第九十九話 北方征伐
クリスは国王ジョージに似て、逞しい目を持って生まれた。
ライはその目を見る度、ジョージの息子クリスへの忠誠を再確認していた。
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ジョージ、ライ、ハンス、ランファンが職務を終え、ジョージの家に戻ると妻アリスがクリスをおんぶして料理を作っていた。
「ありがとう。アリー。彼等に君の美味しい料理を食べさせてやってくれ」
ジョージはそう言い、コートを家のクローゼットに掛ける。
国王であるジョージの家は、広大な城でもなんでもなく、ただの平屋だった。
普通の家に普通の家具。
家の周りは王宮警察が警備していたが、一般市民と変わりない生活をしていた。
「あら、新しい大臣さんが来たのね」
アリスがそう言い、ライの方を見る。
「はい。軍事担当のライ・ナスギと申します。これからよろしくお願いいたします」
彼は深くお辞儀をした。
それを見たハンスはにっこりと笑うと、先に食卓へ座って言う。
「安心してほしいライ君。これは大臣になった者の通過儀礼。そんなに緊張することは無い……歓迎会さ。ジョージはむしろフレンドリーに接してほしいはずだよ」
政治補佐のハンスはライと同い年であるが、幼い頃からジョージと仲が良く、昔から政経大臣をしていた。
彼の手腕は天才的で、国民からの信頼も大きい。
ジョージですら、実の兄のように慕っている。
ライはそんな彼を尊敬していた。
そこに、トイレへ行っていたランファンが戻って来る。
「やったね!今日アリス様の手料理が食べられる日!私にとって一年で最高の日だ!」
獣人のランファンは外務大臣であり、快活な性格の中年女性だった。
そんな何も考えてなさそうな彼女だが、国王への忠誠心は本物だった。
ジョージ、アリス夫妻の言うことは絶対、さらにその底抜けに明るい性格で数々の外交を成功させてきた。
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大陸と隔てられた国家――ルバモシ。
この国の国王、ジョージと、そこに仕える三人の家臣。
軍事担当ライ
外交担当ランファン
内政担当ハンス
回想の主役は、この三人によって繰り広げられる冒険である。
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六人で食卓を囲んでいると、誰かが国王宅の玄関を叩いた。
ハンスが玄関まで行き、ドアを開ける。
リビングからは真っ直ぐな廊下で繋がっており、ジョージ達にも玄関が見えていた。
「国王!エクス軍がルーモン城を出発しました!密偵によると……目標はここ、ルバモシ」
それを聞いたライ達は席を立ち、警備もざわめき始めた。
そんな中でもジョージは冷静に考え、丁寧に分析する。
やっと中年にも差し掛かろうという年齢だったが、既にその貫禄は堂々たるものだった。
「そうか。隣国のフックに備えて軍を編成したのが間違いだったか。ビサがそんなにも軍事力を持っているとは思わなかった」
ランファンがさらに情報を加える。
「そうですね。おそらく彼等は元々ルバモシ、フック、イーリスも統治する予定だった……しかし、島国であることと、各国が軍を持たないことを理由に侵攻してこなかったのでしょう」
「ふむ」
「そして現在、我々が軍を配備したことによって、ビサは北方征伐の潮時とした……ってところですかね」
ライは頷き、国王に進言する。
これが正式な軍事大臣としての初仕事であった。
「はい。このまま三国落としきるつもりなのではないかと思います。相手は何万単位の兵力。こちらは約五千。とても相手になるような戦いでは……」
ランファンがその弱気な姿勢に対し、感情をあらわにする。
「何を!こちらはジョージ様の統治いたす御土地。それを易々と諦めろと言うのか!」
ランファンがライの襟を掴み、腰に帯びた太刀がテーブルにぶつかった。
「よせ!アリス様と、クリス様もいらっしゃるのだぞ!!」
ハンスが止め、二人を座らせる。
国王ジョージは落ち着いたまま、腕を組んで伝令兵に尋ねた。
「ここまで、どれくらいで来る?」
伝令は息を整え、ゆっくりと言った。
「ここまで、十日ほどかと」
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それからの九日間は途轍もなく長かった。
毎日会議を重ね、国民にも侵攻について知らせた。
国外逃亡するものはほとんどいなかったが、対抗できるほどの義勇兵が集まることも無かった。
国民はジョージの判断に全てを委ねる。
彼等の未来は、一人の男に託された。
最終的に、ランファンがエクス軍まで交渉しに行くこととなる。
ジョージがランファンを通して伝えたことは三つ。
1、降伏すること。
2、国民に一切手を出さないこと。
3、政治に関しては変わらずブレイブハート一族が行うこと。
――思いの外、この交渉はうまくいった。
エクス軍副将アオイは承諾すると、ランファンに大将エクス直筆の書状を渡して、ルバモシを正式にビサ領ルバモシ地区とした。
侵攻はこれで終わった――と思われた。
だが、現実は違った。
ビサ軍はそのままスカンディナビア半島付近まで来ると、諸島国への足掛かりとして、ルバモシへと軍を駐留させたのだ。
みるみるうちに食料は底を尽き、ルバモシの犯罪率は大幅に上昇。
そして、ジョージ国王にも魔の手が伸びていた。
「ジョージ様、今夜も各大臣の家々に怪しい人物が。もはや隠す気もないようです」
ライがそう言うと、ジョージが議会の廊下を歩きながら言った。
「そうだな。やはりルバモシでの私たちの統治は許さないらしい。あと、私にはタメ口でいい。ハンスもだからな。ランファンはまぁ無理だろうが」
ライは辺りを見回し、ジョージに言った。
「今夜、逃げませんか。戦略的撤退です」
しかし、ジョージはそれを聞き、顔を顰めた。
「駄目だ。私が逃げてどうする。国民が私を頼っているのに、それを置いて逃げることなどできない」
ジョージが少し先を歩く。ライはそれに小走りで追いつき、さらに耳打ちした。
「いえ、再起を図るんです。貴方はこの国の希望。貴方さえいれば、ルバモシは不滅です!!!」
ジョージは何か言いたげな顔をしたが、首を横に振ると議会の玄関から外へと出て行った。
♢
事件はその夜起こる。




