第十一話 ロランの嫌いなものは大きい音
「ロランっ!!」
クリスがロランに駆け寄って、彼の無事を確認する。
「ギリギリだったけど……だいじょぶ……」
まだバクバクと音を立てて拍動する心臓を抑えながら、ロランはクリスと共に立ち上がった。
土煙でハリデは見えなかったが、二人は彼が吹き飛ばされた方を見る。
「やったか――?」
何気なくそう呟いたロランだったが、それを聞いたクリスは自身の額を叩いて目を瞑る。
「それだけは言ってほしくなかったかも――」
クリスは渾身の力を込めてハリデを殴ったはずだった。
しかし、土煙の中から現れたのは無傷の男――それも、赤い目をギラつかせ、右手には短剣を構えている。
「アルマト石を見つけたのかね。見つけるのも驚きだが、まさか使いこなすとは思わなかった」
クリスは再びアルマト石を握りしめ、ハリデを睨んだ。
「まだ生きてるのがお約束だよねぇ」
アルマト石は、屋敷の中央で見たクータス石と同じ石である。
無尽蔵のエネルギーを持ち、常に光を放っている魔法の石。
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ロランと別れた直後、クリスはすぐに屋敷の外へ出ることができた。
だが聞こえてくる悲鳴は背後から。
完全に逆方向だった。
かと言ってここから引き返しても、間に合う保証はなかった。
なら――。
クリスはアルマト石を強く握り込み、そのまま壁へと踏み込む。
拳の内側で石自体が弾けた。
手の中の宝石は割れていなかったが、確かに、はじける感覚がしたのだ。
解き放たれたエネルギーは衝撃となって伝わり、分厚い石壁を一瞬で粉砕する。
「――ッ!!!!」
崩れ落ちる瓦礫の向こうに穿たれていたのは、新たな通路。
「これで――ロランのとこに合流できそうだなァ!!」
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こうして彼は、今の地下牢へと辿りつくまでに全ての壁をぶち抜き、一直線で屋敷内を突っ切ったのだった。
当然拳は血を吹き出し、ボロボロになっている。
それでもクリスはハリデと戦う気だった。
「どうした?私を倒そうとでも言うのか?」
「あぁ。町の人たちは皆、アンタを恐れて生きている。それが何でか分かったぜ」
クリスは戦う姿勢を取り、ハリデに言った。
「――何故だと考える」
「お前が……弱いからだ」
そう言われたハリデは一瞬、表情に曇りを見せた。
だが、すぐさまキッと目つきを戻すと、クリスに向かって言い放つ。
「場所を変える。お前だけ来い」
ハリデは二人に背を向け、屋上へと歩き出した。
♢
ロランはピュラとヤクブを背に庇い、そのまま屋敷の内部に残った。
一方でクリスはハリデと合流し、迷いなく屋上へと向かう。
屋上と言っても、掃除ができるように屋根裏部屋から瓦張りの斜面へと繋がっているだけで、屋敷の”屋根上”と言った方が正しいような見た目である。
その”屋根上”へと着いた時、空には既に一番星が出ていた。
昼と夜の狭間。
人間と吸血族の対峙。
「君は私に弱いと言ったね」
ハリデは不安定な足場の下、夜の風を感じながらクリスに言った。
「おうよ。誰かを守るのに人を傷つけんのは――弱い奴がすることだから、だ!!」
クリスは毅然とした態度で言ったが、正面に立つ吸血族の男は笑みを漏らす。
「フフフッ。若いなァ君は。君だってロランとかいう少年を守るために私を殴ったじゃないか」
「殺す気はねぇよ。痛い目に合うくらいは良いだろ」
それを聞いたハリデは、その紳士的な見た目に似合わず、豪快に笑った。
「ハハハ、不正解。君は知らないのだよ。人を愛することは、人を守ることは――誰か赤の他人を傷つけるということ……愛とはそう言う感情である」
「知るわけがねぇよ。なんだその偏屈な考え」
「私はね、ゼリク様の命でアルマト・クータスの石を守っている」
クリスは突如出て来た、憎き復讐相手の名前に強烈な嫌悪感と衝撃を受ける。
「お前、ゼリクの手先か。どうりで胡散臭いと思った――」
ハリデは口角のみを上げ、皮肉を言うようにクリスへ言った。
「そういうことになるな」
「そのゼリクとかいう奴は俺が殺す。俺はゼリクに復讐するためにここまで来て――」
「無理だよ」
ハリデは一瞬で否定した。
「彼の恐ろしさは異次元。私が彼を拒んだとき、政府は私の妻を殺し、それから親族を一人ずつ消していった。最後に残ったのは私の娘だけ……」
クリスはアルマト石を構えつつも、彼の話に耳を傾ける。
「私と娘は血が繋がっていない。人間だった妻の連れ子だよ」
「え、ピュラさん……は、人間……?」
「正解……というか、これが事実である」
ハリデはいつもの癖なのか眼鏡を上げる仕草をしたが、今はその指が空を切る。
「だが、私が死んでも吸血族社会で――上流社会で生きていけるように、吸血族として育て上げた。罪を犯した人間達の血を風呂に入れ、ヒトの獣臭さを消して血の香りがするようにしたこともある」
「ひでぇ……ピュラはそれを知って……?」
「無論知らんよ。知らせるつもりもない」
クリスは唖然とした。
そして、狂気的な目を持つ正面の男を見つめるしかなかった。
だが彼の顔は、まるで殺人鬼や強欲な悪徳領主のような下種らしい顔ではなかった。
ただ、一人の父親として、娘を愛する優しさを持った――慈愛に満ちた顔。
「こうなったのも全てゼリクの所為。彼は私を脅して、こう言った」
――“石を守れ。石に何かあれば、貴様の娘が死ぬ”
クリスは拳を握りしめ、ゼリクへの憎悪を膨らませる。
しかしそれは、ハリデも同じだった。
「娘以外の全てを奪われ、それでもなお私の最も大切なものを奪おうとしたゼリクに、私は逆らえなかった。君もそうしただろう……」
「いや、俺は言いなりになんかなんねぇ……それがお前の弱さだっつってんだよ!!」
「ハッハッハッ……これは心の弱さなんて話じゃない。愛するものの為なら、誰だって赤の他人なんか簡単に殺せるのさ。ましてや、世界なんて見えてすらない。町も、この地球すらも破壊できる」
ハリデはそう言い、夜空を見上げると、目を細めた。
空には星がいくつか瞬き始め、その星がぼやけた。
「だが、君が正解だ。君の言う通り私は弱い――こうじゃないとピュラは守れなかった」
「そうだ。やっと認めんじゃん。お前はピュラさんを裏切り、街の人を殺し、彼女の人生を奪っ――!」
「それは違う!!……不正解だ!!」
大声で叫んだハリデは一度俯いた後、クリスの方を見て言う。
「ピュラを守った、それだけだ。奪ったものは何もないぞ。娘の人生を得た。後悔はない」
先ほどまで感情を漏らしていたハリデはいつの間にか消え、領主として、吸血族の幹部としての毅然とした態度がそこにはあった。
クリスはその一言に首を傾げると、彼に告げた。
「じゃぁ、ここで戦うことになるぜ。俺は街とピュラを解放する」
するとハリデは口角と片眉を上げ、短剣を構えて言った。
「そうだな。戦おう。互いの覚悟を示すため――大切なものを守るために」




