第百十三話 暴力の濁流➂
「恐らく彼らのほとんどは死ぬだろうと思う」
アダムはテント外に目をやり、その後手元に視線を移して言った。
テーブルに腰掛けているクリスは黙り、その隣の椅子に座るシトラスも暗い顔をして話を聞いている。
「もちろん彼等にはすべて話してある。獣人化できる者達も数名いるし、銃を渡してある兵もいるが、元ビサ軍の吸血族兵士達も所属する警察には、彼等じゃ歯が立たねぇだろう」
アダムが二人に向き直る。
クリスはシトラスの顔を窺いながらも、冷静に指摘した。
「無茶です。俺達には彼らを戦わせる権利なんてないし、これは戦争の始まりになる。それに――」
クリスがそう言うと、アダムがクリスを睨んで言った。
「甘ったれたことを言うんじゃねェ。無限に続く“復讐の螺旋”は今に始まったことじゃない、むしろ俺達が終わらせんだよ。テメェがなんのために戦うのか、それとも戦いを強制されているのかは分からない。だが、俺は戦う。過去の俺の為に。今までやって来たことが無駄にならないように」
それを聞いたクリスは立ちあがり、テーブルをバンと叩いた。
「そんなの自己中心的すぎる!アダムさんの為なら、悪人ですらない他の誰が死んだっていいってんですか!」
「そう言ってんだ。最初は平和の為に、ルバモシの再興の為に戦っていた。でも、もうそんなのどうでもいいってなるとこまで来たんだよ。俺は踏み台。平和への踏み台だ。屍でできた、呪いに呪われた踏み台だ」
「……でも、俺はジィジと約束した。歩み寄って解決するって。戦わなければならないときは戦う。でも、それは今じゃない。まだ非暴力の道はあるはずだ!」
アダムは髪をかき上げる。
「残念だ。俺はこんな奴の為にこれまで生きて来たのか……俺は決して王になれないし、復讐してもルバモシの皆が、革命軍の仲間達が戻ってこないことも悟った。これで仕事が終わると思ったのになァ!!」
テントに沈黙が訪れる。
「悪ぃ……熱くなっちまった」
アダムは自分の顔に付いた傷を右手でさすりながら、クリスに左手で指を刺した。
「だが、覚えておけクリス。王は二つの選択を迫られたとき、例えその両方が誰かの命だったとしても、最善の選択で片方を選ばなければ、そしてその責任全てを追わなければならない」
「そんな滅茶苦茶な――」
「それに、エクスに話し合う気がないのは分かっている。今ここで戦わなければ、確実に世界は変わらない。エクスの正体を白日の下に晒し、警察庁を機能不全状態まで追い込む」
「そもそも、俺はルバモシの王になると決めたわけじゃ……!」
その言葉の先は、続かなかった。
既にクリスの両肩へは、恐ろしいほどの期待が乗せられている。
シトラスは相変わらず俯き、クリスは拳を握ったままテーブルの側に立っていた。
アダムは二人を交互に見ると、手元の資料に目を通しながら、やっと今回の作戦について説明し始めた。
「最初に突っ込むのは俺と兵士達だ。厄介なのはアオイ。彼女が途中で出てくれば、兵士の命は風前の灯火に過ぎない」
警察長官の側近であり、ビサ警察庁の二番槍――アオイ。
「だから彼女をシトラス君に任せる。勝たなくてもいい。エクスを倒すまでの足止めをしてくれ」
シトラスはそれを聞き、無表情で瓶底眼鏡をくいと上げた。
アダムはそれが“了解”なのか、はたまた“拒否”なのかを図りかねる。
「えぇと…いいか?シトラス」
アダムに再度確認されたシトラスは、手を挙げてアダムに言った。
「タバコ吸ってもいいですか?」
「俺はいいが、クリスは吸わないから、彼に聞いてくれ」
「お、俺は大丈夫ですよ」
シトラスは少し顔の前で“すまない”という風に手を挙げると、慣れた手つきで煙草に火を点けた。
彼女の目は伸びた髪と瓶底眼鏡で見えないが、形の整った顔に煙草が良く似合っている。
そしてゆっくりと喋り出した。
「分かりました。ですが、私は持って20分。それまでに決着をつけてください。あと、私が忠誠を誓うのはリリィ様だけですので。それぞれの目的は違っても、今は共闘するべき時間というだけ。それをお忘れなく」
アダムはそれを聞き、少しにっこりと笑って答えた。
「了解。君のその力ならアオイとは拮抗まで行けるはずだ。俺も全力で取り掛かる」
クリスから見て、シトラスはクロノス教ではあるものの他部署の戦闘員に過ぎない。
その素性を詳しくは知らない――が、聞こえてくる話を聞く限り、なかなかの実力を持っているらしい。
アダムは続けて、変わらず立ったままのクリスに言った。
「そして最後に、エクスを俺とクリスで倒す。クリスは混乱の中、万全の状態で壁を登ってエクスの部屋へ。恐らくこれが一番上策だろう」
クリスは“了解”と言い。アレックスからの連絡が来ていないか無線機をチェックした。
電源はしっかりと入っているが、表示された画面は相変わらず何の電波マークも点いていない。
会議が終わると、アダムがシトラスに席を外すように言った。
シトラスは無言でテントを出て行き、テントの中にはアダムとクリス二人だけになる。
クリスはこれから何の説教があるのだろうと身構えていた。
――だが、最初にアダムから発せられた言葉は意外なものだった。
「アダムさんでもいいけど、兄貴とか、お兄ちゃんでもいいぞ」
突然のアダムの提案に唖然とするクリス。
「は?」
クリスが困惑していると、アダムがさらに続ける。
「かわいいね、君。未だに三歳くらいに見えるぜ。あー、アクスタあったら買ってる。いやホントに」
何かを思い出したアダムは、誰もいなテントの中をきょろきょろと見て、クリスの耳元に顔を近づけて言う。
「悪ぃ!!お年玉は持ってきてねぇんだ……帰ったら上げるからな!」
さらにさらに困惑するクリス。
たった三分前まで、真剣に革命の意義や王の存在について語っていた男とは思えないような豹変の仕方。
クリスはアダムを耳元から引きはがし、おどおどするアダムに言った。
「まず第一、俺にアンタの記憶は無い!小さすぎて覚えてないんだ。急に兄だと言われても困る!」
少し涙目になるアダム。
「それに!俺はそんな年じゃねぇ!!折角さっきまで武骨で大人びたカッコいい人だと思ってたのが……全部パー!!」
涙を拭うアダム。
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アダムはライの駒だった。
いかに幼少期のアダムにゼリクへの復讐心があろうとも、少年が軍人直々の厳しい訓練を乗り越えられるわけがない。
全ては忠誠の名の下、愛の無い生活を強いられた。
成長すれば、仲間と共に戦いへと出た。
その度に――生き残ってしまうアダム。
ジョージ国王とライ、二人だけで見れば主君と家来、信頼関係の作り出した美談かもしれない。
しかし、その犠牲になった人々がいる。
――アダムもその一人だった。
そんな彼にもたった一人、自分のことを慕ってくれる家族がいた。
それが幼子クリスだった。
彼にとっての“愛”は、今、ダイレクトにクリスへと届けられている。
届け方を知らないのだから、無理もない。
勿論、ルバモシの王のため戦ってきた。そして彼は同時に、唯一の家族の為に戦ってきたのだった。
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「――とは言えキモいわ!」
そこで、クリスの大声に驚いたシトラスがテントの入口を跳ね上げた。
だが、アダムは何事もなかったかのようにテーブルでふんぞり返っている。
アダムが眉間を抑え、シトラスに言った。
「どうした?シトラス。問題は無い」
無言でテントから出て行くシトラス。
足音が完全に遠ざかったのを確認してから、アダムはゆっくりとクリスへ向き直った。
「心配すんな……作戦はうまくいく……うまくいかねぇと……あいつらに顔向けできねぇからな」
とその時、クリスのポケットから声が聞こえて来た。




