第百二十四話 快楽殺人鬼強襲
「ダメだ!ここの本じゃ足りない。もっと専門的で、もっと古い本じゃないと!」
エマが本棚から古代の本を薙ぎ倒して言った。
クロノス本部にいた一同はリリィの所有する書斎へと場所を移し、“常夜”の情報と、厄災から地球を守るシステムについて調べていた。
リラも参考になりそうな本を探すが、そのどれもが前時代の言語で書かれているため、何が何だかさっぱりと言った様子。
「でも、ここにある本が一番古いんじゃ…?」
ロランはそう言ったが、エマはこめかみを抑えながらそれに返す。
「地球防衛装置なんて国家機密級の本がここにあるわけがない。それに、予言に出てきた文章は抽象的すぎて訳が分からないし…もう!」
それに対し、壁に寄りかかっていたキリがポツリと言った。
「いや、一カ所だけある。地下に広大な書籍保管庫がある場所」
ロランはその言葉を耳にした瞬間、記憶を辿り、その場所の情景を鮮やかに思い浮かべた。
確かに一カ所――ある。
ロランは隣にいるキリに向き直り、こめかみを抑えながら言った。
「そうか!市立図書館ですね。あそこなら古い書物も、機密の……」
しかし、ロランがそう語り始めたその刹那、書斎の扉を、ボロボロに負傷したフジが勢いよく開けた。
全員がそれに驚いたが、その傷だらけ姿を見ると急いで駆け寄る。
吐血し、背中には大きく横一文字に切り裂かれた跡もあった。
「フジ隊長!この傷、何があったんですか!」
キリが彼の肩を掴み、崩れそうな体勢を支えた。
フジは肩を大きく使って呼吸していたが、喋るのも辛いほどに体力を削られていることは見て明らかだった。
「まずい、ゼリク軍最強の暗部が放たれた。遂にクロノス教徒、いや、ステティアにいる反乱分子全員を始末しようと、奴らが来たのだ」
ロランはマチェットを構え、臨戦態勢に入った。
リラも獣化し、手をオオカミの肉球と爪に変化させる。
フジは一度深呼吸をすると、さらに続けた。
「彼らは第一弾だ。もう間もなくしてカシムの率いる本隊がステティアを襲う。イナゴのように街を荒らし、全てを根こそぎ奪っていくだろう。それまでに、クロノス教徒をステティア南西部へと逃がさねばならん。だから……」
フジはそこまで言い、吐血した。
キリのズボンに血がこびりつき、鉄の匂いが書斎に充満する。
キリがその先を聞こうとしたとき、再び書斎の扉が開かれた。
ロランとリラが、部屋へと入ってきた者に素早く刃を向けたが、その正体は意外なものだった。
それはリリィである。
「お母さん!」
エマが叫ぶと、一人で書斎へと入ってきたリリィは彼女に向かって優しく微笑んだ。
「リリィ様!護衛も無しにこんなところまで……今すぐに逃げられてください!」
フジが懇願したが、彼女は冷静に手を挙げてその言葉を制すると、落ち着いた表情で言った。
「教徒はほとんど逃げ終えました。護衛をルーシーとカトレアに頼み、安全な場所まで届けるように言ってあります」
「リリィ様も――」
キリがそう言ったが、リリィは真剣な眼差しで彼を見て言った。
「私は残ります。奴らの狙いはクロノス教徒ですが、私がここに居ると分かればすぐ始末しに来るはず。リリィと言う性格の悪い女はこの宗教の大ボスですから……貴方達はその間に逃げなさい」
その発言に対し、最初に反応したのはエマだった。
彼女は自身の義母に近づき、涙を流す。
「そんな!それじゃお母さんが」
エマがリリィに感じていたのは、憎しみも愛も全てだった。
一度精神を崩壊しかけたが、それを乗り越え、到達した結論。
――それが“愛憎”だった。
憎んでもいて、愛してもいる。
愛しても、いる。
親子とは、そう言うものなのだ。
子は無条件に親を慕うものなのだ。
「――私は、長く生きすぎました」
リリィはそうポツリと言い、エマの頭に手を置いた。
「私は最後の役目を終え、全てを終わらせるときが来たのです。心配しなくても今、貴方の周りにはたくさんの仲間達がいる。私は貴方に何もしてあげられなかったのに――」
「そんなことない!私は貴女が憎い。憎いけど、一緒に料理をした時や、一緒に出掛けた時、一緒に何かした時、全てが大切な思い出になってる!それも全て嘘だったとか……思ったことない!」
その言葉を聞いたリリィは目に涙を浮かべ、目じりを指で拭いながら言った。
「ここに来て、初めてしっかりと向き合えたわね……でも、もうこれで大丈夫。私は母として、そして教祖として、最も重要な仕事をしに行くの」
そこでフジが立ち上がり、リリィに向かって跪いた。
「私は教祖様と共に残ります」
「私も!」
キリも跪き、すかさず残ろうとしたが、リリィがそれを止めた。
「貴方は優秀な方と聞いております。どうか、リラと共に私の娘を守ってください。これが最後の命令です」
リリィがそう言うと同時に爆音が響き、教会全体が大きく揺れた。
柱がミシミシと音を立て、天井から石の欠片や巨大な木片が降り注ぐ。
そんな中でも、やはりリリィは決意を変えるつもりは無いらしく、ロラン、キリ、エマ、リラに向かって言った。
「図書館へ行くのよ。そこで全ての鍵を紐解いて、世界を正しい方向へ導きなさい。今、それぞれが完璧に自分の仕事をこなさなければ世界は守れないわ。さぁ行きなさい!急いで!」
追い立てられるようにしてキリが立ち上がり、下唇を噛みつつも、裏口への扉を開けた。
それに続き、ロランとリラが後ろ髪を引かれながら外へ足を踏み出した。
最後に、エマがリリィの方を一瞥し、小声で“愛している”という言葉を口にしてから外へと出ていく。
「私も愛しているわ」
リリィもそれに応える形で僅かに口を動かした。
――だが、その言葉を放ち、裏口の扉が閉まると同時に、一人の女が書斎へと乗り込んできた。
彼女の名は、ゼリク軍隠密部隊総長カーミラ。
その名が表に出る事は少なかったが、裏社会で生きている者にとって、彼女に目を付けられれば人生の終わりということを誰もが知っていた。
「間一髪だったな」
フジがそう言ってリリィの前で剣を構える。
目の前に立ちはだかる女へ、手に馴染んだグレートソードの先を向けた。
「教祖がいたかぁ。じゃぁ、殺しておかないとねぇ」
カーミラはそう言い捨てると、無音でフジの右隣りまで近づいた。
フジはその速度に付いて行くこともできず、心臓に手刀を貫かれて絶命する。
そして間髪入れず、カーミラがリリィに近づいた。
「あんた、吸血族じゃないか?」
リリィよりも少し背が高いカーミラが問いかけ、リリィが答えた。
「半分正解で、半分間違い。私は“元人間”よ。だから、吸血族の殺し方も良く分かってるわ」
リリィはそう言い終わると同時に、側にあったランタンを投げて書斎へと火を放った。
裏口への道は炎に阻まれ、リリィは完全に退路を断たれる。
彼女は更に続けた。
「吸血族の回復力がどれだけあろうとも、呼吸方法は人族や獣人族と同じ。一酸化炭素や灼熱の空気に肺が焼かれれば、すぐに死んでしまうわ」
しかし、カーミラは強気なリリィをものともせず、落ち着いてその首を掴んだ。
リリィの体が宙に浮き、彼女の全身がカーミラの腕一つで持ち上げられる。
「そう。残念だけど、私はそのくらいで死なないわ。何故かって?息を三時間止めるくらい、どうってことないからよ。ウフフ」
リリィはその言葉に絶句した。
カーミラとは次元が違う。
技術や経験がと言う話ではない。
――生き物として!!捕食者として次元が違う!!
この瞬間、リリィはカーミラに、根本的に“生物”として自分の上位互換であるということを分からせられたのだった。
「私はカーミラ。自分の為に殺しをする。――勿論分かっているわ!自分が悪の権化だということをね。信念や理想の為に殺すんじゃない。快楽のための殺しをする女なのよ!!!」
カーミラがその手を強く握りしめると同時に血が飛び散り、書斎内にいる者は、最早彼女唯一人となった。
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暫くして、燃え上がる教会の瓦礫の中から一人の女が這い上がる。
戦場となり、荒れ果てたステティアの街。
その中心にて、彼女は地上に姿を現した。
服は燃え、建物の倒壊に巻き込まれたのか肌も切り傷や火傷だらけだったが、彼女が深く息を吸うと、見る見るうちに体の周りを黒い筋繊維が覆い始める。
更にそのうねりが消えると、あっという間に裸体の女性が現れた。
――無傷のカーミラだった。
燃え盛る教会の中から生還し、次の獲物を探す。
その姿はまさに、冥界の悪鬼とも言える恐ろしさ。
彼女は燃える大地を踏みしめ、クロノス教徒が逃げた方向へと顔を向けた。
時間は真昼だったが、辺りは異様に暗い。
これも常夜の影響か、と彼女は思う。
「他の暗部はカシム坊の本隊と合流するらしい――けど、私はお先に次の狩りを始めようかしら」
カーミラはそう一言だけ呟くと、燃え落ちたクロノス教の旗を身に纏って悠々と歩き出した。




