第十四話 少年期の終わりに
刺客は真っ先に、フードの男へと狙いを定めた。
空中で踏み込み、両手の剣を振り下ろす。
だが――
受け止めたのは、片手斧一本だった。
金属が噛み合う鈍い衝撃。
想像を超える反動が、男の腕を震わせる。
「――ッ」
刺客はそのまま着地せず、空中で体を捻った。
反動を利用し、フード男の頭上を越えるように跳ぶ。
一瞬の交錯。
今度は初老の男が懐から銃を出した。
3発の弾丸を女へと打ち込むが、ことごとく躱された。
刺客はまるで舞うように銃弾を避けていく。
「吸血族さんは玉も避けれんだよナァ」
女は今度、初老の男の方へ狙いを定め、左手の剣を投擲してきた。
咄嗟に男が身を仰け反らせて躱す――が、右肩を深く切られてしまった。
「グッ……!」
コートに血が滲み始める。
女はチャンスを逃さず追撃を掛けて、そのまま初老の男まで距離を詰めるが、横からフード男が斧を振り下ろしてきた。
女はそれを避け、フード男へハイキックをくらわす。
ハイキックを受けた彼はその威力に腕が軋むが、何とか跳ね返す。
「この怪力女!!」
フードの男は、間を置かず、再び女へと斧を振るった。
刃が走り、スカートが音を立てて裂ける。
同時に、雪のように白い脚にも、確かに傷が入った――はずだった。
だが。
ほんの一瞬、視線を外した、その隙に。
そこにあるべき血も、裂け目も、何もかもが消えていた。
まるで――
最初から、斬られてなどいなかったかのように。
女はニヤリと笑ってフード男を見ると、初老の男へもう一本の剣を投げ自身はフード男へ狙いを定める。
初老の男は右肩を抑えて壁へもたれかかっているところ、もう一つの剣が飛んできて、そのままずるずるとしゃがんで剣を避けた。
銃を撃ち返す余裕もない。
吸血鬼は壁を2、3歩上向きに蹴り、高く飛び上がってからフード男の頭めがけてかかとを振り下ろす。
これがまともに人間の体に当たれば、勿論体は真っ二つになるだろう。
しかし彼は冷静だった。
ゆっくりと斧をその場に捨てると、懐からピストルを出し、動じずに女の眉間へ銃口を向ける。
「じゃぁ、どっちが先に避けるかチキンレースといこう」
刹那、刺客は悟った。
――照準の先は、自分の額ただそこだけだ。
空中では退路がない、逃げられない。
逃げ場のない標的を撃ち抜くなど、あまりにも簡単で、あまりにも確実。
彼は、ためらいなく銃口を上げていた。
狙う先は、宙に晒された刺客。
相打ちか。
それとも、賭けに出て逃げるか。
――だが、考える余裕は残されていなかった。
空中で身を翻すことも叶わず、女は反射的に壁へ手を伸ばす。
指先が石に触れる、その寸前――
すでに、引き金は引かれていた。
「あばよ……チキンレースは俺の勝ちだ」
♢
「これから二年だ。君たちには、死体の処理から裏金の資金洗浄まで――あらゆる“汚れ仕事”に手を染めてもらう」
顔を黒い布で覆った男は、感情のない声でそう言い放った。
「はい。すべては、吸血族の皆様のために」
クリスは即座に答え、吸血族の前で片膝をつく。
その仕草に迷いはない。
ロランも一拍遅れて、彼の隣に膝をつき、同じく忠誠を示した。
――だが。
二人は、すでに話をつけていた。
「これからの二年は、修行だ。ゼリクに近づくための下積みだぞ、ロラン」
「分かってる。できるだけ人を助けて、悪を抑えて、それでいて……組織のお気に入りにもなる」
腕を組んでロランが言うと、クリスが肩をすくめる。
「難しいなァ。でもよ――」
口元に、不敵な笑みが浮かんだ。
「それくらいじゃなきゃ、燃えねぇだろ?」
それから二人は、鍛錬に明け暮れる日々を送った。
朝焼けの丘で木剣を振り、夕暮れの川辺で息を切らす。
夜は仕事をこなし、昼になれば二人で技を鍛える。
雨の日も、雪の日も、ただ黙って拳を振るい続けた。
気づけば、季節は何度も巡っていた。
少年だった二人の背は伸び、手には硬いタコができていた。
♢
――そして、二年が経つ。
十六になった二人は、声こそ少し低くなったが――表情の端には、まだ少年の面影が残っている。
それでも、ゼリクへの復讐を胸に鍛え上げた身体は、そこらの大人を軽くいなすほどに強靭だった。




