第1話 世界が終わって物語が始まる。(202X年6月24日)
「……ゴブリンか?」
昼休み、トイレを出るとゴブリンがいた。
僕の腰ぐらいの背丈、緑灰色の肌。頭が大きくて身体はガリガリで、顔は醜悪としか表現のしようがない。身に着けているのは粗末な腰みのだけ。どこからどう見ても、ファンタジー系のゲームやマンガ、ラノベでおなじみの最弱モンスターなゴブリンだった。
――見慣れた学校の廊下にゴブリン、違和感半端ないな。
夢でも見ているのかと眉をひそめた僕と、見上げてくるゴブリンの目が合った。
睨み合って、澱んだ瞳が歪んで――こっちに飛び掛かってきた!
「う、うわぁぁ!?」
とっさに避けたら、足がもつれて転んでしまった。
廊下に打ち付けた身体の痛みより、頬に走った熱い痛みに顔をしかめる。
頬に手を添えると、ぬるりとした感触。僕の手のひらは……赤く染まっていた。
――血?
呆然とした僕を、振り返ったゴブリンが覗き込んでくる。
違う。あの視線は――僕を狙っている。
獲物として!
「や、やや、ヤバいよ」
後ずさりながらブンブンと頭を振る。
――逃げる? 戦う?
どっちも無理じゃないか?
チビで運動神経クソ雑魚のカードゲーマーにリアルファイトは無理だろ!?
僕が戦えるのはテーブルの上だけなんだが!?
な、何かないのか!?
せめて手札を配ってくれよ!
違う、そうじゃなくって……何かないのか!?
「……ッ!」
揺れる視界の端を赤いものが掠め、脳裏に閃光が奔る。
ギリギリで攻撃を避け、夢中でそれ――消火器に飛びついて、ノズルを掴んで背後に振り回した。
ゴイン!
鈍い音と重い衝撃。
目の前で緑灰色の小さな身体が床に倒れた。
チャンスだ。そう思った次の瞬間、僕は自分でも信じられないような行動に打って出た。
ゴブリンに馬乗りになって何度も何度も消火器を叩きつけたのだ。生まれてこの方暴力とは縁のなかった、この僕が!
「クソッ、このっ!」
悪態をつきながらも、腕を止めることはしなかった。
ゴブリンはボコボコになって……特に顔なんて見るも無残なありさまだ。
ゴブリンからの抵抗はなくなっている。何発殴ったのか、もうわからなくなっている。完全にオーバーキルだ。
『殺せ、殺せ』
頬に走る激痛がそう訴えてくる。
もっと殴れとグイグイ背中を押してくる。
殴り続けていると、ふっとゴブリンの小さな身体が消えた。
僕は勢いのままに消火器を床にたたきつけ、尻もちをつく。
床は冷たくて、身体は熱かった。後から後から汗が垂れ落ちてくる。じっとり湿った制服が肌に貼りついて気持ち悪い。
「はぁ、はぁ……た、倒した?」
荒い吐息と一緒に、口の端から言葉が零れた。
さっきまでゴブリンがいたところには鈍く光る小さな石が転がっている。黒い石だ。その石を拾い上げるのとほとんど同じタイミングで――すぐ傍の教室から『ウワ~ッ!?』と悲鳴が溢れ出した。
「な、なんだ!?」
違った。
その教室だけじゃない。
校舎全体がバカでかい絶叫で揺れた。
教室のドアが乱暴に開かれ、生徒たちが雪崩をうって廊下に駆け出してくる!
「うわっ、これはマズいぞ!」
とっさにトイレに駆け込み、個室に入って鍵を掛けた。あんなのに巻き込まれたらタダじゃすまない。
ひき殺される。
いや、踏み殺される?
言い回しなんてどうでもいい、死んでしまうことは間違いない。
何ならゴブリンに襲われたときよりも生きた心地がしなかった。
「はぁ、はぁ……落ち着け、落ち着け、僕。ここは安全だ、たぶん……」
本当に?
心の中で首をかしげる。
胸に手を当てて、とにかく呼吸を整えようと努めた。
外は完全にパニック状態だ。みんなもモンスターに襲われたのだと直感した。
――って、そんなバカな!?
何を納得しているんだ、僕は!
モンスターが出てきたっておかしいだろ!
ここは日本で今は令和だ。いやいや、そもそも日本どころか地球にゴブリンなんているわけない……ないはず、なんだけど……けど……
「……」
じっと手を見た。僕の手は震えていた。
さっきゴブリンを殴り殺した感触は、しっかりと手に残っている。
ひとつの命を奪ったのに、まったくもって罪悪感なんてなかった。それより何より――怖かった。
襲い掛かってくるバケモノが、向けられる殺気が。
あのまま何もしなければ、僕は間違いなく殺されていたに違いない。大人しく殺されるなんて冗談じゃない。
殺されるくらいなら、殺してやる。
物騒な思考が自分でも不思議なくらいしっくりきた。何もかも現実味がない。
「いたたっ……」
興奮が収まると頬の痛みが甦ってきた。
痛みが訴えてくる。これは、どうしようもなく現実だと。
「でもさぁ……」
現実にゴブリンが出てきたなんてまるでマンガやラノベみたいな展開じゃないか。学校がテロリストに支配されるよりもありえない。
ハハハと笑って『はぁ』とため息をひとつ。誰もツッコんでくれない。『個室なんだから当たり前じゃん』と笑って、もう一度ため息をついた。
『どうすりゃいいんだ?』って途方に暮れかけて、ふと閃くものがあった。
「待てよ。じゃあ、『ステータスオープン』って言えばステータスが……」
出てきたりして。
……いや、まさかな。
さすがにそこまでゲームみたいなことが現実に……もうなってるか?
頭がこんがらがってきた僕の目の前に――本当にステータスウィンドウが出てきた。
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名 前:桧川 拓郎
種 族:人間
性 別:男
レベル:1
H P:10/10
M P:30/30
状 態:正常
攻撃力:1
防御力:1
魔法力:3
称 号:なし
スキル:なし
エクストラスキル:【万象の書】レベル1
・【カード購入】
装備品:なし
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「……なん、だと」




