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自由になった日


煌びやかなパーティー、着飾った人々、豪勢な食事。

談笑し合う人々は気品に溢れ、一目で貴族といった特権階級であると察せられた。

そんな豪奢なパーティーの片隅で、壁の花になっている存在が一人いた。

それは、一目見れば黒、という単語が浮かんでくるような女だった。

まず、パーティーという華やかなそれに対しては場違いな真っ黒な衣装。軍服のようなそれは、まったくの実用性しかない無粋なものだった。

墨で描いたような真っ黒な髪を腰まで伸ばし、それを一つに編んでまとめていた。それに比べて肌はまるで雪のように白い。そのせいか、衣装や髪の黒が際立っている。

女にしては大柄で、けして分厚いとまではいかないが服の上からでも分かる程度に鍛え上げられていることが分かった。

化粧っ気のない顔は、けして醜いとまではいかないがさほど人目を引くようなものではなかった。強いて言うならば、切れ長の目元が涼し気で、凛とした印象を受ける。

険の腕を買われて婿入りしてきた父親似の顔立ちを、気に入ってもいなければ気に入らないということも無かった。

そんな中、左右違う色を抱いた瞳だけが、女の容姿の中で華やかと言える部分であった。

金の瞳と銀の瞳、他の人間の記憶に強烈に残るそれは、かといって女の美点になることはない。どちらかと言えば、疎まれる理由でもあった。

そのため、女はパーティーに出なくてはいけない立場ではあれど、壁の花に徹している。

パーティーに来た者たちも、女の事を気にしてはいるものはいたが、話しかけるものはいなかった。

ただ一人を除いては。


「・・・・おい。」

女はそれに、きびきびとした動作で反応する。声のする方に女が視線を向ければ、そこには三角の獣耳が横からちょこんと出ている、良くも悪くも強面の男が一人立っている。

いや、けして醜いわけではないのだ。

例えば、視線だけで殺してしまいそうな鋭いアイスブルーの瞳だとか、常に寄った眉間の皺だとか、見上げてしまう様な長身だとか、そういったものを見逃してよくよく見れば、左右対称に歪みなくパーツが配置されている。

光に反射して、銀の毛がきらきらと輝いている。

彼の兄や父は、顔立ち自体は似ているのに、陽気さや気安さを感じるのだから、雰囲気や表情というものは大事なものだと女は感じる。

「ジルか。なんだ、君、弟のためにわざわざ帰って来たのか?お前、確か外に行ってたんだろ?」

「・・・・・お前に会いに帰るついでだ。」

「なんだそれ。というか、親父さんたちには会いに行ったのか?心配していたぞ。」

「とっくにそれぐらい済ませてるわ。つーか、てめえこそそんな簡素な服でいいのか。こういう場なら、あれだ、こう、もっとひらひらしたやつじゃないのかよ。」

声の奥に潜まされた残念そうなそれに女は首を傾げる。

「面倒だし、いいだろう。大体、私にとっての正装はこれだ。それよりもお前は何のようで私に会いに来たんだ?」

「何かじゃねえよ、アルファ。弟の晴れ舞台だろうにてめえは何してんだ。」

何故か妙に口の悪くなった幼なじみに対して特段大きな反応をすることなく、女は平坦な声で答えた。

「仕方ないだろう。姉とはいえ魔女の目を持ってるんだ。あまり出しゃばらない方がいいだろうさ。」

その言葉に、ジルと呼ばれた男は憎々しげに顔を歪めた。

それを気にしてなのか、女は手で何かを持つようにまげて、くいっと飲む様な動作をする。

「それでだ、ちょうどいい。少し抜けないか?」



「にしても、リベル家の令嬢がこんなところで侘しく晩酌じゃあなあ。」

「仕方がないだろう。魔女の目を持つ私がいても雰囲気が悪くなるだけだ。」

簡潔な答えに、ジルは狼の頭に戻した顔を歪めた。下手に子どもの前で曝せば、漏らしてしまいそうな凶悪そうな顔を、アルファは慣れた様子で眺めている。

この世を構成しているのは、人間と、そうして獣人である。

昔は、獣人への差別もあったそうだが、男のご先祖様のやったことのためか、今ではそんなことトンと聞かなくなった。

獣人というのは、簡潔に言えば獣の姿を取ることが出来る存在だ。人よりもはるかに頑丈で力が強く、軍人などになることが多い種族だった。

ただ、良くも悪くも素直な気質が多く、荒事を起こすことが多い。

姿自体も三段階あり、獣姿の獣型、耳と尻尾だけを残した人型、そうしての獣が二足歩行をしている状態の中間型がある。

当人である己としては、四足は本能が前面に出てしまって面倒で、人の姿は気を張っていなければならずこれもまた面倒で、ちょうど中間の獣頭の二足歩行が一番気楽だ。

ただ、今回のようなパーティーには、顔の識別のために人型を取った方が何かと面倒が少ないのだ。

ジルの父も獣人であり、そうして、二人兄弟の弟だ。母は人であったが、すでに他界している。

そんな彼の家は、三人そろって見事な狼の獣人だ。

おかげで、ジル自体は気楽な立場にいる。

もういいだろうと互いにパーティーを抜け出してきた二人は、幼いころから秘密基地代わりにしている場所に酒とつまみを持って来ていた。

途中で厨房により、酒とつまみを貰って来た。

ジルはせっせとアルファの分の酒やつまみを持ち、なにくれと世話を焼いていた。

兄には、母猫と子猫のようだと揶揄われたこともある。

勝手に言いたければ言えという心境で、使用人たちの生暖かい視線を受ける。

使用人たちは、アルファとジルたちがパーティーを抜け出したことに対して何も言わなかった。

仕方がないのだと分かっているためだった。

秘密基地は、アルファの自宅である屋敷の庭に置かれた、鍛練用の険などをしまっておくための場所だった。

屋敷では今頃、二人がいなくなったことなど気にもされずにパーティーが続いているだろう。

「魔女の目、魔女の目、鬱陶しんだよ。こちとら、勇者一行の末裔だ、ぼけ。」

「まあ、昔よりはずっとましだろ。時代が時代なら間引かれていただろうさ。」



この大陸では、数百年ほど昔の事、とある恐ろしい魔女が君臨していたそうだ。

魔女は大陸中に災厄を振りまき、己の意のままに支配していた。

そんな時、それを聖女と、人の剣士に獣人の剣士が現れて魔女を倒し、大陸には平和が訪れた。

これが大陸に伝わっている昔話だが、一応事実である。

実際、アルファたちの住む国、メリメロはその聖女たちの起こした国であった。大陸の東の果て、山に囲まれた盆地にある国は、まさしく自然の要塞の中にあり、人が滅多に訪れることのない秘境とも言える場所だった。

聖女たちは、そんな場所に国を作り、居場所を亡くした民を呼び寄せたという。

ジル、正式名称はジルヴァラ・フォレンスは、そんな獣人の剣士の子孫の末席に座している。

ヴォルフは、己の向かいで、舐めるように酒を飲む女を見た。

女は変わることなく、ぼんやりとした目で酒を啜っている。

アルファ。長ったらしい名前で語るなら、アルファルド・ルー・リベル。

かの有名な、お伽噺の剣士の末裔で在り、剣の一族として名高いリベル家の跡取りであった存在。

けれど、そんな肩書もすでにない。

今日は、アルファの弟、ツヴァイの成人を祝うための宴だ。

そうして、アルファという女が本当の意味で用済みになった日だった。



アルファという女は、ジルの幼なじみに当たる。おそらく、家族以外でアルファにとって一等に近しい存在だという自負もある。

それもまあ、アルファに友人がいないためというものがあるが。

彼女は、リベル家の待望の子どもだったのだ。

元来、アルファの母は体が弱く、子がそこまで期待できる状態ではなかった。そんな中、アルファが生まれた時、両親は喜びはしたものの、失望した。

剣士の一族の跡取りに対して、女であり、そうして魔女の瞳を持って生まれてきてしまったためだった。

この大陸には、時折、左右違う瞳を持った子どもが生まれて来ることがある。それを総じて魔女の目と呼んだ。魔女の目、と呼ぶのには理由があり、その見た目の奇異さだけでなく、不可思議な力を持っているためだった。

力と言っても多岐にわたり、傷を癒すだとか、未来や過去を見ることができるといったものから、北がどちらか必ず分かると言った細やかなものまで様々だ。

そうして、この力が疎まれるのは、大陸を支配していた魔女が左右違う色の瞳を持っていたが故だった。魔女が倒れた後に現れるようになった理由の一つだろう。

便利な能力を持っているのは確かだが、それ以上に魔女と同じという点が忌避される。何よりも、魔女のなしたことに関して、誰もそれが魔女の瞳によるものだと証明できないためにやりたい放題をしたものがいたためであった。

ただ、魔女だけが魔女の力を退けることが出来る。そうして、一般家庭で魔女が育てきれない場合は、メリメロでは引き取り育てることも行っている。

(・・・・・その魔女を狩るための組織がうちの国にあるのは皮肉じゃあるがなあ。おまけに、名前が聖女の腕、か。)

そんなものを後継ぎを持って生まれてきてしまったため、リベル家は大騒ぎとなった。

メリメロはおそらく大陸で唯一に魔女の瞳に対して偏見がない国だ。けれど、彼女の場合生まれて来た家が悪かった。

魔女を倒した一族の末裔に、魔女の瞳を持った存在が生まれて来る。これを、人々は凶兆として疎んだのだ。

それでも、アルファは待望の跡継ぎであった。

彼女の両親は散々悩み、アルファを後継ぎとして育てることに決めた。

幸いな事なのか、アルファの魔女としての力は肉体能力に関係していたようで、幼子と言えども体は頑丈で、怪力を有していた。

アルファは、父親の扱きに対して大した反感をすることもなく、乏しい表情でこなしていた。

ジルと出会った時だって、そうだった。

女は、いつだって、淡々と、淡々と、己に望まれたことをこなしていた。周囲は、彼女を腫れ物のように扱った。

そのために友人も出来ずに、どんどん人の輪から外れていく彼女にヴォルフはずっとそばにいたのだ。

けれど、五歳のころ、無理だろうと思われていたアルファの母が妊娠し、そうして待望の男児が生まれた。

魔女の目を有していない、母親に似た美しい子どもだった。

アルファは、弟を疎ましく思うということも無く、気まぐれに剣の相手をしていた。親たちが止めようかと悩んでいた剣技も勉強も、愚直に続けていた。大人たちもそれを止めなかった。

もしかすれば、生まれて来た男の子が無能であったおりの保険をかけておきたかったのだろう。

少なくとも、ジルはそう思っている。

今では、その異能も相まって、国でも有名な剣士となった。それでも、結局、彼女は跡取りとなることはなかった。

ジルは、行き場のなくなった彼女を見つめた。

遠い昔から、男はその女の事が好きであったのだ。

幼いころから引きずり続けた恋というものを、未だに断ち切ることも出来ずにヴォルフは溜め息を吐きたくなる。

(・・・・・そうだ、今日こそ、今日こそは!)

ジルがとある決意を固めているその時、アルファは何気なく口を開いた。

「まあ、それでもツヴァイが生まれてきてくれてよかったさ。このご時世、人付き合いも出来なくては家名を背負っていくことだって難しいだろう。特に今は、教会からの申し出が激しくなっているからな。」

「・・・・まだ来てんのか?」

「ああ、あちらは、どうしても聖女の宣言が気に食わないんだろう。」

それに、ジルはため息を吐いた。

「大体、聖女なんて言っちゃあいるが、まじで教会の出か分かってないんだろ?教会だって、聖女様のおかげでだーいぶ信心もたれるようになってウィンウィンだろうに。」

「・・・・まあ、だからと言って教会も勝手に獣人や魔女の瞳への差別に聖女が口を挟んで、それが沈静化されてるのが気に食わないんだろうさ。」

宗教なんて組織化されれば政治に似た面倒くささが付随されてしまうものだ。

くびり、と彼女は酒を飲んだ。

それに、ジルは意気込みながら、懐に手を入れた。

彼が手に取ったのは、小さな木箱だ。中には、特殊な加工がされた指輪が入っている。

そう、彼は今日、長い間続いた初恋というものに終止符を打つためにわざわざ国に帰って来たのだ。

結婚、とまではいかなくとも何とか恋人、いや男として意識してもらうための第一段階としてこの告白は大切な一手だろう。指輪まで用意したのは、己の本気を示すためだった。

ジルの脳裏には、今までそう言った感情を匂わせた時のアルファという女の鈍さで気づかれることのなかった苦い思い出がよみがえる。

けれど、頭の中は、振られたときの対処法でいっぱいだ。

何とも獣人にしては考えられない程度の繊細さである。

まあ、十を超えたころから続く無視され続けた恋愛感情は図太く且つ繊細に進化しているのだ。

それに加えて、汚い話ではなるが、リベルの家の跡取りから脱却した彼女は寄る辺も無い。家のためになるならと婚姻の話も出ていることだろう。

(親父や兄貴に探りを入れたが、そう言った話は出てねえ見てえだし。)

どうも、アルファという存在を皆が持て余しているようだった。

もしも、曖昧な答えが返って来ても、そう言った面を盾に取ればあわよくば婚姻ぐらいは行けるかもしれない。

卑怯だとか人でなしというならば言えばいい。十数年コトコト煮込まれた恋情の末路などこんなものなのだ。

ジルは、ごくりと生唾を飲み込んだ。

覚悟を決めたせいでギラギラとした目をした狼の目は、普通の人間ならば裸足で逃げ出すほどに恐ろしいが、やはりアルファは気にしていない。

というか、ジルが壮絶な覚悟を決めたことなど気づいてもおらず、酔ったのだろうか等と暢気に考えていた。

ジルは意を決して、口を開こうとしたその時、アルファは何気ない風に口を開いた。

「そう言えば、ジル。私は<聖女の腕>になることにした。」

「はあ!?」

驚きに満ちたその声に、アルファはやはり気にした風も無くくびりと酒を飲みほした。


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