開戦1ヶ月前
お久しぶりです。
まだこの小説を読んでくださっている方はいるのでしょうか……
いたら泣きます。
おそらく次回は1年後です………(´;ω;`)ブワッ
チェスタ王国はジオベルタ王国に隣接している。かの国を治めているのは、齢70の年老いた王だ。
しかし、国王の力はないに等しかった。老いによる身体の衰弱から寝台から動けず、その隙に軍部が実権を握り、周辺小国への攻撃を進めていた。
チェスタ王には息子が一人いたが、若いうちに流行り病で亡くなっており、代わりに三人の孫たちが遺された。王子王女たちはまだ若く、軍部は政略に利用するためだけに彼らを生かし、監禁状態に置いていた。
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「―――もう我慢ならない!」
ダン!とテーブルに荒々しく拳を振り下ろし、ヴォルフはそう叫んだ。
「…落ち着きなさいヴォルフ。喚いたところで、ここから出られるわけではないのよ」
「しかし姉上!このままでは我らは…!」
「だからと言って考えなしに動いては、全てが水の泡になってしまうわ。ベルクが証拠を掴むために軍部に潜入している間、わたくしたちは怪しまれぬよう、なるべく大人しくしていなければならない―――忘れたの?」
城の最上階。絢爛豪華な造りの部屋だが、軍部によって出入りを制限され、下界から遮断されたそこは監禁室となっている。
中央に置かれたテーブルには、三人の王位継承者が席についていた。怒りに震える第一王子ヴォルフ。落ち着き払っているものの、憂いた表情を浮かべた第一王女フィルシィ。
そして。
「…ルシィお姉様のおっしゃる通りですわ、お兄様。今ここで耐えねば、ベルク様に御迷惑をかけてしまいます」
末の姫、第二王女のキルシュ=チェスタ=ブリューテは、毅然とした態度で兄にそう語りかけた。
「キルシュ…」
「お願いいたします、お兄様」
妹の言葉に黙り込む。
やがて、落ち着きを取り戻したヴォルフは物憂げに溜息をつき、冷えきった紅茶に口を付けた。
「…とは言え、ベルクは本当に大丈夫なのか?上層部には下劣な者が多いと聞く。虐げられてはいないだろうか…」
「大丈夫よ。ベルクは昔からやんちゃだったけれど、やる時はやる子だもの。きっと良い知らせを持ってきてくれるわ」
―――コンコン。
軽いノック音が室内に響いた。入口に控えていた使用人が意を求めるようにフィルシィを見る。
「…どなたかしら。ここへは王家に認められた者しか来られないはずですわ」
硬い口調で問いかけるフィルシィ。
しかし、相手の声はそれに反して明るく朗らかなものだった。
「やあ、どうも!僕はフォートン=ジオベルタと申します。道に迷った末に最上階まで来ちゃったんですけど、出口までの道順を教えていただけないでしょうか?」
「フォートン…ジオベルタ?」
聞き覚えのある声と名前に、思わず三人は顔を見合わせる。
「ジオベルタって…隣国のジオベルタ王国?」
名前に国名を持つのは王家の証。つまり。
「貴方まさか…ジオベルタのフォートン国王陛下!?」
「へっ?………あ、やばっ!本名伏せとくの忘れてた!」
あわあわと、扉の向こう側から焦り声が漏れ出てくる。すぐにでもこの場から立ち去ってしまいかねない気配に、フィルシィは慌てて扉の近くへ走り寄った。
小窓を開けて様子を伺うと、両手を合わせて後ろへ下がっていくフォートン王の姿を見つける。
「まっ、またリアに怒られる!ごめん、さっきの忘れて!今すぐ忘れてください!出口は自力でどうにかします!それじゃ!」
「お、お待ちくださいませ、陛下!」
口早に立ち去ろうとする後ろ姿へ、扉越しに声を投げかける。
「そこに居らっしゃるのは、フォートン王ですね?わたくしはフィルシィ=チェスタ=ブリューテです!
―――貴方の元婚約者のルシィですわ!」
「えええええ!なんでルシィ?なんでこんなとこにいんの!?」
「詳しい話は中でいたします!早くこちらへ!」
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「えっと、じゃあ改めまして…僕はフォートン=ジオベルタ。隣国ジオベルタの国王です。こちらのフィルシィ王女殿下とは、国交のよしみで前王がチェスタ王との間に決めた、婚約者の関係………でした」
「婚約が取り消されたのは軍部の勝手な判断だったとはいえ……なんとお詫び申し上げれば…」
心痛極まりないといった表情で、キルシュはフォートンに対して頭を下げた。
「ううん、仕方ないよ。僕らはともかく、君らのこの状況じゃあ満足に動けなかっただろうし、軍部の大将は昔から悪どい奴だったし」
予想できなかった僕にも非があるよと、フォートンは苦笑いを浮かべた。
「それにしても、よくここまでたどり着けましたね」
ヴォルフが感心した様子で言う。
「本当ですわ。警備兵はどう対処いたしましたの?」
「へ?警備兵?そんなの居なかったけど……あ」
言っている途中で何やら思い出したらしく、フォートンは立ち上がって窓へと近付いた。そこから下を覗き込み、
「うっわー……すっかり忘れてた」
げんなりとした声を上げた。
「どうなさいましたの?」
「……うん。ここから下を見てみるといいよ…」
下と言われ、三人は不思議に思いつつも窓に近付いて、同じように外界を見下ろした。
「あら」
「えっ!?」
「まあ…!」
フィルシィは軽く目を見張り、ヴォルフは唖然として口を開き、キルシュはキラキラと瞳を輝かせた。
「あんの馬鹿ネル…!」
頭を抱え、フォートンは悪態をついた。
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チェスタ城の園庭にて。
「むっ!そこのお前、待て!」
「えっ、何?俺のこと?」
「うちの弟に何かご用ですか?」
「見たところ名のある国の大将と見た!俺と勝負しろ!」
「ああ言ってるけど、どうするのネル?」
「はあ、別にいいけど」
場所を軍部の訓練場へと移動。
「ネルソン閣下の勝利!」
「馬鹿なっ、ベルク殿が負けただと!」
「見事な剣さばきであった!もう一戦!」
「おう」
カキーン。
「一度ならず二度までも!」
「一体何者だあやつ!」
「もう一戦!」
「お前元気だなぁ」
以下繰り返し。
「もう一戦!」
「…ネル、僕ちょっと探検してくるねー」
「えっ、兄貴?ちょ、どこに行くんだ兄貴ー!」
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「さっさと断ればいいのに、うちの弟って本当に馬鹿…!」
「まあまあ、元気なことは良いことですわ」
「…いや待てよ?置き去りにした上に迷子になっちゃった僕はもっと馬鹿なのか…?」
「す、すごい剣戟だ…」
「ベルクさま素敵です…!」
最上階から見た弟の様子に、フォートンはただただ苦渋の声を上げ、隣に立つフィルシィが優しく肩を叩き、残る二人は窓に張り付くように観戦を楽しんでいた。
訓練場には騒ぎを聞きつけたらしい野次馬が溢れており、その中に監禁塔の警備兵も紛れていた。その様子を見るに、おそらく、今の最上階付近の警備はほとんど解かれているだろうと、フォートンとフィルシィは納得した。
「はあ…僕ってつくづく運がいいんだね…」
「…ネルソン閣下はまた強くなられましたわね」
「ああ、そっか。ルシィはネルがまだ小さい頃に会ってたっけ」
「ええ。…そういえば、リアード殿下は来られていないのですか?」
「いや、一応リアも呼ばれてたんだけど…仮病つかって国に残ったんだよ」
「…呼ばれた?今回の訪問は我が国からの申し出だったのですか?」
リアードが仮病で来国を拒否したことよりも、フィルシィはチェスタ側からジオベルタ国王を呼んだという、軍部の考えに違和感を覚えた。
―――今までジオベルタとの国交だけは避け続けていたのに、なぜ今になって?
その時、窓際の弟妹たちが焦りの声を上げた。
「姉上、大変だ!」
「ヤークト将軍が…!」
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何十もの手合わせを重ねた末、初めは余裕だったネルソンも、さすがにその息が上がり始めていた。
「だあああ!しつこい!」
「ぐああああ!」
ネルソンが叫びとともに、思い切り剣を振りかぶる。チェスタの第一部隊隊長ベルク=ヘラオスフォルダラーは、その大柄な体躯を派手に転倒された。
「まっ、まだまだ!」
「またかよ!?もう勘弁してくれ!」
「そんなことを言わず、あともう一戦!」
「ていうか、お前に構ってたせいで兄貴に置いてかれたんだぞ俺は!兄貴が迷子になってたらどうしてくれるんだ!」
もうすでになってます。
それでも、あともう一戦と駄々をこねるベルクに埒があかなくなったネルソンは、とうとう剣を地面に放り投げた。
「はいおしまい!俺行くからな!あばよ!」
そして、逃げるように訓練場の出入口へ駆け出した。
「待て!」
「え?」
その場から立ち去ろうと走るネルソンを、鋭い声が呼び止める。
ベルクの声ではない。思わず立ち止まり、ネルソンは振り返った。
「って、おわ!」
振り返ったネルソンの顔面に、真剣の切っ先が迫った。とっさに横に飛んでかわすが、刃は頬を掠めて一筋の傷を付けた。
「あっ…ぶねぇな!アンタ誰だよ!?もう手合わせは嫌だぞ!」
「ほう、我が剣を避けるとは…さすがはジオベルタの第二王子といったところですかな?」
ニヤニヤと笑い、斬りかかった男は剣を収める。
「お会いできて光栄にございます。私の名はエッカルト=ロイ=ヤークト。チェスタ王国軍部の最高司令官を務めております。是非、私ともお手合わせを―――」
「あっそ。俺はネルソン=ジオベルタ。そんじゃバイバイ」
「…はっ?」
半ば強引にヤークト将軍の言葉を遮り、背を向けて再び訓練場の出入口へ走り出そうとするネルソン。
「お、お待ちを!どこへ行かれるのです!」
「うるせぇ、俺は迷子の兄貴を探しに行かなきゃならんのだ!お前知らないだろ。うちの兄貴は国から出たら最後、一日足らずで遭難する迷子の達人なんだぞ―――ぶっ!」
ドン!という大きな音とともに、上空から降ってきた何かがネルソンの脇腹を捉えて直撃し、強力なダメージを与えた。
「―――こんの、馬鹿ネル!」
突然のことに驚く間もなく、パシーン!と華麗な平手打ちを喰らい、ようやくネルソンは相手を確認した。
「あ、兄貴?」
「公の場でなんていうことを!国王のメンツ潰す気!?」
「そんなことより、いま空から降ってきたよな?兄貴は空を飛べるのか?」
「飛べないよ!飛び降りただけだよ!ていうか人の話を聞けぇぇ!」
空から降ってきた何か―――もとい、フォートンは最上階の窓から屋根を伝い、ネルソンに狙いを定めて訓練場へと飛び降りたのだった。
「…申し訳ない、ヤークト将軍。愚弟の遊びに付き合わせてしまった」
フォートンは振り返り、呆然としている将軍に向き直る。
「……お久しぶりです、フォートン王。客間におりませんでしたので、心配しておりましたよ」
「ハハ、何せ久しぶりの来訪だったからね。城内をゆっくり見ようと思ったんだけど、案内の途中でそこの彼に会ってね。どうしてもって言うもんだから、うちのネルソンと手合わせしてもらったんだ」
そう言いながらフォートンがベルクを指すと、畏まって跪いていた彼はヤークトに向かってこくこくと頷いた。
「…今しがた空から降ってきた理由をお伺いしてもよろしいですかな?」
「お恥ずかしながら、愚弟の言う通り僕は方向音痴なんだよ。一人で客間に戻ろうとして、間違って城の最上階まで行ってしまった」
「…最上階、ですとな?」
途端に、ヤークトの眉がひそめられる。
「まさか…」
「ああ、誤解のないように言っておくけれど…僕は何も知らないよ、ヤークト将軍」
やんわりと笑い、フォートンは城の最上階を仰ぎ見る。
「あそこにあるものについて、今回は僕と愚弟の失態に免じて見逃そう。ただし―――」
ひとつ間を置いて、フォートンはすっと笑顔を消した。
「―――謁見でこのことを話してチェスタ王が知っていたらの話、だけどね」
「…!」
目を見開くヤークトと身構えた一部の兵士の反応に、フォートンはやれやれとわざとらしく肩を竦めた。
「なんだ、知らないんだ?どうしようかなあ、僕は友好国としてチェスタ王に助言したいところなんだけど?」
「き、貴様!」
「なに、僕らを殺すのかい?確か今回の招待、チェスタからだったよねぇ?チェスタ王を君らの吐く嘘で誤魔化せたとしても、ジオベルタはそうはいかないよ?末の弟はあの悪名高い“凶戦の御子”だ。僕らの死に託けて、チェスタに進軍するかもしれない」
場に不穏な空気が漂い始める。ヤークトの周りにいる兵士たちは今にも剣を抜きかねない状態だった。
「そこで提案なんだけどね」
フォートンはそんな空気をものともせず、明るく朗らかに言ってのけた。
「―――ここは正々堂々、戦で決着をつけようじゃないか!」