第1話 辿り着いた体育館で
オーク・ジェネラルとの戦いで疲労した身体を引きずって辿り着いた体育館、その中を一望した篁さんが呟いた。
「これだけか……」
「……」
僕は無言で頷くことしかできなかった。
我らが『私立陽明学園』の体育館は地上3階の地下2階建て。さすが名門私立、金がかかってる。学校の施設内で籠城するならここが一番適しているという見立ては間違ってない。備蓄食料に加え、地下には水で満たされたプールもある。上の階を使えば男女に分かれて眠る余裕もある。
その1階、広大なメインアリーナには、生き残りが力なく座り込んでいた。
泣いている生徒。
スマホを何度も確認している生徒。
呆然としている教師たち。
その数が明らかに少なかった。ウチの生徒は三学年全体で千人ぐらいいたはずなのに。教師を合わせればもっと多いはずなのに。
パッと見た感じでは百人ぐらいだろうか。数字を口にするのが怖かった。
――そう言えば、ここにはモンスターは出てこなかったのかな?
ぐるりと見まわしてみても、戦いの痕跡がない。
先頭を切って突入した一之瀬くんが全部倒したのかもしれない。
モンスターって倒すと魔石だけ残して消えちゃうから、その辺の見分けがつかないな。
見上げた天井には明かりが灯っていて……でも、遠からず消えるであろうことは容易に想像できた。発電所にせよ電線にせよ、とても無事とは思えない。
電気がない生活なんて……マズいよなぁ。
――その辺は、今考えることじゃないか。
まずは目の前のことだ。
いきなり遠くを見ようとすると、足元の小石に蹴躓いてズッコケるのがオチだからね。
壁にかけられた時計に目を向けると、午後3時を回っていた。異変が起きたのは正午あたりだったから、あれからまだ3時間しか経過していないのか。その3時間でどれだけの人が死んで、どれだけの人が生き残ったのだろう?
日本中で、世界中で。
まさか僕ら以外全滅ってことはないと思いたい。
生き残っている人はいるはず……生き残りがいたとして、全員で手を取り合えるとは限らないけど。
……って、ダメダメ。
繰り返しになるけど、今は目の前のことを考えなきゃ。
「それで、何人ぐらい生き残ったの?」
「さぁな。生徒会あたりが数えてるんじゃねぇか」
「生徒会、残ってるんだ?」
「円城と飛車角は無事だ」
護道くんは憮然としたまま金色に染めた頭をボリボリと掻いた。
生徒会長の『円城 環』先輩、副会長の『飛田 誠』先輩、書記の『門真 香織』先輩。
三人は生き残っていて……後の役員はダメだったわけか。
護道くんが言うには、この異変が始まった段階で彼らは講堂にいたとのこと。
モンスターが出現して、近く――グラウンドや部室棟あたりにいた生徒たちが避難してきて、『立て籠もるなら体育館の方がいいんじゃないか?』って話になって、あの脱出劇につながったらしい。
――籠城するなら体育館って考えるのは僕だけじゃなかったか。そりゃそうか。
先頭は一之瀬くん、しんがりは護道くん。
他にもレベル1に上がった生徒が何人かいて、彼らがみんなを守ってここまで来た。
「戦える人、他にもいるんだ?」
「ああ、モンスターを倒した奴らだ」
「それ以外は?」
「モンスターを倒さないとステータスウィンドウが開かないみたいだな」
ウィンドウが開かないイコールレベル0、戦力にならない。
避難してきた連中の大半はレベル0だ。
護道くんはそう続けた。
「……詳しいね、護道くん」
「うるせぇ」
ゴチン。
後頭部にゲンコツをもらった。
え、それ……さっきオークを殴り倒したこぶしですよね?
「桧川……あ~、まぎらわしい。お前の従姉妹も無事だ。アイツ、ずっと一輝のそばにいたからな」
護道くんに気を遣わせてしまった。
従姉妹の綾香は、さっきの集団に混ざっていた模様。
それにしても綾香のやつ、ずっと一之瀬くんの傍にいたって……彼にあこがれて、それまで全然興味のなかったサッカー部にマネージャーとして飛び込むだけのことはある。あとで一之瀬くんにもお礼を言っておいた方がよさそうだ。
――きっと守ってくれてたんだろうし。
一之瀬くんは、そういう人だ。装備だけじゃなくて本人まで眩しいよ。
まぁ、今は綾香より一之瀬くんの方が気になるよね。
特にピカピカの剣と盾が。
「教えてくれてありがと。あの一之瀬くんの剣と盾について何かわかってることは?」
「あ? アレな、【勇者】とかいうスキルなんだと」
「へぇ、【勇者】かぁ」
そんなスキルあるんだ。ますますゲームっぽい。エクストラスキルかな。
【勇者】があるってことは【聖女】とか【賢者】とか【剣聖】とかもありそうだ。
……なんか、僕の【万象の書】だけジャンル間違ってない?
「剣と盾を呼び出せる。『聖剣エクスカリバー』と『イージスの盾』だったか」
さらに『ブレイブハート』という強力な自己強化能力を有していると護道くんが呆れ交じりに続けた。
エクスカリバーとイージスって、名前からして強すぎる。
「レベル1から最強装備とか、完全にチートじゃん」
「桧川が言っても説得力ないぞ」
篁さん、ぐうの音も出ない正論パンチはやめて!
僕の【万象の書】は、なんかこう、ちょっとアレなスキルだから。
魔法カードを引こうとしたら地形カードがすり抜けてくるとか、ホント勘弁してほしい。
カードは余裕があるときに引くことにしよう。
「こんな有り様だ。強いに越したことはないだろうよ」
「それはそう」
こちらの成り行きも伝えておいた。
第1校舎から第3校舎までに、僕ら以外の生き残りはいないことを。
僕の言葉を黙って聞いていた護道くんは、グッと奥歯を噛み締めて、そして――吐き出すように呻いた。
「……ってことは、これで全部か」
「どうだろう? どこかに生き残っている生徒はいるかもしれない」
「どこかって、どこにだ?」
「さぁ」
学園のマップを脳裏に描き出してみた。
第1校舎から第3校舎、講堂周辺、この体育館……護道くんが言うとおり、主要な施設は抑えてあると思う。
生存者を探すにしても手あたり次第では……
「これから、どうなるんだろうね?」
そっと目を伏せる柊さん。
腕を組んで、浮かない表情で。言葉の代わりに沈黙が続いた。
オーク・ジェネラルを蹴散らした直後の高揚感が去って、体育館を覆う暗澹たる空気に押しつぶされそうに見えた。
良くない兆候だ。
「どうなる……か。まぁ、まずは生き残ることを……」
第一に考えよう。
籠城してレベルを上げるのも、その方法のひとつだよ。
口から出かかった僕の声よりずっと激しく鋭い金切り声が、体育館に木霊した。
「誰か、妹を助けて! 中等部に妹がいるの!」




