(最終話)中盛り、いや、特盛りで
神対応の佐藤さんは、恋愛だけは、神にはなれませんでした。
彼はいつも気を配れる人でした。
忙しそうな人には味噌汁の具を多めに、
疲れてそうな人には出汁を濃く。
ちょっと落ち込んでいれば、おかわりを聞かずに盛る。
でも、恋だけは——
「何をどうすれば伝わるか」が、わからなかったのです。
彼女、早坂ほのかとは、もう付き合って一年になる。
最初はよそよそしかった距離も、
いまでは自然と肩が触れ、
帰り道に一緒に並ぶのが“当たり前”になった。
それは、確かに幸せだった。
けれどある日、ほのかが言った。
「ねえ、佐藤さん。“当たり前”って、ずっと続くと思う?」
(……そのとき、ほんとうに焦ったんです)
彼女の声は穏やかだった。
でも、それが逆に、心に深く突き刺さった。
だから、決めた。
“申告”するしかないと。
それも、人生で一番大事な申告を。
—
佐藤は、いつもと違う献立を組み立てた。
彼女の好きな食材を集めて、
それでいて“普段と同じように見える”、でもよく見るとどこか違う、
そんな“ふつうのごはん”を、まるで演出家のように設計した。
テーマは——「気づいてほしい」
食卓には、小さな照明が落ちていた。
彼女は気づいていないが、カウンターの向こうには小さな花を一輪だけ置いた。
彼女の髪に似合う色だった。
出したのは——
・昆布と椎茸の出汁を使った、しじみの味噌汁(肝が据わるように)
・ほんの少し甘い卵焼き(最初の賄いを再現)
・鯛の塩焼き(祝い事に使われる、けれど静かな味)
・そして、ごはんの上には、ハート型に切った人参の煮物
「……なんだか、今日は、全部がちょっとだけ……やさしい」
「そう見えます?」
「うん。なんだか、あたたかいけど……少し、寂しい味もする」
彼女は、そう言って箸を止めた。
佐藤は黙って、椅子から立ち上がった。
そして、厨房の奥から、小さな漆塗りの箱を取り出した。
中には、指輪ではなかった。
それは、小さな折り紙で包まれた“箸置き”だった。
彼の手作り。
中央に、小さく、こう書いてあった。
「この箸、一生預からせていただいて、よろしいでしょうか?」
—
ほのかは、最初こそぽかんと見ていた。
けれど次第に目が潤んできて、
そして、ぽつりとつぶやいた。
「……うまいこと言うなぁ……」
「いえ、料理の神様には頼っても、恋愛の神様には、お願いの仕方がわからなかったんです」
「でも、これ……本気なんですね」
「はい。中盛りでも、大盛りでもなく、今日は……特盛りの申告です」
—
彼女はそっと頷いて、
その手作りの箸置きを、大切にポケットへ入れた。
「……じゃあ、わたしも、申告します」
「はい」
「佐藤さんのつくるごはんが、わたしの“生きててよかった味”です。
だから、わたしの人生の味つけも……佐藤さんにお願いしたいです」
厨房の湯気の向こう、ふたりの“申告”が、重なっていった。
■あとがき
プロポーズとは、きっと「自分の人生をどうぞ」と差し出すことではなく、
「あなたの人生を、預からせてください」とお願いすることなのかもしれません。
神対応の佐藤さんも、恋愛だけは神になれなかった。
けれど、だからこそ作れた料理がある。
照れくささと真心を添えた定食が、
その夜、ふたりの“人生の主菜”になったのです。
これにて、「申告制ランチ考現学」はお開きです。
ここまで足を運んでくださった皆さま、心より感謝いたします。
一皿ごとの物語は終わっても、あの食堂の暖簾は、きっとどこかで揺れています。
今日も、誰かが「おまかせで」と呟き、湯気の向こうに笑顔が生まれていることでしょう。
またいつか、この席でお会いできますように。
ごちそうさまでした。




