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第十三話 はじめてのたたかい➁

「私は……死んだのか?」


「死んでねぇよ」


 ハリデがゆっくりと瞼を上げると、そこには既にリバルバーを下ろしたクリスが立っていた。


「生かしたのは慈悲か」


 ハリデがそう聞くと、クリスはリボルバーを眺めて言う。


「いや、元々このリボルバーを使う気も――復讐に使おうと思ってたやつだから――無かったし。強いて言うなら、罰かな」


「小生意気な子供のくせによく言う。私に何をさせようというのだ」


 クリスはリボルバーをポケットに突っ込むと、ハリデの目を見た。

 正面から、力を込めて視線を向けた。


「領主だ」


「私に領主をできるだけの強さも、人望もないぞ」


 ハリデは弾丸に貫かれた肩を抑えつつ、立ち上がった。

 いかに吸血族の回復力でも、銀製の武器、もしくは獣人の爪に貫かれれば負傷は避けられない。

 未だ噴き出す血は夜空の下月明かりに照らされていた。


「弱いなら強くなればいい。アンタの統治でクラクーファの人達が苦しんだんだから、アンタだけ苦しまないってのは無しだろ」


「そうか...…だが私がこれから皆を守り、ゼリクにも対抗するとは限らないんじゃないか」


 ハリデがクリスを見下ろしながら言う。

 だが、一方の少年は毅然とした態度で彼の方を見返し、こう告げた。


「民を守り、ピュラは遠くから見守るだけでいい。ゼリクに対抗するのはアンタだけじゃない。俺もいる。つまりさ、俺はアンタがまともだって信じてんだよ」


「……」


 ハリデは視線を受け止めたまま、口をわずかに動かした。

 だが、声は漏れることなく、夜風が二人の間を吹き抜けた。


「そこは正解だろ?これからは仲間だ」


 クリスが屋上から離れ、一人立ち尽くすだけとなったハリデは夜空を見つめる。

 柔らかな月明かりの下、彼は自分が結婚した時のことを思い出した。


「周りの吸血族に反対されても、あいつと結婚した。人族である彼女の家族にも、必ず守ると誓ったのに守れなかった……で、私は今まで娘も街すらも守れていなかったのか」


 夜空に星が落ち、輝く線を残して消える。

 ハリデの頬にも一筋の光の筋が伝った。


「私は逃げていた。守っていたのは石と己のプライドだけだった。すまない、許してくれ。君と私の娘は、必ず守るともう一度誓うよ」





 戦いを終え、屋敷の中へと戻ってきたクリスは、ロランに手を振ると同時に地面へと倒れた。


 それは戦いが終わった安心からか、出血量が多すぎたのか。


「クリス!大丈夫か!」


 ロランが彼を支え、ピュラとヤクブはすぐさまカーテンを破って傷口へと布を当てた。


「わ、私はお父さんの所に行って来る!」


 ピュラはそう言うと、屋上への階段を駆け上がっていった。


「俺は問題ない。ちょっと血が出てるだけで健康だよ」


 クリスはそう言っているが、ヤクブはそれを許さなかった。


「僕たちの命の恩人を死なせるわけにはいかない!ほら、救急室まで行くよ!」


「ありがとう……」


 これにて一件落着。

 クラクーファに平和が訪れ、ピュラは婚約者と結婚できる。


 クリスは安堵して笑みを漏らした。


 だがその一方で、満身創痍、身体中から血を流しながらゆらりと立ち上がったクリスを見て、一人覚悟を決めた者がいた。


――僕は、何としてもクリスを守る。それがたとえ誰かを殺すとしても、世界を敵に回すとしても。


 ロランはそう考えると、拳を握りしめて救護室へと歩いて行くクリスとヤクブを見据えた。





 救護室のベッドに寝かされたクリスは、包帯に巻かれた身体を軋ませながら、側に腰掛けたロランの話を聞いていた。

 話題は――無論ゼリクのことだ。


「ど、どういうことだよ……」


 声が荒れるのを抑えきれない。


「尚更わかんねぇ。なんでハンス爺ちゃんが、殺されなきゃいけなかったんだよ」


「分からない」


 ロランは首を横に振った。


「ただ、ハリデの話だと……ハンスはゼリクから“要注意人物”として伝えられていた中でも、特に危険視されてたらしい」


 一瞬、間を置く。


「国家転覆罪とか、反逆罪とか……そういうレベルだって」


 クリスは唇を噛み、頭の中で情報を整理しようとする。

 だが、感情が先に溢れ出た。


 包帯だらけの腕を持ち上げ、指で銃を作る。

 ベッドの上で、空に向けて引き金を引く仕草。


「俺さ……ゼリクを、何があっても殺したい」


 声は低かった。


「ハンス爺ちゃんは、少なくとも俺たちには優しかった。

 もし裏で何やってたとしても……そんなの、俺には関係ねぇ」


 一拍。


「だから――」


「その暗殺組織に、入るつもりなんだろ」


 ロランが先に言った。


 クリスは一瞬だけ目を見開き、すぐに苦笑する。


「……よく分かったな」


「当たり前だよ」


 ロランは肩をすくめた。


「クリスは単純だから。考えてること、顔に全部出てるよ」


「悪かったな」


 クリスは鼻で笑い、少し間を置いて続ける。


「で、ロランは――」


「僕も行く」


 即答だった。

 クリスが言葉を失う。


「多分、僕を復讐の道へと進ませないつもりだったんだろうけど、無理。この街に来る時言ったろ?僕もついていく。いいね?」


 (まく)し立てるようにロランが言うと、クリスは彼の目の前に手を出し、笑みを浮かべながら言った。


「じゃ、よろしくな。バディ」


「よろしく。相棒」


 ロランが彼の手を握る――と同時に、クリスの顔が豹変した。


「痛ってぇえええええええええ!!!!!!ケガしてんだそこ握るなァあああああ」





 気持ちよく晴れた昼だというのに、薄暗い路地裏で会話をする怪しい男が二人――マフィア帽の老人と、フードを被った黒ずくめの男。


「アルマトに反応があった。これはハンスか?」


 老人はそう言いながら、手元で淡く光る物体に目を落とした。


「……だが、あそこはゼリクによって厳重に守られていたはず。これをどう思う――アダム」


「知らねぇよジジィ。俺は実際にそのハンスってやつを見たことねェし、興味があるのは弟だけだ」


 マフィア帽を被った初老の男は煙草に火をつける。

 コートの裾から見える腕にはいくつもの傷があった。


 路地ではネズミが走り、大通りの喧騒とは対照的な不気味さが漂っていた。


「まぁ、こんどワシが行ってみよう。流石にこればかりはこの目で見らんと分からん……ハンスが死んでないと良いが」


 二人が会話をしていると、一人の女が路地へ入ってきた。足音もなくゆっくりと近づいてくる。


「おっとどちら様、女性が一人とは危ないね」


 マフィア帽の男が女に注意を促したが、それでも謎の女は歩みを止めずに近づいてきた。

 段々と近づいてくる女に、フード男が違和感を感じ取る。


 殺気もなく、ヌルリと近づいて来る技術。


――刺客だ。


「ジジィ、多分こいつ吸血鬼だ。気を付けろ」


 フードの男がそう言った瞬間、その女が跳び上がり、壁を走って向かってきた。


 女はコルセットに長めのスカートという、ごく普通の農民の装いをしている。

 ――だが、暗がりでこそ際立つ異様な運動神経と、手にした刃渡り二十センチの双剣が、その正体を雄弁に物語っていた。


 彼女は唯の刺客じゃない。


 吸血族の刺客だ。


「一対二で充分に思われているとはね……人様も侮られたもんよ」


 マフィア帽の老人が頭を抱えて言った。





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