第十二話 はじめてのたたかい➀
「君達、ゼリクを知らないのか?」
ピュラのフィアンセであるヤクブが言うと、ロランは首を傾げた。
「ゼリクって、そんなに有名なんですか」
ロランがそう問うと、ヤクブは周囲を見渡してから手で口元を抑え、小声で言った。
「この国を仕切る吸血族の王で、知らない奴はいないよ。彼に目を付けられたら終わりだって、商人は皆言ってる」
ハンス爺を襲った人物が吸血族の王――流石にロランもそこまでは考えていなかった。
“せいぜい凄腕の暗殺者にやり返す”くらいにしか思っていなかった復讐劇が、一気にスケールを広げる。
ロランは頭を抱え、虚空を見つめた。
――相手は強大で、国中の人々が恐れ、吸血族達が畏れる男。
「で、噂によると暗殺組織、それも吸血族至上主義のやばい奴らを持っていて、歯向かった者は皆消されるらしい」
ヤクブが語り掛ける言葉がロランの耳を通過し、霧の中へと消えて行く。
手に力が入り、繊細な赤い髪の毛がクシャリと曲がる。
――怖い!!
「だ、大丈夫か?ロラン君」
ピュラが書けた声にふと我に返るロラン。
彼の手は強く握られ、手汗が指の隙間からにじみ出ていた。
「あ、はい。大丈夫です。すみません……固まっちゃって」
「そうだよね。怖いよね」
ピュラはそう言うと、ロランの頭にそっと手を乗せた。
「怖いです……体の芯が凍るような怖さです」
だが、彼が恐れているものはゼリクではない。
ハンスに続き、クリスを失う事、ただそれだけだった。
♢
「吸血族に人間の子供が勝てるとでも?」
ハリデが付き出す短剣はクリスの身体ギリギリを滑り、彼の皮膚に細かな傷を残していく。
彼ら吸血族の驚異的な身体能力の前では、クリス我流の拳では為す術もなかった。
「うるせぇ!まだ攻撃してないからわかんねぇだろ!」
「不正解!君が攻撃“できない”だけだ」
ハリデが繰り出した短剣がクリスの脇腹を切り裂いた。
血が噴き出し、鈍痛がクリスの身体を襲う。
しかし、クリスは痛みに悶えるどころか、むしろ動きが機敏になっていく。
「こちとらこんくれぇの痛み、前世でとっくに味わってんだよォ!!」
斬撃を受けつつ、初めてクリスの放った拳が、僅かにハリデの右肩を掠った。
アルマト石のエネルギーによって爆発を伴う打撃に、ハリデが一瞬たじろいだ。
「広範囲に広がる拳、とでも言おうか。気味の悪い攻撃をしてくるね」
ハリデは短剣についた血を払うと、クリスの方を見据える。
初撃を当てたクリスはそのままハリデに肉薄すると、腹部へと拳を叩き込む。
血まみれの拳と共に、ハリデの腹が歪んだ。
「クリーンヒットだぜェ」
遠目から見るとその身長差を感じなかったが、やはり吸血族と人間のたった12歳の子供では大きさがまるで違う。
身長が違えば体格も異なり、それは攻撃の“重さ”も変わってくる。
つまり、ハリデに食らわせた二撃目は――
「ぬるい。まるで君の中途半端な優しさのようだ」
程度だった。
ハリデがクリスの攻撃に合わせ、短剣が空間を薙いでいく。
回避不可のカウンターがクリスを襲った。
「がぁああああッ!」
クリスの胸部に真一文字の切り傷が付けられ、鮮血が噴き出した。
クリスが膝を付き、ハリデが彼の二歩前でそれを見下ろす。
「赤の他人の為に怒れるヒト、赤の他人の為に自分を犠牲にできるヒト。こんなもの理想に過ぎない」
空には既に星々が瞬き、夜の闇が天を包み始めていた。
「君は良くも悪くも感情が動きやすいのかもしれないが、復讐も、自己犠牲も、決して正義や大義の側ではない。ただの“我儘”だ」
クリスが胸に手を当てると、生ぬるい感触と共に血がべっとりと付く。
ハリデは戦闘不能になったであろう目の前の少年を見ると、満足したように短剣を鞘に戻した。
「もういい。私の本質を見抜き“弱い”と表現した君に敬意を表して、見逃してあげよう」
「……けるな」
「は?何と言った?」
「……ざけるな」
ハリデは腰を屈め、クリスに近づく。
「何と言っているのか聞こえない。降参か?」
「ふざけるなと言ったんだァ!!」
その刹那、クリスはズボンの隙間から黒い塊を取り出した。
――と同時に響く爆発音。
パァァアアアアアアアン!!
ハリデの肩に風穴があき、血が滝のように零れ落ちた。
「グァアアアアア!!!!」
経験したことのない痛み。
吸血族であればすぐに治癒するはずの傷が塞がらず、代わりに焼きゴテを当てられたような高温の痛みが走る。
今度はハリデが膝を付き、患部に手を当てた。
「な、何だそれはァ!知らん武器、知らん痛み、何を使った!」
クリスは俯いていた顔を上げ、滴る血もそのままに、ハリデの正面に立った。
「これはリボルバーという銃火器だ。銀製の弾を発射する、ハンス爺ちゃんの唯一の忘れ形見」
ハリデがクリスの顔を見上げると、その表情は真っ黒だった。
それは夜だからというのもある。単純に見えていないというのも。
だが、実際に彼の表情は真っ黒だった。
目的遂行の為なら、自身の意思を何が何でも通す――そう言う表情だった。
「俺はそう言う風に何でも合理化して、理想と切り捨てて、ぐちゃぐちゃ言う奴が嫌いなんだよ」
「子供の我儘だろォ!!」
「確かにそうかもしれない。俺は前世がある割に精神年齢が低いみたいだ。まぁ理由があるのかもしれんが」
「何の話だ、何を言ってるんだ」
「だけどな、俺は前世から、お前みたいに弱いからと逃げ、諦め、立ち向かわず、全てから逃げてきた人間が一番嫌いなんだよ!生まれてずっと不自由を強いられてきた人間を差し置いて、テメェの自由をそんな風には使わせねェ!」
クリスはハリデの額にそっとリボルバーを置き、彼の顔を正面から見つめ返した。
「やめろ、やめろ!私を殺せば、この街はゼリクに飲まれるぞ!娘を誰が守る!」
「ヤクブを、街の人々を、アンタの娘を信じろ」
クリスはそう言うと、静かに人差し指を引き金へと掛けた。
「やめ……ろ!」




