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馬鹿兄貴

 最近あった嬉しい出来事


 射的で4発中2発命中。

 2等と3等の景品を持ち帰りました。


 以上。

 ジオベルタ王国の前国王、ペリツェ=ジオベルタが亡くなったのは今から6年前のことである。

 国一番の騎士と謳われたフランディ=コートブールの手により、その首を斬り落とされて死亡した。


 ペリツェには3人の息子が居た。

 長男フォートンは心優しい王子だった。民からの支持が最も高く、第一王位継承者として無事に王位を継いだ。

 次男ネルソンは勇猛果敢な王子だった。兄のフォートンを良く支え、軍場(いくさば)では大将として先頭を切って軍を率いた。


 そして、三男リアードは。


 ―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―


「………」

「………」

「………」


 現国王であるフォートンの執務室。そこにはただ沈黙があった。

 自身の席に座るフォートンは引き攣った笑みを浮かべ、だらだらと大量の冷や汗を流している。

 ネルソンはそんな彼のそばに立ってはいるが、視線は傍らの窓に注がれており、我関せずと言わんばかりに己の存在を空気へ化すことに徹していた。


 そして。


「…いつまで黙っているおつもりですか、兄上」


 冷え冷えとした、氷雪のような声が沈黙を破った。

 第三王子、リアード=ジオベルタである。


「えっと、その…リアはなんでそんなに怒ってるの?」

「何のことです?別に怒ってなどおりませんよ。(はらわた)が煮えくり返っているだけです」


 ―――それってつまり怒ってるんだよね?


 そう言いたいのをぐっとこらえる。

 相手を無意識に怒らせてしまうという、難儀な特技を持つジオベルタの若き王は今まさに、これまでにない最大限の理性をその脳に働かせていた。


「チェスタの…キルシュ王女殿下のことなんだけどね。明日うちに来るみたいなんだよ」

「おや、早いご決断で」


 先日の戦において協定を結ぶに当たり、リアードはチェスタに対して第二王女との見合いを要求した。

 相手は了承の意を示し、日程に関してはあちらの都合の良き日にと、実質保留になっていたのだが。


「では明日、キルシュ王女殿下をお迎えし、当初の予定どおりに見合いを行います」

「あのさ、リア…本当に見合い、するの?」


 フォートンが恐る恐るそう訊くと、リアードはしばし目を瞬かせ、それから思い切り眉を顰めた。


「何をおっしゃっているのです、兄上?私が冗談を言うような者に見えますか?」

「見えないけど…って」


 助けを求めるように隣を見ると、誰もいない。

 咄嗟に振り返ればいつの間にか窓が開け放たれており、ネルソンが窓枠に手足を掛けているところだった。


「ちょっ、ネル!なんで一人だけ逃げる準備してるの!?兄さんがどうなってもいいのかい!?」


 フォートンは慌ててその背中に掴みかかり、室内へ引き戻そうとする。が、武に優れた次男の抵抗はなかなかに強い。


「すまねェ兄貴、もう俺には耐えきれん!一人で頑張ってくれ!大丈夫、兄貴なら一人でもできる!」

「こんな時にそんな励まし方されたって全然嬉しくないよ!?ていうか僕だって嫌だよ!これまでだって二人で頑張ってきたんだから今回も道連れになってよ!」


 見苦しすぎる兄たちの攻防戦。それを、リアードはただ静かに眺めていた。

 やがて、恐怖からによるフォートンの意地がネルソンの悪足掻きに勝り、ネルソンを引き戻すことに成功した。二人の体が、執務室の床に無様に転がる。


「はぁ、はぁ、はぁ…」

「大変楽しそうで何よりですが、お二人とも」


 ぐっと室内の温度が下がったような錯覚に、先程の攻防で汗だくになったはずの二人は同時に震え上がった。


「―――言いたいことがあるならさっさと言えこの愚兄共が!」

『すっ…すみませんでしたァァァ!』


 情けない声を上げて(ひざまず)く二人を、リアードは虫けらを見るように見下した。


「そもそもキルシュ王女殿下との見合い話を提案したのは、他でもない兄上たちのはず。今更何をうだうだ考えていらっしゃるのか、是非ともお聞かせ願いたい」

「いや、あれは酒の勢いでふががが!」

「馬鹿ネル!」


 うっかり滑った次男の口を封じるが、時既に遅し。


「…ほう?」


 そんな声とともに、先ほどに増して寒々とした空気が辺りを漂い始める。


(魔王だ。きっと今己の背後から異様な威圧感を放っているのは、伝承に名高い魔界の王に違いない)


 そう心の中でフォートンが戦慄している間に、魔王(リアード)は入口に控えている兵士に声を掛ける。


「すまないが、そこの君。頼まれごとをしてくれるか」

「はっ、なんなりと」

「ネルソン閣下の寝室に、我が国の地図の絵画が掛けられている。その裏側に閣下が保有している酒蔵の鍵が隠されているはずだ。それを取ってきてもらいたい」

「了解いたしました」

「なっ…!?」


 リアードの言葉に、ネルソンは驚愕して目を見開いた。


「なんでお前がそんなこと知ってんだよ!?」

「奥方様が心配されていましたよ兄上。あんなに高価な酒を飲まずにずっと溜め込んで、いつか腐るのではないかと」

「酒は腐らねぇよ!?」

「私も説明したんですがねぇ」


 弟はわざとらしく溜め息をついてみせる。


「ご安心ください兄上。買った価格の数倍の値段で売り捌きます」

「そのセリフのどこに安心しろと!?」

「売って得た金はこの度の戦で傷付いた兵士への褒賞金とさせていただきます。兄上からのものだと言えば、兄上の人望に更なる拍車が掛かることでしょう。さすが兄上です」

「いや、俺が率先してやったみたいになってるけど違うよな!?」

「ただいま戻りました」

「ご苦労」

「いつの間に行ってきたんだ!?てか帰ってくるの早ぇ!」


 ネルソンの止める間もなく、兵士が取ってきた酒蔵の鍵はリアードの手へと渡る。


「しかし、酒の戯言といえど名案でありました。

 ―――久方ぶりに役に立ったのだと、己を存分に褒めておくがいい」


 前半は恭しく、後半はそれはそれは傲慢に冷酷に言い放ち、リアードは執務室から退室していった。


「………」

「………」


 残された兄たちは無言でお互いの顔を見る。


「…兄貴ぃ〜!」


 ネルソンは耐えきれなくなったかのように、くしゃりと半泣き顔になって長兄に縋りついた。そんな弟に溜息をつき、フォートンはその頭をポンポンと軽く叩いてやった。


 ―――軍場ではあれほど勇敢に戦うというのに、いまだに年の近い弟には簡単に泣かされるのだ、この次男坊は。


「今回ばかりはお前の自業自得だよ。諦めるんだ」

「あの酒マジで高かったんだぞ!」

「だから目をつけられたんだろう?今回、予算が合わずに切り詰めるしかなかった、兵士たちへの報奨金の埋め合わせにね」

「け、けどよォ…」

「…お前は兵士たちからの信頼が厚い。信頼あってこその大将。そのお前が大切にしていた酒を売り報奨金に当てたと知れば、更に信頼は確固たるものになる」


 フォートンは立ち上がり、席へと座り直す。


「…安心しな、ネル。お前の犠牲(酒)を無駄にはしない。幸いなことに、リアはまだ僕らの企みに気付いてない。予定通り、チェスタの姫君をお迎えしよう」


 ―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―


「…何をしている、クウォンツェ」


 牢獄部屋に戻ったリアードは、鉄格子の向こう側の状況に思わず呆れた声を出した。


「ちっ、違うんですリア様!これには深いワケが!」


 ―――ベッドの下の狭い隙間に、クウォンツェが上半身を突っ込んだ状態で足をバタバタさせている。


「黙れ。大人しくしていろ」


 軽く舌打ちをし、鍵を開けて部屋へと入る。飛び出た白い素足を迷いなく掴んでベッドから引きずり出し、やや乱暴に頭を持ち上げて顔を合わせる。


「舌を見せろ」

「へ!?」


 開口一番に言われた言葉の真意が分からず、クウォンツェは素っ頓狂な声を上げた。


「貴様、噛んだ後で埃まみれの場所に入っていただろう。菌でも入って化膿したらどうするつもりだ。誰が世話してやっていると思っている」

「も、申し訳ありません…」


 躊躇いながらもクウォンツェはキュッと目を瞑り、大きく口を開けた。リアードが注意深く舌を見るが、血が出ている様子はない。


「…いい、口を閉じろ」


 リアードの言葉に、クウォンツェはホッとしたように肩の力を抜いた。口を閉じつつ、その目を恐る恐る開いた。

 それを見て、リアードはクウォンツェの頭から手を離した。


「さて、深いワケとやらを聞かせてもらおうか」

「うっ…」


 改めて聞かれ、クウォンツェは思わずたじろぐ。


 ―――言えない。キスされたことに悶絶して、穴に入りたくてもさすがに石床を掘れなかったから、代わりにベッドに突っ込んだら抜けなくなったなんて、恥ずかしくて絶対に言えない…!


「そ、その…えっと」


 リアードから顔を逸らし、クウォンツェは必死で他の理由を考えた。


(ど、ど、どうする私!あのリア様を納得させる深いワケなんて、何があるの!?)


 ぐるぐると足りない頭をフル回転させて、少女はある案にたどり着いた。


「じ、実は、ベッドの下に…アレがいて」

「…アレ?」


 ピクリ、とリアードの片眉が跳ね上がる。


「そ、そうです!アレですよ、リア様!あの凶悪生物がベッドの下にいたんですよ!早く退治しなければ城の貯蔵庫がピンチです!」

「馬鹿な…アレがこの牢獄部屋にいただと?」


 リアードの顔が段々と鬼気迫るものへと変わっていく。


「いや、アレは湿気の多い場所を好む。可能性はあるな…だとしたら、早急に兄上どもと侍従長に報告せねば」


 険しい顔つきのままブツブツと呟き、リアードは牢獄部屋からそのまま出ていってしまった。


「…うまくいっちゃった。でも、とんでもないことになりそう」


 リアードの深刻な表情を思い返す。そして、自分のデタラメが伝わったこの城内で、“アレ”の駆除が近い内に行われることを想像し、クウォンツェは鉄格子の中で頭を抱えた。


「…どうしよう」

 黒くて硬くててらてら光ってるアレは、ジオベルタにおいて最凶の危険生物として、王室認定を受けてます。

 発見次第、駆除隊が派遣され、辺り一面に殺虫剤が撒かれます。殺虫剤は人体に無害ですが、何せ匂いが強烈なので一週間は近寄れません。そういった住民への支援として、王室からは避難施設が提供されます。

 ジオベルタ王家のこういった対応が、国民からの支持率を高めている理由の一つだったりするとか。

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