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第十話 ロランの好きな食べ物は氷

 屋敷の地下牢に入れられたクリスとロランは、薄暗い中金属製の檻に体当たりをして脱出を試みた。

 金属と身体がぶつかり、牢屋中に衝撃音が響く。


 しかし頑丈に作られた檻はビクともせず、ひたすらに二人の肩が赤く腫れていくだけだった。


「どういう事なんだ……ハンス爺さんは何を隠してたんだ」


 クリスは牢の中心で首を捻り、ロランも体当たりに疲れたのか壁にもたれて息を切らす。

 その時、ロランが壁に何か文字が書いてあるのを見つけた。


「うわっ、何だこれ!壁にびっしり……」


 彼が見つけたのは、壁一面に描かれたハリデへの恨み節だった。

 それも、一人で書いたものではない。

 様々な字体で、様々な高さで牢屋内に書かれていた。


「一体、ここで何人を拷問してきたんだ」


 触れば呪われてしまいそうな壁を前に、ロランがそう呟く。

 だがクリスはその壁を見つめながら、もう一つあることに気づいた。


「なんか壁、少し光ってね」

 

 クリスがそう言うと、ロランの目にも何となくそんな風に見えてくる。


――って、そんな馬鹿な


「……いや、ほんとだ」


 ロランは否定しようとしたが、本当に壁は僅かに光っていた。


 それは壁全体が光っているわけじゃない。

 ひび割れたすき間から、青い光がかすかに漏れているのだ。


 線にもならないほど小さな光。

 だが、この壁の向こうに、何か光るものがあるのは間違いなかった。


「ってことはさ……この裏に部屋があるってことだよな。割れば――逃げれるッ!」


 クリスは拳を振り上げ、思い切り力を込めて壁を殴った。


ゴッ!!


「いってぇえええええええええええええ!!!!!!」


 鈍い音だけを響かせ、案の定ビクともしない壁。

 がっくりと肩を落とすクリスだったが、ロランは俺にも任せろと言わんばかりに腕を振り上げた。


「僕もやってみるよ」


「イッテテテテ……やめとけよ、この壁ェ、鉄ぐらい固いぜ」


 クリスの忠告を聞きながらも、ロランは腕を壁に向かって突き出す。

 そして彼の拳の先が壁に触れる時、一瞬腕が巨大化したように見えた――と思うと同時に、壁が爆音を立てて崩れ去った。


ドッコォォォォォォオオオオ!!


 ガラガラと粉塵を巻き上げながら落ちていく瓦礫を前に、クリスは口をあんぐりと開けてロランを見た。


「やってみなきゃわかんないだろ?」


 ロランはそうにこやかに言うと、隣の部屋へと歩き出した。





 牢屋の隣にあった部屋は、奇妙だった。

 家具らしいものは一切なく、左右の壁に扉が一つずつあるだけ。広さも中途半端で、何に使われていたのか想像がつかない。


「……何の部屋だ、ここ」


 クリスの呟きに、ロランは周囲を見回したまま首を傾げる。


「地下にあって、扉が二つあるだけの部屋……分からないな」


 部屋の中央には、一つぽつんと箱が置かれている。

 木箱はひどく傷んでおり、角は欠け、金具も錆びていた。その隙間から、かすかな青い光が漏れている。


 青色だ。


 二人は嫌でも、屋敷の中央で見た光景を思い出す。


 彼らは顔を見合わせ、言葉を交わさないまま箱に近づいた。

 同時に、蓋へと手を伸ばす。


 軋む音を立てて開いた箱の中にあったのは、小さな石だった。


 屋敷の中央に鎮座していた、あの巨大な青い石。

 それとまったく同じ色、同じ輝き。ただし、大きさだけが違う。


 そして蓋の裏側に、掠れた文字が残っている。

 長い年月に晒されたのだろう、ロランは判読に少し時間がかかった。


――アルマト石。


「あれ……これって」


 ロランが眉を寄せる。


「アルマト・クータスの石じゃないの?」


 その言葉に、クリスは石と文字を交互に見てから、目を細めた。


「いや、屋敷で見たやつより小さいし、こっちには“クータス”の文字がない」


 指で箱の縁をなぞりながら、続ける。


「……もしかしてさ。あっちはクータスの石で、こっちはアルマト石じゃねぇの?」


 一拍、間を置いてロランが呟いた。


「ってことは――二つとも、伝説の石ってことになるのか?」


 言葉を継ぐ前に、屋敷の方から叫び声が響いた。


 男の声。

 若く、張りのある声だったが、痛みに歪んでいる。


 すぐさま二人は顔を上げた。


「……拷問か?」


 考えるより先に、クリスがアルマト石を掴んで立ち上がった。


「助けに行こう」


 部屋を見回す。

 左右に、二つの扉。


「分かれるしかないね」


 ロランが即座に言った。


「クリスは右。僕は左……またここで落ち合おう」


 互いに一度だけ視線を交わし、次の瞬間、それぞれ別の扉へと踏み出した。


 その時、クリスはまだ気づいていなかった。

 握ったアルマト石が光り、ある場所へ情報を発信していたことに。



 ♢



 左の扉を進んだロランは、囚われていた場所とはまた別の地下牢へと歩みを進めていた。

 牢の中には誰もいないが、つい最近まで誰かがいたであろう痕跡や飛び散った血が拷問の恐ろしさを物語っていた。


 ひどく冷たく、暗くて、まるで地上とは別世界のような気味の悪さに気分が悪くなるロラン。

 しかし、それでも彼は勇気を振り絞って先へと進んだ。


「やめて!!」


 その時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ピュラの声だ」


 ロランはそう呟くと、声のする方へと向かった。


 彼女がいたのは、この地下牢の入り口辺りだった。

 丁度、地上から降りてきた赤い絨毯が途切れ、冷徹な石畳へと変わっていく狭間。

 

 地上から差し込む陽光の中、ロランは三人の人影を見た。


 そこにいたのは、領主ハリデとピュラ、そして一人の青年だった。


「ヤクブは何も悪くないわ!昔から仲が良かったのよ!石なんて関係ない」


 ピュラがそう叫ぶと、ハリデは()()()()に血管を浮かばせて言う。


「いいや信じられん!家族以外何も信じられんのだァ!!」


 そしてハリデは腰に帯びていた短剣を抜き、ヤクブ――ピュラの婚約者であろう青年に向かって振り上げる。


「待て!娘を信じる気はないのか!」


 ロランはハリデに向かって叫んだ。


 地下牢から現れたロランに驚くハリデだったが、すぐに余裕を取り戻して言った。


「脱獄したか犯罪者め……。君には関係のない話だ。私がその喉を貫く前に消え失せろ」


「お父さん、何を言っているの!やめて!」


「元々、お前は吸血族でヤクブは人間、結婚できるはずがないのだ!それを分かって結婚式から逃げて来たのだろう」


 その一言にロランは驚いた。


 ピュラと共に屋敷まで歩いて来たが、吸血族特有の血なまぐささは感じなかった。

 目も赤くない。


 本当に吸血族か……?


「いや、違う――そんなことより、彼女が吸血族ならマズい。その親父も吸血族じゃないか」


 ロランは頭の中で考えていたはずだったが、自然と口から言葉が漏れ出ていた。


「まだいたのか小僧。正解だ、私は誇り高き吸血族」


 ハリデは、彼の象徴ともいえる瓶底眼鏡を外し、地下牢へと投げ捨てた。

 度の強い眼鏡の奥にあったのは、今にも燃え上がりそうなほど赤い瞳。


 やはり彼は純血の吸血族だった。


 優しそうな印象ががらりと変わり、彼が地下牢の石畳へと足を踏み入れた途端、周囲の温度が下がったように感じた。


「残念だな。早めに逃げていれば助かっていたものを……」


 ハリデはそう言うと、短剣をロランの鼻先へと向けた。

 ロランは恐怖で顔を歪ませ、声にならない叫びをあげる。


「あ、あぁァ」


「これで終わりだ。名もなき獣人の少年よ」


 ハリデが剣を握る拳に力を込めたその時。


――ドッカァァーーーーーーーン!!!!


 爆音と共に崩壊した地下牢の壁。

 そこから出て来たのは、拳を赤く染めたクリスだった。


「暴力を振るう奴ァ俺がぶっ飛ばす!!」


 ハリデが振り向くと同時。

 踏み込みざま、クリスの拳がそのまま吸血族領主の顔面を捉える。


 その瞬間――右手に握られていたアルマト石が、脈打つように青く輝いた。


 鈍い衝撃音。

 ハリデの顔が、物理的な意味で歪む。


「剣なんか持つんじゃねぇ!!」


 次の瞬間、彼の身体は宙を舞い、反対側の壁へと叩きつけられていた。

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