7:学院の日々2
「ねえ、今度の闘技大会、レオは剣術と体術、両方出るんだよね?」
「カトリーヌは出ないの?」
「うーん、出ても勝てる気がしないからさぁ‥‥」
レオノーラの顔を見つめて、思案気な表情でカトリーヌが返す。
「むしろ、剣術も体術も両方出ようだなんて、そっちの方が驚くけど」
「確かに上級生もいるし、勝つのは難しいだろうけど、こんな機会は滅多にないから。これからの技術向上の為に経験を積もうかなって」
「相変わらず前向きな優等生ね 」
レオノーラは、騎士科の仲間たちと大浴場の湯気の中で、日々の鍛錬の疲れを癒していた。
「ルグレンは剣術だけに出るの?」
カトリーヌが、湯船に浸かって目を瞑っているルグレンに話しかける。
「レオが両方出るって言うから迷ったけど、私は器用じゃないから、少しでも良い成績が残せる方に集中しようかなって 」
年に一度、初夏に行われる闘技大会は、全学生が参加できる一大イベントだ。学年や科を超えてトーナメントが組まれ、一度でも予選を勝ち抜けば実技の評価点が加算される。
「私は大会後の交流会が楽しみ。レオとルグレンの応援、頑張るわね 」
オレインがふふっと笑った。闘技大会が終わると、優勝者の祝祭を兼ねて、夜会が開催される。
「オレイン、また誰か狙ってるんでしょ?」
カトリーヌがニヤニヤしながら言う。冬の神聖祭の交流会で、オレインは上級生の男子にお持ち帰りされ、7日間の休暇中一度も自室に戻らなかったのだ。
「あれ、この間まで一緒だったリオンさんは? もう興味ないの? 」
レオノーラは、先日までオレインにべったりくっついていた貴族科の3年生を思い浮かべた。
「うーん、完全に切れたわけじゃないけど、あの人も卒業しちゃうしね。今仲良くしている方々も、夏の終わりには卒業して学院を出て行っちゃうから、新しい仲良しを見つけないと。レオと同じで、できる限り経験を積みたいのよ 」
オレインは、さらに艶やかに微笑んだ。湯に浮かぶ彼女の白くて柔らかい胸が、笑みと共に揺れる。ちなみに、レオノーラの胸は湯に浮かびすらしない。
レオノーラは、男女のあれこれについてそれなりに理解していた。馬の種付けを見て育ったこともあり、学院では性教育の授業もあった。
着替えをしながら、ルグレンがレオノーラに目を向けた。
「レオ、それ、また、新しく作ったの?」
「うん、体術で背中を反らすと前がずれちゃうから、肩紐をつけてみたんだ。今までのと太さを変えて、どっちが楽か試してみてるところ 」
三人が「へぇぇ~~」と感心したように眺めた。
「レオが作ってくれたこの胸当てもすごく着け心地がいいけど、それも良さそうね。また作ってよ。時間があるときでいいから 」
カトリーヌが自分の胸当てを触りながら言った。
「そうそう、確かに背中を逸らすと胸がブルンって出ちゃうよね~~」
ルグレンが笑うと、三人は「そうそう」と笑いあった。レオノーラは心の中で『いや、ブルンじゃなくて、ズルンって腰に落ちるんだけど』と呟きながら、3人に「ははは」と同調してみた。
・・・・・・・
大広間での夕食後、アビエルとアルフレッド、貴族科の数名と寮までの回廊を歩きながら、今度の大会の話題に花が咲く。
「貴族科からも体術に出るやつが結構いるんだよね。できれば、貴族の方々にはワルツだけ踊っていてほしい‥‥」
くぅぅ‥‥っと呻きながら、アルフレッドが言う。
「まぁ、そう言うなよ。貴族科だって、騎士科の見目麗しい騎士様に舞踏会で令嬢をさらわれるのを我慢してるんだ」
貴族科のルートリヒト=グリエルド伯爵子息が、意味ありげにレオノーラに微笑んだ。
「あれは、レオが悪い。貴族令嬢を根こそぎ持っていったのはレオだけだろう?」
アルフレッドがプリプリと怒りながら訴える。
「いいのよ。レオ様は、貴族科の令嬢たちでちゃんとルールを守って崇めているんだから」
レオノーラの腕に縋り付き、ピンクゴールドの髪を揺らしながら、はしゃいでいるのはコルネリア=アイリス=ローズレイト、侯爵家の令嬢だ。
「ちょっとコルネリア、抜け駆けは禁止でしょ?」
反対の腕にルイーズ=トレイル伯爵令嬢が同じように縋り付く。レオノーラが、あはは、と笑いながらアビエルを見ると、彼は生ぬるい苦笑いを浮かべていた。
アビエルの部屋で皆でカードゲームをしながら、大会の話題は続いた。
「まぁ、体術の優勝は3年のゴドリックさんじゃないかな。あのゴツい体は人を超えてるしな。クマだよ、北の国のクマ 」
アルフレッドが言った。ゴドリック=グレイ=クレイン、貴族科の3年生で北のクレイン辺境伯の嫡子だ。
「でも、騎士科のストレインさんも強いよね」
ストレイン=クリーボフ、ローズレイト侯爵領の騎士見習いで、騎士科の2年生だ。彼はコルネリアの兄の従者として入学している。
「アルとアビエルは順当に勝ち上がるとして…レオ様は大丈夫なの?トーナメントでゴドリックさんみたいなのと当たっちゃったら、ひとたまりもないんじゃない?その細いお首、大丈夫かしら?」
コルネリアが心配そうに、レオノーラに視線を向けた。
「レオは強いよ?組み技をかけられちゃうとジタバタしてるけど、大体そうなる前に相手を倒してるから」
アルフレッドがカードから目線を動かさずに鼻息混じりに答えた。
「レオニーの体術は速さがあるからね。大きい相手をうまくあしらって倒すのがすごいところだな 」
アビエルがレオノーラの方を向いて微笑みながら言った。
「でも、今日、体術の授業で首と腕を握られて吊り上げられてるの見た時、レオに勝つにはこの手があったか!って思ったよ」
アルフレッドの言葉に、アビエルの眉間に皺が寄った。
「ふふふ、皆さんに絞められた鶏みたいだって言われてしまいました」
レオノーラが自嘲気味に笑った。
「やだ、何それ怖い。レオ様、その白い美しいお首に痕はついてない?」
コルネリアが心配そうに尋ねた。
「ご心配いただきありがとうございます、コルネリア様。顎の下に少しアザができたくらいです。掴まれた手首を反対に捻って、ちゃんと抜けられましたし 」
「そうそう、すごかったよ。手首を捻ったかと思ったら、体ごと回転して、気づいたらトルードがひっくり返って地面にへばりついてた。」
トルードとは対戦相手の騎士科の同級生だ。
「ほら、上がりだ。次はレオニーも入れ」
アビエルが自分の席を空け、レオノーラに促した。
「カードゲームは苦手だって言ってるじゃないですか‥‥」
困った顔で言うと、ルートリヒトがカードを配り直しながら微笑んだ。
「優等生のレオを負かす唯一の場だろう?俺たちにも少しはいい気分を味わわせてくれよ 」
仕方なく席についた。配られたカードを手にどうするか悩んでいると、アビエルが横から覗き込む。
「こいつとこいつを置いておけ。後は、どれを捨ててもいい 」
「ちょっと、なんで二人がかりでやってるのよ。私だってレオ様と組みたいんですけど!」
ルイーズが口を尖らせて言った。
「君たちは、レオニーに関して協定があるんだろう?争いを避けるには、第三者による仲介で上手に協定は守らなきゃな。不正はしないよ」
アビエルはニヤリと笑いながらそう言うと、ソファの背もたれに肘をつき、レオノーラの背後からカードを覗き込んだ。耳元に顔を寄せて、周りに聞こえないほどの小さな声でアドバイスをくれる。
「ほら、アルが捨てているのはスペードとクローバーばかりだろう?しかも絵柄のないやつ。コルネリアもスペードを捨ててる。ということは、彼らが探しているのはそれ以外だ。そして、それが中央の取り札にまだ残ってる。だからそれを狙って」
風呂上がりの石鹸の香りが、ふわりと彼の揺れる髪から漂う。レオノーラは、奮闘したものの、大負けこそしなかったが、勝利もつかめなかった。どうやら、カードゲームの才能は無いらしい。
皆が自室に帰った後、ティーセットを片付けていると、アビエルに肩を掴まれた。
「さっき見たら顎の下に指の跡がついてたぞ。少し冷やした方がいいんじゃないか?」
「大丈夫です。見えない場所ですし、またすぐにアザがつくでしょうし 」
ヘラっと笑いながら返すと『まぁ、見せてみろ』と彼が顎を摘まんできた。
「首は実戦では致命傷だ。鍛錬では手加減もあるだろうが、実戦では逃げられない。危ない時はまず顎を引け 」
そう言って、彼が顎をぐっと押さえると、レオノーラの唇がうっすらと開いた。声が出ない。ふと、アビエルの耳の後ろに小さな羽毛がついているのが見えた。思わず手を上げて、それを取ろうとして、アビエルの額がレオノーラの鎖骨にコツンと当たった。
「あ、すみません。羽がついていて‥‥」
体を離して、灰色の水鳥の羽を見せる。一瞬、アビエルの瞳がゆらめいたように感じたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「さっきクッションにもたれた時についたんだな 」
そして、アビエルに、大会まで、体術も時間を作って一緒に鍛錬することを提案された。
部屋に戻り、寝衣に着替えて翌日の課題をし始めたレオノーラは、自分の為に時間を作ってくださるとは、アビエル様は本当に思いやりのある主君だと心から感謝していた。
丁度その時、さっきの出来事を思い返しながら、隣の部屋で自分の主君が悶々としているなどとは、露ほども思いもしなかった。
もし、このお話を好きだ!と思ったらイイねやブックマークを!
気になる、気に入ったと思ったらコメントや評価☆☆☆☆☆,をお願いします。大変喜びます♪




