旅の途中
魔女に対抗するには魔女しかいない、というのは有名な話だ。
それ故に、聖女の腕は生まれた。
魔女を保護し、それと同時に罪を犯した魔女を狩る。構成員の大半は魔女の瞳を持っている。そのため、魔女の瞳持ちからも、普通の人間からもあまり歓迎はされない。
己が同胞を狩る存在も、魔女の瞳を持つ存在も、どちらも忌避されてしかるべきであるからだった。
ざあああ、と風が吹いた。からりとした空のためか、その風は妙に心地がいい。川に沿っての道であったため、涼しい風がジルの毛並みを揺らした。
毛皮を被っている身としてはそういった涼しい風はありがたい。
そんな暢気な事を考えながら己の前をてってっなどと効果音が付くようなはしゃいだ歩き方をする幼なじみを見た。
夏ではないとはいえ、降り注ぐ日差しも気にも留めずに黒いローブを被っている。魔女の瞳を持っていることを隠すためとはいえ、熱さで倒れはしないかと心配になりそうだ。
「・・・・アルファ!水飲みたいくねえか?」
それに、先を歩く女はくるりと振り返る。フードで生まれた暗がりから金と銀の瞳が己を捕えた。それが、慣れたこととはいえ、妙に目を引くような威圧感さえある。
「水?」
アルファは走るような動作でジンに近づいてくる。そうして、何だ、と首でも傾げる様にジルを見上げた。
女としては背が高い方と言えども、所詮は獣人の男と人の女だ。その身長差は圧倒的である。
「この暑い中そんなの被ってるだろ?水でも飲んどかなくていいのか?」
「喉は乾いてない。それに、これぐらいの気温なら夏場に打ち込みしてる時よりもずっと体温調整は出来てると思う。」
「・・・そうか。まあ、喉乾いたら言えよ。」
ジルはそう言って自分の持っていた水袋を背の鞄にしまう。それを見ていたアルファは、ぐいぐいよジルの服の裾を引っ張った。
「ジル、私も自分の分の荷物ぐらい持つが。」
「別に良いんだよ。二人分ぐれえなら背負えるしな。それに、一応、俺はお前への世話役みたいなもんだ。」
それに、アルファは不安そうに眉をしかめる。ジルはその頭を乱雑に撫でた。
「まあ、そういうな。アーゲントの婆さんの御達しだ。」
「・・・・そうだな、宗家の御当主の命令だからな。仕方がないか。」
不満そうであったものの取りあえずは納得したらしく、アルファは頷いた。
くるりとまた前を向いたアルファの胸元で金色の何かがきらりと光る。
それは、聖女が美しい金髪をしていたために、それにあやかった腕の一員である証であるメダルだ。ぴかぴかとしたそれは、装飾品としては無骨であろう。
それにジルははあを息を吐きつつ、聖女の子孫の一族であるアーゲントの当主に内で憎々しげに舌打ちをした。
アルファから、聖女の腕になることを聞いたジルは、なんとかそれを止めさせようと告白の事も忘れて説得を行った。けれど、そんなことで一度決めたことをアルファが撤回することも無かった。
ジルは、聖女の腕になることに対してアルファの父であるミゼンと母であるスフィルにどうにか説得できないかと相談に行った。
もちろん、というか予想通り、そんなことを知らなかったリベル家の面々は上に下に大騒ぎとなった。
ジルは席を外すこととなったが、皆で何とかアルファの説得を開始したらしい。けれど、アルファは頑なにそれを拒否した。
いい加減に説得に疲れた彼女は、実質メリメロを治めているに等しい聖女の子孫の一族であり、聖女の腕の運営も行っているアーゲント家に直談判をした。
メリメロは、国を興した聖女と剣士二人の家系を中心に議会制のような体制を取っている。
そんなアーゲント家は基本的に代々女が当主になっているのだが。
普通の国に例えるなら、国王の下に直接行く様なものだ。普通の国でないとはいえ、危うい行動を取るものだとジルは心配で仕方がない。
今代の当主は、真っ白な髪をしたしわくちゃの老婆である。この老婆、ロゾーというのが中々に苛烈な人間でジルでも勝てないほどに口が悪い。
けれど、周りは逆にアルファがロゾーに直談判しに行ったことに対してほっとしていた。
ジルも、あの老婆がそれを許可するとは考えていなかったのだ。
が、何故かロゾーはアルファが聖女の腕になることを許可した。
リベル家の面々は反対したものの、アルファを当主の座から下ろした手前彼女がどんな道を選ぼうと口を出すいわれも無いと一喝されたそうだ。
けれど、さすがに国から一度も出たことのないアルファを一人で外に出すのも不安であるからと見知った仲であるジルを世話係としてつけることで決着がついたそうだ。
アルファの父母からも、弟からもよくよくアルファについて頼むということが言い含められている。
アルファに対して情はあるのだが、良くも悪くも変わり者の彼女を持て余しているのは確かであったのだろう。弟のツヴァイだけは頑なに否定していたが、アーゲントの当主とアルファの決めたことをひっくり返せることも出来なかった。
(あのばーさんが何考えてるかは分かんねえが。なんでもまた、こいつがそうなることを許可したんだが。つーか、こいつもなんでも聖女の腕なんかに。)
そこで、ジルは改めてアルファに対して、どうして聖女の腕になることを望んでいるかを聞いていなかったことに気づく。
アルファの方に目を向ければ、きょろきょろと周りを見回している。それに、躊躇をするような間柄ではないだろうと口を開いた。
「・・・・・お前さ、何で態々聖女の腕になんてなったんだよ。」
何気ないような口調に、アルファは同じように何気ない口調で答えた。
「ジルのように外に出てみたかったからだ。」
「・・・・そうか、お前さん、国から出るの禁止されてたもんな。」
「まあね。未だに聖女一行の血筋を欲しがってる国は多いし。それで諍いが起きても駄目だからな。仕方がないが。聖女の腕になれば、他国に行けるだろ?ずっと、夢だったんだ。」
本で読んだだけじゃあ物足りなかったから。
幼子のような顔で、アルファは世界をキラキラとした目で見上げた。
ジルは、思っていた以上に、幼い願いにそうか、と一言だけ頷いた。
ジル自体、成長しきった後、父や兄に命じられて聖女の腕の案件で国々へ使い走りのようなことをしていた。そのため、あまりアルファに会うことも出来ず、手紙を送ってもそこまで頻繁に送ることも出来ていなかった。
数年とはいえ、自分たちの間にあるのは、思っていた以上に長い月日なのかもしれない。
すっと伸びた背中、腰に差した彼女にとって馴染み深い剣、弾んだように動く履きなれたブーツ。
ジルはそれに顔を歪めた。
アルファが思っているほど、外というのは良いものではないのだと、彼は知っていた。
「・・・・・そういや、お前、料理できたんだな。」
夜の森は、土と木のにおいが強い。獣人であるために鼻の良いジルはその中に、料理のために熾した火のにおい、何かの燃えるにおい、蒸された魚と香草の匂い、乾燥させたパン、そうしてアルファの匂いまで、全てを細かく嗅ぎ分けた。
アルファの匂いに、思わず深く息を吸ってしまったのは不可抗力であったとも言える。
二人は、調理させた料理を口にしながら、地図で目的地までの道どりを確認していた。
アルファはジルの捕まえて来た川魚と森に生えていた香草で包み、地面に埋める。その上でたき火をする。少し待てば、川魚と香草蒸しが出来た。
それとパンをかじりつつ、ジルは意外そうに言った。
「野外での調理は、父様と本で学んだんだ。なんだって出来た方がいいしな。お前だってある程度の知識はあるだろう?」
「・・・・・まあな。」
その言葉に、アルファはじとりとした目をして彼をねめつける。
「お前、まさか食事の用意が面倒で獣型になって生肉を・・・・・」
それにジルは全力で視線を逸らす。
獣人は獣型になれば生肉を食しても平気である。というか、獣型での食事は生肉であったほうがいいそうだ。だからといって、獣人でも獣型での食事についてはどうなんだという意識もあるため、基本的にはほとんどしない。
ジルのような旅人だったりするならば、食糧難の時に考えもするだろうが。
「ジル、君、それはさすがにものぐさが過ぎるぞ・・・・・」
「・・・・・少なくとも、この旅ではそんなことなかっただろう。」
ジルは必死に視線を逸らしながら、こんな時に毎日食事を作ってくれなんて告白の言葉もあったなあ、などと考えていたがあっさりと流されることも想像がつくため無視する。
「で、だ。アーゲントの婆さん寄越した指示ってのは、明日には着くエアストの町でいいんだよな?」
無理矢理に話題を変えたのだとアルファにも察せられたようだったが、話の腰を折るのなんだと頷いた。
「大きな町なのか?」
「ああ、この国、ユークじゃあそこそこでかい方だな。」
アルファたちの国であるメリメロは大陸の東の隅にある。ユークはそこから南の方向に行った国だ。
「丁度、ユークの王都に向かう道の途中にあってな、まあ、商人やらいろいろ通ってちょっとした商いの町になってんだよ。」
「商い・・・・・!」
キラキラとし目で、アルファはジルに視線を向ける。それは、好奇心に染まっていた。
それにジルは苦笑する。確かに、あまりアルファには馴染みがないものは多いだろう。
メリメロはあまり外とは交易がなく、新しいものが入って来ることは少ないのだ。
「そんで、エアストの町で何があるってんだ?」
「・・・・・何でも、エアストで魔女の瞳を持つ子どもが行方不明になっている、とか。」
「行方不明、ねえ。」
ジルは思いっきり顔をしかめた。
魔女の瞳を持つ子どもがいなくなるなんて嫌な想像しか出来ない。こういった場合、大抵は人身売買などの犯罪に直結しているのだ。
「エアストは魔女の瞳に関してはそこまで差別的ではないらしくてな。生まれてもそこまで生活しにくくも無く、普通に過ごせるそうなんだが。」
「へえ、珍しいじゃねえか。」
「ああ、アーゲントの御当主から貰った資料では、昔、魔女の瞳が街を救ったそうだ。そのせいだろうなあ。」
「エアストの教会はそこら辺は寛容なのかよ?」
基本的に、教会は魔女の瞳に関して目立った決定は下していない。信仰心への象徴とされている聖女自らが魔女の瞳を忌むべきものでないと言っている手前、否定の姿勢は信者の不信感をあおるだけだ。そのため、魔女の瞳に関しては基本的に神父それぞれの判断に任せている節があるが。
ただ、神父が師事を仰いでいた人物によって、色々と対応も変わって来る。
「ああ、神父自体はどうも友好的なようだ。孤児になっても率先して世話をしているようだし。」
「今回は、その行方不明の調査か?」
「ううん、違う。今回は、あくまで旅の途中で立ち寄ったって体で噂を集めろって書いてある。」
「噂か。まあ、初球の初級、初めての任務なら、まあ妥当だろうなあ。」
「ああ、頑張れならば。」
ふん、とアルファは興奮気味に鼻を鳴らす。それに、ジルはため息を吐きながら、ほどほどにな、とだけ釘を刺し、また食事に口を開いた。
食事も終わり、夜盗などに恐れわれるのを避けて火を消し、眠りに入る。
ジルも寝転がり、次の日に備える。
アルファは、というとジルとの体格差を生かしているのか、彼の脇に納まる様に隙間に納まっている。用心のためか、剣をしっかりと抱え込んでいる。
ジルがじっとアルファの様子を眺めいていると、小さく聞こえていた寝息が収まり、目が見開かれた。
警戒に染まった瞳に、ジルが何でもないというように小さく首を振ればアルファは強張らせていた体から力を抜き、また瞳を閉じた。
獣人の嗅覚や聴覚があれば、寝ずの番で警戒をする必要もない。
アルファはジルの腕の中で、安心したように眠っている。
旅を始めた当初がまだどきどきと胸を高鳴らせる余裕もあったが、悲しいことに慣れによってそんな甘い感覚はとうに消え去っている。
アルファに至っては、ジルと眠ることに関して子どもの頃のような感覚を持っているらしく躊躇などない。
ここで男と意識させることと密着できることを天秤に乗せて、密着することを選んでしまうのは、悲しい男の性というべきか。
改めてアルファを意識しても虚しいとしか感じないと、ジルは改めて別の事に意識を向けた。
(・・・・・・ともかく、アーゲントの婆さんが何を考えてるのか。元々、こいつを外に出すのを嫌ってたのは婆さんだろうに。何でまた今更。)
そんなことを考えても真実など見えて来ることも無く、ジルは改めてため息を吐いた。
ジルはそのまま取り留めないことを考えつつ、眠りについた。




