョを着、待ち合わせ場所へと向かうと、既に一台の馬車が停まっていた。
馬車から一人、初老の男が降りてくる。
「お前らが新人達か。ステティアまで行くぞ。はよう乗れ」
「ケッ 挨拶もなしかよ」
クリスが馬車に乗りながら言った。
二頭の馬に引かれた馬車は四人乗りで、大きな幌が付いていた。
木の腐りかけた荷台には食料や水、寝袋も置いてあり、幌には大きく“ダタリア商会”と書いてカモフラージュされていた。
「ステティアまでは20日で着く。砂漠だけじゃなくて、峠もひとつ越えるから長旅になるぞ」
そう言うと男は運転台へ乗って手綱を握った。
「遂にだな、ロラン」
「ああ、行こう。ステティアへ」
男が鞭を振ると馬達が動き出した。
蹄鉄がカッポカッポと音を立てながら馬車が進み始める。
馬の匂いと、春の新緑の匂いが混じって幌の中へ入ってきた。天気の良い、旅立ち日和だった。
町を出る門まで来ると、ロランが口を開く。
「また、この町に戻って来るかな」
「さあな。死んでなければ」
「おい、何言ってるんだよ」
クリスは軽口を叩きつつも、早速フードを被り、目を瞑り始めたところだった。




