第百十六話 パッシブスキル
シトラスはマスケット銃を放り投げ、両手に付けていた手袋を外す。
そして人差し指の第二関節を浮かせるような、独特な形で拳を握りしめた。
「私はこの銃という武器はあまり好きじゃないんですよね……」
それを聞いたアオイは、表情を動かすことなく答えた。
「よかろう、どんな物でも相手にしてやる。来なさい」
「やっぱり戦うのは拳じゃないと!」
シトラスが大きく一歩踏み出してアオイの懐に潜り込んだ。
――強烈なアッパーがアオイを襲う。
だが、彼女はいとも簡単に槍で受け流す。
拳と槍の柄の部分がぶつかり合う音が響き、一度二人は離れて互いの間合いを測り合った。
確かに動きが俊敏であることは間違いない。
だが、シトラスの拳は格段に速いとは言えなかった。
再び構えるシトラスに対し、アオイは背筋を伸ばし、槍先を床に下ろして語り掛ける。
「シトラス……と言ったか?吸血族でありながら革命軍にいるのだな。どうか?我らの下に戻ってくるというのは――」
しかし、シトラスは首を横に振った。
「いつだって貴方達の味方であったことは無いですよ。――私の味方は煙草だけですから」
それを聞いたアオイは再び槍を構え、重心を低く構え始める。
「それもまた信念という奴かの……」
シトラスの頭上に大振りな一撃が振り上げられ、彼女はそれを避けた。
アオイはそれを追撃し、横に槍を薙ぐ。
しかしアオイはふわりと身体を浮かせると、槍を飛び越える。
「一発目ェ――!」
そして、槍を振り切ったアオイの体に己の拳をめり込ませた。
内臓が潰れる音と、肋骨が粉々になる振動がシトラスの手を伝う。
「カハッ」
アオイは血を吐き、殴られた部分を押さえてよろめいた。
さらに間髪与えず、頭を狙って拳を振り上げているシトラスが迫る。
「なんつう威力だッ!!」
それを咄嗟の判断で躱すアオイ。
シトラスが頭に当てられず空振った拳を壁に叩きつける――が、壁には傷一つついていない。
まるで拳で壁を撫でたかのような威力。
アオイは狼狽える。
「まるで獣人や銀製の武器に殴られたような痛み。体の内部は再生したが、あの拳が当たった部分だけが継続的にダメージを与え続けている……」
アオイはシトラスの拳を見るが、明らかに銀製などではなかった。
むしろ軽量化の為か、グローブをはめたり布を巻いたりもしていない。
特に、拳から飛び出た人差し指第二関節が身体にめり込み、アオイの体に大きなダメージを与えていた。
シトラスは再び無言でファイティングポーズをとり、アオイへ距離を詰めた。
アオイも退くことなく槍を構え、痛みの残る腹から意識を逸らす。
シトラスは最初と同じように距離を詰め、アオイの顎目掛けて右の拳を突き出した。
しかし歴戦の猛者アオイが同じ手に二度かかるわけもなく、拳をひらりと避ける。
「何か喋ったらどうだね?手の内を教えてくれると……ありがたいのだが」
そしてシトラスがそのまま槍を上に薙いだ。
槍を横に振ると思っていたシトラスは意表を突かれ、左わき腹を切っ先が掠る。
すると脇腹部分の服が破れ、槍が通った道筋に血が滲んだ。
「くッ!」
今度はシトラスが脇腹を押さえる。
一方、アオイはクックックと手で口を覆って笑った。
「成る程……銀製の槍とは言え、その愚鈍な治癒力。貴様、ダンピール種だな。どおりで貴様の拳が痛いわけだ」
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ダンピール種とは、吸血族と人族が種的に分かれた初期に交雑した者の生き残り、または子孫である。
獣人族と同じように吸血族に傷をつけられることのできる数少ない種族。
さらに彼らは赤色の目を持つが、夜目は効かず、回復力もない。
唯一持っているのは吸血族への特効性のみで、ほとんどが人族と同じ性質を持っている。
瞬間的に吸血族の力を引き出せる、クリスのような人工半血とは少し違う。
常時その力を宿しながらも、能力は人族に近い。
クリスの能力がアクティブスキルなら、シトラスはパッシブスキル。
――彼女は生まれつきの天然半血だった。
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アオイの正確な考察を聞いたシトラスは、動揺することもなく、身じろぎすることもなく、小さな声で
「そうです。私はダンピール種、ご名答です」
と言った。
♢
一方のアダムはエクスと対峙し、クリスが来るまでの時間を何とか凌いでいた。
「ちょこまかと動くな!どうせ逃げても変わらん。貴様は我が力の前にひれ伏すのみ!」
アダムは襲い来るエクスの攻撃を躱していたが、吸血族やクリスのように回復力を持っていないアダムにとって、最初の一撃がかなり響いていた。
――彼は転生者かもしれないが、人間でしかないのだ。
エクスが大理石製のテーブルを持ち上げ、アダムの頭上から振り下ろす。
アダムはそれを間一髪で避けた。
地面に叩きつけられたテーブルが砕け散る。
「勘弁してくれ――脳筋野郎さんよォ……」
アダムはリボルバーを握りしめ、銀の銃弾を数発エクスの体に打ち込む。
しかしエクスの体は銃弾を受け止める。
表面は傷ついても内部までは弾が進まないようだった。
「我が肉体は貴様ごときの力じゃ壊せん。二人分の吸血族の筋肉がついているからな。生物工学とやらの力は凄まじいものよ」
それを聞いたアダムは、クリスから聞いたブルートの話を思い出した。
「手を移植された奴と同じタイプか。厄介な男に当ったな」
エクスは皮膚にめり込んだ銃弾に構うことなく突進し、壁ごとアダムを粉砕しようとする。
威力は強いとはいえ、直線的な攻撃。
だが、エクスが突進した後は、壁を含むすべてが破壊され、エクス本人は警察長官室の隣の隣の部屋まで突き進んでいた。
アダムはその威力に震える。
「人間に轢き殺されることがあるってのは知らなかったぜ」
アダムは二つ隣の部屋からエクスの眉間目掛けて左の拳銃で数発弾丸を撃ち込む。
エクスがそれを腕で防いだ瞬間、一気に距離を詰めてエクスの側面に回った。
そしてエクスのこめかみを二丁の銃で狙う――が、彼はアダムの狙いに気づいていた。
エクスが銃弾を躱し、アダムも一度身を引く。
自身で突き破った壁の破片を肩から払い、エクスがアダムへと近づく。
「やるな小僧。こめかみや眉間、しっかりと俺の弱点を分析して突いてくる――」
「俺は小僧じゃねぇっつーの」
「……分かっているだろうが、筋肉があまりついていない部分はどこも弱点だ。さぁ、そこを狙え!狙いは一度狙ったら、外すんじゃネェぞ?」
エクスは余裕たっぷりにそう言い、アダムの頭を掴もうと右手を伸ばして距離を詰めてくる。
アダムはそれをまた避けた――つもりだったが、吸血族による圧倒的なスピードには抗えなかった。
右手はフェイント。
左手がアダムの頭を掴んだ。
「――ッ!!」
「これが――世界を支配する種族と、支配される種族との違いだ」
そのままエクスはアダムを持ち上げると、渾身の力で壁に叩きつけた。




