第百十八話 執念怨念なんでやねん
「まぁ、この際分かりにくいからね。私の名はサンダーとでもしておこうか」
クリスは正面に立つ、アレックスそっくりの人物を見る。
その少し長めの眉毛も、広くでこを見せる髪型も、全てがアレックスと同じだった。
何なら服装まで同じにしてある徹底ぶり。
――どこでアレックスの存在がバレた?この刺客はどうやって変装しているんだ?
質問を投げかける前にサンダーが口を開いた。
「おや、どうやら私の存在を聞いていないようだね。私達は人造人間だよ」
「は?そんな適当な事信じ――」
「君は別個体の手を移植した男や、吸血族二人分の筋肉を持った男について知っているだろう?彼らはゼリク主導で研究されてきた、応用技術生命科学で為し得た成果」
クリスが何か言おうとするが、挙げられた人物の一人に心当たりがあるのか、口がパクパクと動くだけだった。
そこで、無線に繋がったスピーカーからアレックスの声が聞こえてきた。
「やめろ!クリス、そいつの話は効かなくていい!全部嘘だから、嘘だ!今そっちに行く!」
サンダーは変わらず、鉄製のナイフを振りかざしたままクリスに言う。
「“吸血族レプリカント”の成功例一号はカシム様。ゼリク様の手によって産み落とされた尊い命」
「カシム――?何を言って――」
「そして、二号三号が私達アレクサンダーきょうだい。カシム様の手によって産み落とされた安い命。我等“人族レプリカント”には性別も、人間的な正常な感情も持ち合わせていない。そう言う存在なのだ」
クリスが唖然としていると、サンダーがクリスに接近し、鉄製のダガーナイフをクリスの頬に突き刺した。
クリスの口内をナイフが貫通し、舌が刃によって切れる。
「!!!」
クリスがすぐさまナイフの柄を持って引き抜いた。
その瞬間、間髪入れずにサンダーの蹴りがこめかみを直撃。
クリスの脳が揺れる。
平衡感覚が崩れ、世界が傾いた。
「吸血族でも脳は揺れる。君を気絶させて海に投げ込めば、銀や獣人が無くても吸血族は殺せるさ」
混乱する視界の中、クリスはぼやける正面の男を睨んだ。
サンダーは勝ちを確信し、もう一度クリスの頭部を蹴ろうとした
――が、クリスはそれを片手で止める。
目は見えていない筈。
立つこともままらない彼は、なぜ防御することができたのか。
「よくその状態で蹴りを止めたな――見えているのか?」
サンダーが問う。
彼の足を掴んだクリスは、口にできた裂傷を回復させながら、得意気に答えた。
「俺の師匠は盲目なもんでねぇ」
クリスは巧みにサンダーの軸足を払うと、その勢いでサンダーは地面に倒れ込んだ。
間髪を入れず、クリスは素早く彼の上に馬乗りになり、警官の持っていた手錠で手を。
縄状にしたローブで足を縛って、確実に動きを封じた。
もうサンダーは、この戦線には復帰できないだろう。
「ふん、やるじゃないか」
「俺はアダムの兄貴を助けに行って来る。お前はそこで大人しくしてろ!」
クリスはそう吐き捨て、急いで警察庁へと走り出した。
サンダーは遠ざかって、小さくなっていくクリスを見ながら一人呟く。
「私の狙いは元から君じゃない。姉の方だ。――それに、私に人間的感情は無いと言ったろう?」
サンダーは何度か肩を大きく動かすと、自分で肩の関節を外し、さらには地面に落ちていた剣に自分の手首を打ち付け、左手首を切り落とした。
自由になった右手の指をパキパキとならし、血みどろになった左手に布を巻く。
「待っていろ、アレックス。今回ばかりは逃げられない……逃がさない」
♢
「どうした、そんなものか!拳が当たらんぞ!」
アオイの挑発を受けながら、シトラスが大振りに拳を振り回す。
シトラスの拳は一撃が強力だったが、その一撃を当てることができない。
槍先で受け止められ、シトラスは拳から出血してもなお、その腕をを振り続けた。
しかしシトラスの拳が空を切るたび、アオイの笑みは深まるばかりだった。
「その程度か?もっと本気を見せてみろ!」
アオイの声が響く中、シトラスは一瞬立ち止まり、荒い息を整えた。
拳から滴る血が地面に染み込み、彼女の怒りと焦りを映し出している。しかし、その目にはまだ闘志が宿っていた。
「喋っていると舌を噛むぞ――ッ!!」
シトラスは拳を握り直し、今度は冷静さを取り戻した動きでアオイに向かって突進した。
大振りではなく、鋭く正確な一撃を狙う。
「ほう、やっと面白くなってきたな!」
アオイは槍を構え直し、シトラスの攻撃を迎え撃つ準備を整えた。
「まだ始まったばかりですよ?将軍様……」
「――ぬかせ」
刹那、拳と槍がかち合った。
革命の騒動によってフロアに立ち込めていた砂埃が一瞬にして吹き飛ばされ、それと同時にシトラスの体も後ろに押しのけられる。
砂埃が晴れると、シトラスはゆっくりと立ち上がった。
拳は赤く染まり、体の所々には切り傷が刻まれている。
一方のアオイは、槍を軽く回しながら余裕の笑みを浮かべていた。
「来い!」
シトラスがアオイへと飛び込むと、その拳が槍を掠める。
槍に止められるはずの拳が鉄壁の守りを抜け、アオイの体に近づく。
しかし、アオイの突き出した槍が、深々とシトラスの右肩を貫いた。
「がぁぁぁあぁぁぁあああ!」
シトラスが絶叫を上げ、顔が引き攣る。
遂に届くと思われた拳も、アオイの胸に届くギリギリで勢いを失くし、やがて止まった。
「戦いの妙とは、敵の得意をいかに躱し、己の得意をいかに押し付けることにある。私は今、貴様の拳を躱し、己の槍を貴様に叩きつけた――遠距離戦から戦いの間を縮められなかった貴殿の負けだ」
アオイがそう言い。シトラスの肩を貫いた槍に力を入れた。
貫通した刃から血が噴き出し、城の床に血だまりを作る。
「グゥ――ッ!!」
シトラスは嗚咽を漏らしたが、それでも右の拳をアオイに向けたまま正面へと進んで行く。
「これ以上進めば、様の腕が千切れるぞ。負けを認めろ。大人しく首を刎ねられるのだ」
アオイは冷静にシトラスを諭す。
シトラスの額には大粒の汗が浮いているのに対し、アオイはからっとした表情でシトラスを見下ろしていた。
「私は――負けません。ここで私はが負ければ、唯一の友に会えなくなってしまうからな」
「笑止。どう見たって負けだ、貴様のその拳は私に届かない。私の得意とする距離に貴様がいる限り、吸血族への特効があろうが、無かろうが、その拳が私へと届くわけがない」
それを聞いたシトラスは苦しそうに笑った。
そして、彼女はゆっくりと握っていた拳を開いた。
そこから出て来たのは、人差し指に付けられた大きな爪の様なもの。
アイアンクローと言うには刃が薄く長い。
どちらかと言うと、“指先がハサミ”な武器が付いていた。
確かにシトラスは独特な拳の握り方をしていた。
人差し指を少し浮かせ、拳の中で何かを握っているような握り方を。
「貴様のその握り方は、その人差し指に付けられたシザーハンズを隠すためだったというの――か?」
アオイが気づいたときには。シトラスの伸ばした指先が自身の胸にめり込み始めていた。
アオイが小さな刃から逃れようとするも、シトラスが槍を掴んで離さない。
「さっき言っていたことは正しいですよ。歴戦の猛者らしく、得意を相手に押し付けることが必要、と言うのはまさにその通り」
アオイは槍を右手で持ち、左手でシトラスのシザーハンズを掴んだが、もう既に切っ先が胸を貫いていた。
胸から血が噴き出し、アオイの手が真っ赤に染まる。
「これは……力が入らん!銀だな!」
「そう。確かに私は拳で戦うことが好きだとは言いましたが、得意であるとは一言も言っていないですよ」
「小賢しい――ッ!!」
「私の得意武器は執念です。勝つためなら、どんな卑怯な手も使える。どんな犠牲をも払える。――今回はそれが右肩だったというわけですね」
アオイの右胸から血が噴き出し、戦士二人の血で赤黒く染まる床。
「これで互いに出血多量、相打ち。仕留めきれなかったのは残……念……です……」
そう言うと、シトラスが先に力尽き、アオイ諸共地面に倒れた。
「その精神、尊敬に……値……す……」
程なくして。アオイも気を失う。
城の中、血だまりの中に伏せる二人。
シトラスとアオイが倒れたまま、戦場には静寂が訪れた。
砂埃がゆっくりと舞い降り、二人の周囲には血の匂いが漂う
遠くから聞こえる革命の喧騒も、ここではまるで別世界の出来事のように感じられた。




