第百二十二話 Kingdom Come➁
クリスが橋に着き、アレックスの下へと辿り着いた頃には、彼女はもう既に息も絶え絶えとなっていた。
泣きじゃくるシトラスの膝枕に支えられ、真っ白な雪の絨毯に横たわるアレックス。
「アレックス!駄目だ!気をしっかりしろ、おい!」
クリスがそう叫びながら駆け寄る。
それに気づいたアレックスは僅かに目を開け、側に座った彼の手を力無く握った。
彼女のまつ毛には雪が付き、華奢な手足は冷え切っている。
その痛ましくも可憐な姿は、まるで雪の妖精と呼ぶに相応しかった。
クリスがシトラスと目を合わせると、シトラスは無言で首を横に振った。
クリスの頬を涙が伝い、そのままその雫がアレックスの頬に落ちる。
「クリス、良かった。君が無事で――」
アレックスがそう言うと、クリスの手を握っていた右手に力を込めた。
「アレックス……俺があいつを殺しておけば……俺の所為だ……」
「いいや、君は悪くないよ。いずれ早かれ遅かれ、僕は自分の過去と向き合う必要があった」
アレックスはそう言うと、今度はシトラスの方を向いて言う。
「ありがとう、シトラス。君が僕に“やさしさ”と“友情”を教えてくれた。今まで一緒に過ごしてきて、すごく楽しかったよ」
シトラスは俯き、彼女の大きな眼鏡に涙を溜めて言った。
「ごぢらごぞ、ありがどう!!!アレックス!!!」
「で、クリス――」
アレックスが最後の力を振り絞り、クリスの手を強く握って言う。
「僕は、君から“愛”を学んだ。君が誰かを想う気持ちは、僕の心に深く刺さった。でもね、その愛が僕に向けられることは無いっていう“痛み”も同時に知った」
クリスはアレックスの手を両手で握り、口元に近づけた。
瞳からは涙が溢れる。
「僕はね、君のことが好き。大好きだ――」
同時にアレックスの瞳からも涙が伝い、光り輝く一筋の道をつくる。
「へへ、僕は幸せ者だよ。大好きな二人に看取ってもらえるんだからね。人生に悔いはないかな」
身を乗り出すクリスとシトラス。
「待てよおい、アレックス!!アレックス!!」
「アレックスーーーーーー!!!!!」
その言葉も虚しく、強くクリスの手を握っていたアレックスの右手から力が抜けていく。
それと同時に、次第に彼女の目から輝きが失われていった。
その瞬間、クリスとシトラスの目前に数々の記憶が並んだ。
どれもアレックスが笑ったり、泣いたり、様々な感情を見せていたが、どれ一つとして幸せでない瞬間は無かった。
志を共にして革命軍で活動し、辛い時も、嬉しい時も、感情を共有してきた。
「……走馬灯を見るのはお前じゃねぇのかよ。泣かせやがってよォ」
「君は私の一番大切な人だったよ。アレックス――またね」
真っ白な雪が淡いオレンジ色に染まった黄昏時の中、クリスとシトラスは、アレックスの冷たくなった体を抱きしめながら、静かに涙を流した。
アレックスの命の灯火が消えようとも、彼らの心にはアレックスとの思い出が鮮明に蘇っている。
その時、空から一筋の光が差し込み、アレックスの顔を優しく照らす。
それはまるで彼女が最後の感謝を告げているようにも――はたまた天からの迎えが来てしまったようにも見えた。
クリスとシトラスは立ち上がり、アレックスを抱えながら、革命軍の仲間たちが待つ場所へと歩き出す。
「愛と優しさを教えてもらったのは、こっちの方だぜ。アレックス――」
彼らの心には、アレックスの笑顔と共に「愛」と「優しさ」が遺される。
雪は静かに降り続け、彼らの足跡を覆い隠す。
だが、その歩みは決して止まることはない。
アレックスの魂と共に、彼らは新たな未来を切り開くために進み続けるしかなかった。
♢
弦楽器の奏でる悲し気なメロディーが教会で木霊し、ロランの耳に心地よい振動を届ける。
バイオリンを弾くエマと、それを見守るリラが窓際に腰掛け、キリがロランと共に長椅子に深く座っていた。
「綺麗な音色ですね」
演奏が途切れたところで、キリがポツリと言うと、エマが驚いて振り返る。
「キリさん!来てたなら言ってください。いつでも中断してたのに」
「いや、いいんです。むしろ素晴らしい演奏をありがとうございました」
キリがそう言う隣で、ロランが小さく拍手をした。
「今日はどうされたのだ?キリ殿」
リラがそう聞くと、キリが一通の手紙を取り出して言った。
「これが届きましてね。今軍部を守っているメインメンバーで受け取ったんですが、エマ様方宛てだったもので……」
エマが手紙を受け取ると、すぐに差出人の名前を確認した。
“オスカル・デ・ガルシア・ユマラビアロ”
「「オスカル!!」」
手紙を覗き込んでいたリラも同時に叫び、互いに顔を見合わせる。
「どうやら隣国の王子らしいですね。もしよかったらでいいのですが、僕達も一緒に見ていいでしょうか?」
「いいですよ」
エマがそう言うと、皆が注目する中で手紙を開いた。
紙の香りがふわりと漂い、鼻を突くようなインクの匂いが教会に染み出す。
“時間が無いから、手短に説明する。
まず一つ、ラオに軍が迫っている。吸血族の軍と、我等ユマの軍。どちらもステティアを潰さんと進軍を始めた。
彼らは“歴史の再構築”を行うつもりなんだ。
一度反抗勢力諸共全てを滅ぼし、新たな記億、歴史と共に、吸血族やユマ教に優位なステティアを作る為。
共和制国家ビサなんて名ばかり、全ては一人の吸血族の意のままさ。
僕もそれを止めようとしたが、ダメだった。
自分の軍が動かせないどころか、ステティア革命軍の反乱平定に駆り出されてしまったからね。
まぁ、これからどうするかは追々考えるよ。
そしてもう一つ。
過去の文献を調べたんだが、どうやら常夜から地球を守るシステムがあるらしい。
過去の技術によりつくられ、吸血族によって隠された。
更にユマではその予言も出ている。
――始まりの地にて、母を守りし子、王らを待つ。冥王の導きをもって救世せんと、星に人集まれり。星、傘を持って母を守らんとせば、渇きし者の立ち塞がるを乗り越えよ――
この予言はあくまで、人類が救われるかもしれない方法のみであり、ユマ国全体では、まだ滅亡により救いがもたらされると信じている人がほとんどなんだ。
つまり、この装置を頭の良い君達で見つけて、必ず作動させてくれ。
――失敗は許されない。
人類の命運は…全ては君達の手に託された ”
エマが全てを読み終えると、教会は沈黙に包まれた。
埃が光に照らされ、ゆっくりと舞い上がる。
靄がかかったように暗い教会内で、誰かがごくりと喉を鳴らす。
暫くして、リラが沈黙を破った。
「これはまずいでござるな」
エマは手紙を握りしめ、わずかに震える声で続ける。
「地球防衛装置……。でもどうやって謎の現象“常夜”を止めるの?『始まりの地』って一体どこなの?」
ロランが頭をかきながら考え込む。
「予言によると……『母を守りし子、王』って、クロノス教のことを指しているのかもしれない――でもどう解釈すればいいのか……。手がかりは少ないし……」
それを聞いたキリが口を開く。
「吸血族が装置を隠したというなら、彼らの支配地域か、古い文献を探るべきでしょう。その中で、予言と一致する場所が見つかるかもしれない」
リラがエマを励ますように優しく肩に手を置く。
「まずは何かしら行動するべきだ。どんな危険が待ち構えていようと、我等はきっと乗り越えられる」
エマは一度深呼吸する。
「……うん、迷ってる時間はないか」
そう結論づけて、小さく頷いた。




