第1話 ある朝の日常(202X年8月3日)
おかっぱオーガ少女サクラを保護して数日後の朝。
僕は体育館の出入り口付近、生産スキル持ちのスペースの前でぼんやりしていた。
ここは【鍛冶】【革細工】【木工】【裁縫】などなど、様々なスキルを持った生徒たちが寄り集まっていて、素材と魔石を渡すとアイテムを作ってくれる。
ゲームの街みたいで面白いよね。
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『あ、桧川先輩……おはようございます』
毎朝ここで声をかけてくれるのは、中等部の布袋さんだ。初日にオークから救出したときには18禁な目に遭って正気を失っていたけれど、中等部リーダーの『最上 乃愛』さんをはじめとするみんなの力で、こうして無事に復帰を果たすことができたんだ。
彼女は【裁縫】スキルを持っている貴重な生き残りメンバーだよ。
『みなさんの服、準備できてます!』
『いつもありがとうね』
僕らは制服――外で戦うときの衣服を彼女に預けている。
世界に異変が起きてから一か月以上が経過して、もはや数えきれないほどの戦闘を経験してきた僕らだ、もちろん身に着けている服も相応のダメージを負っている。
そんな服を【裁縫】スキルを持つ布袋さんに預けておくと、翌朝までに破れやほつれを直してくれるし、きれいに洗濯だってしてくれる。【裁縫】って、衣服をはじめとする布系装備のメンテナンス能力もあるんだ。
『そんな、みなさんにはお世話になってますから』
だから、彼女はここに居を構えている。
避難できた生き残りの数は少なくて、体育館はスペースが余っているから、生徒会の許可が下りたら、生徒は自分が寝泊まりする場所を動かすことができる。
でも、体育館の出入り口周辺って人気がない。万が一モンスターが襲撃してきたら、いの一番に襲われるからってのが最大の理由なんだけど……布袋さんはあえてこの場所を選んだ。モンスターと戦って戻ってきた僕らが必ず通る場所、モンスターと戦うために僕らが必ず通る場所、それがここだからだ。
ここで僕らから装備と料金(魔石)を預かって、布袋さんは【裁縫】スキルを使う。こうやって彼女は自分のスキルのレベル上げをしている。布袋さんは魔石を温存できる、僕らは装備のメンテナンスを任せることができる。お互いにWin-Winの関係だ。
いきなり彼女がここでお店(?)を始めたときにはびっくりしたけど、理由を聞いて納得。むしろ感心した。布袋さんは僕たちとは違うアプローチでこの世界の攻略を始めているんだ。これは応援しちゃうでしょ。
彼女に呼応して他の生産スキル持ちも動き出した。その結果、この場所が職人街として活気を得るに至ったわけだ。その発想は僕にはなかった。
『先輩たちの装備、ぜんぜん作れなくてすみません』
『気にしなくていいって』
むしろ僕らが気にすべき。
布袋さんは服の預り所とメンテナンスだけをやっているわけではない。ちゃんと自分のスキルで装備品を生成して売りに出している。僕らが買ってないだけ。
――僕ら向けの装備品、かぁ……
思い返してみると、僕らって食事がらみ以外だと、あんまり買い物しないんだ。亜衣さんがロングソードを研ぎに出したり、白鈴がオークの手甲を自分の手に合うように仕立て直したり、せいぜいそれくらい。僕、真都さん、プリムは何も買っていない。あまりいい客じゃないな?
それどころか【万象の書】で装備品のカードを引いちゃう僕って、ひょっとして営業妨害しているまであるかも。
『ほら、桧川はあっち行け』
真都さんの声は冷たかった。
女子の服の買い物とか、男がいちゃダメですよね。知ってる。
……というわけで、体育館の入り口近くで腰を下ろし、は~っとため息をついてバインダーを開いて現在に至る。
★
――ま、まぁ……僕はカードさえあれば、時間なんて無限に潰せますし?
ひとりで置き去りにされて寂しい。
それを口にしないだけのプライドは僕にもあったようだ。我ながら意外。
「珍しいじゃねぇか、ひとりか?」
頭を上げると、護道くんが覗き込んできていた。
いつも変わらず迫力ある顔立ちだけど、以前ならともかく、今の僕はビビったりはしない。
なんだかんだ言って一緒に戦ってきた仲だし、彼がとても信頼できる人物であることは十分すぎるほどに知っているしね。
彼の背後には馬場くんと風間くんもいた。いつもの護道チームだ。
「まぁね、護道くんたちはゴーレム?」
「そのつもりだ。お前は?」
「僕らはアンデッド」
「なぁ、たまにはこっちに来ねぇか?」
「荷物持ちに使おうって魂胆が見え見えなんですけど」
護道くんたちが狙っているゴーレムは西に群生するトレントのさらに向こう、採石場のあたりに出没する石や金属でできた人型のアレ。倒すと鉱石とかの素材をドロップする。【鍛冶】スキル持ちが現れたことで脚光を浴びているモンスターだ。
ただし、鉱石系のアイテムは重くて持ち運びに苦労する。そして、その手の荷物運びに大活躍するのは、もちろん僕の【万象の書】だ。
「封魔の結晶はあった方がいいだろ」
「そりゃ、そうなんですけどね」
僕のカードにもある封魔の結晶は、ゴーレムのレアドロップである結晶を【錬金術】で加工して作ることができる。現物を手持ちしておけば、僕がいなくても魔法を打ち消すことができるようになるわけで、これの備蓄も優先順位はかなり高い。魔法使ってくるモンスターって厄介だからね。
「亜衣さんが嫌がるんだよなぁ」
ゴーレムは硬い。亜衣さんが使っているのはオークから奪い取ったロングソードで、決して強力な武器とは言えない。前に試しに戦ってみたらアッサリ折れちゃって、亜衣さんは某演劇マンガのヒロインみたいに白目をむいていた。ゴーレムは白鈴や護道くんみたいな【格闘術】や【打撃】あたりと相性がいいんだ。
「パーティは柊あたりに任せりゃいいだろ」
「う~ん」
どうなんだろう?
プリムは僕から離れると消えてしまうからなぁ。僕がいないとなると、亜衣さんと白鈴、真都さんの3人だけになってしまう……十分に強いな。ほかのメンバーを加えたら普通に戦えるような気がしてきた。
でもなぁ……
「竜司、その辺にしとけ」
「そうだな。悪ぃ、桧川。つまらんことを言った」
「別にいいよ。そういうことを考える時が来るかもしれないし」
馬場くんに諭されて護道くんはおとなしく引き下がった。
舎弟と言っても、馬場くんも風間くんも別に上下関係があるって感じじゃない。単に護道くんに惹かれて傍にいるって感じ。風通しがいいチームなんだな。男同士のそういう関係、ちょっと憧れる。
「で、何やってんだ桧川は?」
「僕? 僕は女子の買い物を待ってるところ」
露骨な話題転換助かる。
職人スペースを指さすと、馬場くんが慨嘆した。
こうして遠くにいるのに、あそこからは華やかな声が聞こえてくる。その一方で風間くんが切なげな表情を浮かべていた。
「羨ましい……」
「いつの間にかリア充の仲間入りしやがって」
ひょっとしたら嫉妬されているのだろうか?
もしそうなのだとしたら、なかなか貴重な体験じゃないか。貴重なだけに、どうリアクションすればいいのかわからないけど。
「……それに比べて」
さっきからキンキン声が喧しい。護道くんたちもそっちを見てため息をついた。IIFCがふたつに分かれて揉めている。片方の先頭は綾香で、もう片方は知らない人。いつもの光景とは言え、ちょっとうんざり。
「アイツらには関わらん方がいいな」
「だね」
だからお願い。
一之瀬くん、こっち見ないで。
そんな捨てられた子犬みたいな顔されても、どう反応すればいいかわからないよ。




