第10話 星空のもとで、乾杯!
「それではみなさん、不肖この僕こと『桧川 拓郎』が乾杯の音頭を取らせていただきます……乾杯!」
「「「「「「乾杯!」」」」」」
夕闇が迫り、空には星が瞬く体育館前。思い思いの場所に腰を下ろしたみんなが手にしていたカップにはジュースがなみなみと注がれていた。生徒会が貯蓄していた魔石を放出し、円城会長の【AMAZ〇NES】で購入したものだ。以前は簡単に手に入っていたジュースが、今や貴重な嗜好品へと変貌してしまっている。つくづく世界は変わったのだと思わざるを得ない。
オーク戦の後始末を終えた僕たちは――贅沢することにした。時刻が夕暮れに差し掛かっていたこともあって、ちょうど手に入れたばかりの『BBQセット』を使ってみることにした。
BBQねぇ、気が乗らないなぁ。
そう思っていた僕は、わずか5分で手のひらをグルングルンと回転させた。
「あったかい飯、うめぇ」
「カレー、最高過ぎるだろ」
「うう、生きててよかった……」
セットって、食べ物だけじゃないんだ。
グリルとかデカい鍋(ダッチオーブンとか言うらしい)とか、焚き火台まであった。薪もあれば着火剤もある。『焚き火って地面でやるものじゃないの?』って聞いたら、四方八方から生暖かい眼差しが返ってきた。解せない。
で、その鍋で沸かしたお湯で湯煎したのが、僕が頬張っているカレーなわけだ。これ自体は災害備蓄として保管されていたものだけど、ジュースだけじゃなくって火を起こすことすらも贅沢になった今では、熱いカレーを食べるのもひと苦労だ。はぁ、電子レンジが懐かしいよ。
「はふ、はふ……うま」
本当に美味しい。熱々のカレーってこんなに美味しかったんだって感動する。もちろん、カレーだけじゃない。何と言ってもBBQだからね。普通に肉とか魚とか野菜とかいっぱいある。僕はこの手のアレコレには詳しくないけど、BBQ慣れした陽キャな有識者たちが言うには、だいたい10人分ぐらいとのこと。
BBQは戦闘に参加したメンバーで分けた。参戦者は50人ぐらいなので、ひとり当たりの量はかなり少なくなったものの、みんな感動しているから野暮なことは言いっこなしで。それ以外の人たちにも、グリルや鍋を総動員して温かいものが配られた。
引いたときはクソカード(高レアのハズレは筆舌に尽くしがたいレベルでムカつく)だと思っていたけど、嬉しそうに肉を頬張る王さんたちを見ていると、できればもう一枚ぐらい当てられないかなって思うよ。期間が終わるまでにもうちょっとチャレンジしてみようか。食料生産能力を持っているってのは、サバイバル環境では圧倒的な優位だわ。
――【万象の書】か……
僕は手元のバインダーをじっと見つめた。オーク・キングと戦ったときと同じように。自分の腕を食ってパワーアップしたとしか思えなかったアイツは、明らかにこのスキルが表示するテキストを逸脱していた。
『アイツがお前のスキルを超えてきたからなんだ? お前のスキルを超えたアイツを、お前が超えればいいだけだろう!』
篁さんはそう言ってくれたけど、僕は自分のことをそんなにたいした人間ではないと思っている。でも、なんだかんだ僕はこのスキルが気に入っていることは間違いなくて。何が言いたいのかよくわからなくなってきたな。まぁ、いいか。コンゴトモヨロシク。
「食べてるか、桧川」
「篁さん、お疲れさま」
篁さんが隣に腰を下ろし、カレーを食べ始めた。ちなみに反対側にはプリムが陣取っている。彼女は肉が嫌いとのことで、もっぱら野菜と魚介類ばかり口にしている。
「美味しい?」
「はい、とても」
すぐに柊さんと王さんも合流して、なんだかいつもと変わらない夕食だ。みんなで食べるご飯は、ひとりで食べるよりもずっとおいしい。
『あの戦いは僕が命令したってことを忘れないで』
意識を取り戻してすぐのことだ。傍に控えていたプリムに真っ先にそう言った。あの戦いってオーク・キング戦のこと。父殺しは僕が指示したわけで、この子が悪いわけじゃない。カード化されているプリムは僕の命令には逆らえないんだから。
プリムは大きく目を見開いて――花がほころぶような笑みを返してきた。果たして、答えは返ってこなかった。
『わかった?』って念を押したのとほとんど同じタイミングで柊さんのストンピングが頭に突き刺さったの、なんなのさ。結局プリムに確認できてないし。
「なに、桧川」
「何でもないです」
柊さん、ご機嫌斜めか?
MPポーション飲ませまくったのがマズかったか?
とてもじゃないけど聞けるような雰囲気じゃないな。それぐらいは空気読める。
「勝ったね、先輩」
「最初に作戦聞いたときには、こんなに上手く行くとは思ってなかった」
「正直、出来すぎだろって思ってる。これからもっと厳しい戦いになるかもしれないし、気を引き締めないとね」
『オレ、スーパー軍師!』とか調子に乗る気はない。悪い意味で想定を超えてしまった部分はいくつもあって、それだけ多くのピンチが訪れた。死者を出さずに勝ち切れたのは、ひとりひとりが頑張ってくれたおかげだ。
「……今日ぐらいは調子に乗ってもいいと思うぞ」
「タクローさま、それは謙遜が過ぎると言うものです。これほどの大戦果ともなれば、英雄と呼ばれることになっても、おかしくはないのですよ」
「ありがとう、気持ちだけもらっておくよ」
みんなが揃って頬を膨らませた。
あんまり煽てないでほしいな、僕はそういうの慣れてないんだ。
少し離れたところからヴァイオリンの音色が流れてきた。そちらに目を向けると一之瀬さんが演奏していて、傍では舞坂さんがダンスを披露している。
平和、勝利……そういう単語が脳裏にこだまする。
「泣いている人、いるね」
「悪い涙じゃないさ」
「……そうだね」
僕は耳にしていないけど、初日の夜は悲嘆にくれたすすり泣きが止まなかったらしいと後で聞かされた。今日の涙は違うと思う。世界がこんなになって、それでも自分たちは生きていけるという自信を得た。そのことに感動しているのだと思いたい。
レベルを1以上に上げた人は全体の半分近く、裏を返せば僕らはまだまだ伸び代を残しているってことだ。
うん、ここはポジティブに考えよう。
「桧川は、これからどうするつもり?」
「そうだね……そろそろ学園の外に出てみようって考えてる」
「さっすが先輩、言うと思った」
「ま、そろそろ校内では物足りなくなってきたところだしな」
それもあるけど、それだけでもない。
いつまでもここに引き籠っていられない。僕らに続いてレベルアップする人たちが増えていけば、近場のモンスターが狩り尽くされる。さらにレベルを上げようとするならば、新しい狩場の開拓はマストだ。
あと、今はまだ口に出さないけど……外には誰か生き残りがいるかもしれない。
「スキル上げに付き合う必要もあるな」
「それもあったか。僕の装備以外で、スキル付きのアイテムとか手に入らないかなぁ」
「生産系のスキルが伸びてきたら、作れるようになるんじゃない?」
「確かに。ここは腰を据えてじっくり行きますか」
世界がこんなになって、初めて大きな勝利を得たんだ。
今は僕らが勝ち取った平和を噛み締めよう。それぐらいの贅沢は許されるよね。
――しばらくは大きな戦いもないだろうけど、明日からも頑張らなきゃね。
見上げた空に輝く星々が、僕たちの勝利を祝福するように瞬いた。
よくわからないけど、きっとそう。
【第1部完】
ここまでお読みいただきありがとうございました。
これにて第1部完結となります。
第2部は現在執筆中となりますので、しばらくお待ちいただければと思います。




