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見合い話

シリアスな設定が多いはずなのに、どうしてもシリアルになる不思議。


「―――へっ?」

「だから、見合いをすると言ったんだ」

「えーっと、見合いって、あの見合いですよね? 男女を引き合わせて対談の機会を与えて、あわよくば結婚まで持ち込むっていう、あの」

「そうなるな」

「う、うまくいけばっ、リア様の奥様が決まるんですよねっ?」

「…なぜ貴様が楽しそうなのか理解できん」

「だって!“狂戦の御子”との見合いなんて、今まで閑古鳥状態だったじゃありませんか!良かったですね、リア様!これで独身貴族の仲間入りを防ぐことができます!お世継ぎの問題も解決です!」

「貴様…」


 とある昼下がり。ジオベルタの第1王子もとい現国王陛下と第2王子が焚き付けた戦いから1週間後。陽の当たらない牢獄部屋に、最近薬茶を積極的に研究しているともっぱら噂のリア様が道具を持参してやってきた。

 リア様はいつも前触れもなく来るから、突然の訪問自体には驚かなかったのだけれど、ガッチャガッチャと喧しい茶器の音をさせながらトレーを持って階段を下りてきたその姿には、さすがにポカンと間の抜けた顔になってしまった。

 私が放心している間にも慣れた手つきで茶の用意をし、気付けば向かい合って薬茶を口にしていた。

 そして、冒頭の見合い話につながる。


「ぜーっっったい、成功させてくださいねリア様!私、応援していますから」


 満面の笑みでそう言う。なぜかリア様は微妙な顔をしたが、それに私は気付かない。


「そうです、こうしては居られません。今からでも準備しておきましょう。お相手の方の名前などはもうお聞きに?」

「…キルシュ=ブリューテ」

「おおおお!なんだか、こうっ、優美なお名前ですね!」

「そうか?」

「ダメですよリア様~。お見合い相手のお名前から色々と画策しないと!」

「そうなのか?」

「女の方と言うのは、賛美から落とすものだと知人から聞いた覚えがあると生前の義父様から聞いたことがございます!私は頭が良くないから何も思いつきませんけれど、リア様ならそれぐらい簡単でしょう?」

「ほう?」


 口の端を吊り上げて、あの凶悪な笑みを浮かべる。

 あ、まずい。そう思った瞬間に首を掴まれて引き寄せられる。


「うぅっ…!」

「クウォンツェ、お前の名前は初代国王の宰相のものと同じらしい。我がジオベルタの歴史に刻まれた賢者の名前とな」


 リア様が意地悪そうに言ってくる。それはそれは愉しげに。


「国の誇る賢者の名を頂いておきながら、自分を卑下するのは良くないことではないか?」


 す、すごいリア様!さっすがリア様!こんな私に対して賛美とも侮蔑とも取れる絶妙なお言葉!悪役っぽいその笑顔がなければ完璧だったのに!

 っていうか首締まってます!苦しい!


「おいクウォンツェ、貴様何を考えている」


 おおっと、いけないいけない。不敬罪で罰せられてしまう。

 締まっていた首を直ちに解放してもらい、げほげほとむせながら言葉を探した。


「…私を褒めてどうするんですか。同じ女性でも私の立場じゃ練習にすらなりませんよ!」


 内心を悟られないよう、私にとっての“正論”を振りかざす。

 そしてぱっとひらめいた私は、そのまま言葉に乗せて提案する。


「そうだ、後宮に働きかけましょう?側室様方に協力してもらって会話の練習を―――」

「クウォンツェ」


 遮断。リア様は、続きを言わせてくれない。

 ああまずい。彼の方をまた、煩わせてしまったのだろうか。


「………」

「………」

「………」

「……いや、何か喋ってくださいよ」


 珍しい。リア様が言葉を選んで、悩んでる。いつも迷わず、ずけずけと刺々しい言葉の槍を向けてくる、あのリア様が。


「…どうすれば、貴様は打ちひしがれてくれるのだ」


 呆れたようにそうぼやくリア様。

 え、何それ。熟考した結果の言葉がそれなんですかリア様!…まさかの嗜虐趣味?


「こちらが貶める前に、貴様が勝手に自分を貶める。…面白くない」

「はあ…でも、本当のことでしょう?私を奴隷兵にしたのは他でもないリア様ですし」


 もう堕ちるところまで堕ちちゃってます。そう告げると、リア様はまた苦しそうな顔をした。


「嫌味か?」

「へ?」

「貴様から騎士の位を剥奪し、奴隷兵へとしてここに閉じ込めたのは確かに私だ。…それとも、貴様には誇りがないのか?」


 とても辛そうに、苦しそうに、私を見下ろしてくる。

 …ああ。ダメですよ、リア様。奴隷ごときに同情など、実に貴方らしくない。


「…我が義父フランディ=コートブールは、前王である貴方の御父上の首を刎ねた謀反人ですよ?養子と言えど、義父様の一番近くにいた私に全くの非がないということにはなりません」


 貴方はこの国の第3王子で、そこら辺の殿方なんかよりも気高くて、美しい御方なのに。

 どうして。どうしてこんな、罪人の娘を構うの。


「義父様が前王を殺した後に自らも首を斬り落としたあの瞬間から、私は与えられてきた誇りを投げ捨てました。この命と共に」


 果たして、嫌味を言ってるのはどちらの方なのでしょうね、リア様?

 私にはむしろ、貴方こそが嫌味を仰っているようにしか聞こえません。…まあ、どうでも良いことですけれど。


「…だから、そんな顔をしないでください。美青年が台無しですよ?」


 私はにへらっと笑った。なるべく馬鹿っぽく見えるように。


「……この馬鹿が」


 リア様が目を逸らして俯いた。吐き捨てた言葉もなんだか弱々しくて、私はたまらず明るい声を上げた。


「そ、そんなことより、リア様!薬茶とても美味しいです!また腕を上げましたね!」


 ほら、いつものように生意気だと罵って、元気になってください。私のことなんて気にしなくていいから。


「そういえばリア様、お見合い相手の御方の姿絵ってないんですか?どんな方なのか気になります」

「…姿絵は、ある。貴様も名前くらいは聞いたことがあると思っていたが」

「えぇっ、無茶言わないでくださいよ。私、社交界に出たことないんですよ?」

「…ああ、そうだったな。忘れていた」

「キルシュ、様でしたっけ?王子であるリア様のお相手ですから、公爵家の御方とか?あ、でも事業成功している下位の爵位の方々のご令嬢かも…」

「―――王女だ」

「え?」

「キルシュ=チェスタ=ブリューテ。隣国チェスタの第2王女だ」


 ニヤリ、と口端を吊り上げたその顔は、どこからどう見たって御伽噺に出てくる悪魔のソレだ。良かった、調子が戻ったみたい。

 …いや、今はそんなことを考えている場合ではない。


「ちょ、ちょっと待ってください!チェスタの第2王女?チェスタって、あの…!」


 慌てふためく私を愉しそうに見ている悪魔。先ほどまでのしおらしさは一体どこに?


「そうだ、クウォンツェ。つい先日に貴様が応戦したあの、チェスタだ」

「なんてことしちゃってるんですかぁぁぁぁ!」


 頭を抱え、あらん限りの声量で抗議の声を上げた。いやだって、なんでよりにもよって敵対国の姫君とお見合い?ダメだ、頭の悪い私にはリア様のお考えが分からない。


「え、ホントになんで?えっとえっと…あ、もしかして終戦協定、ですか?」

「ほう、よく考えたなクウォンツェ。褒美に薬茶をもう一杯入れてやろう」

「あ、ありがとうございます……じゃなくて!まさかとは思いますが脅しでもしたんですか!?国に攻め込まない代わりに王女を差し出せとかゲスイことでも仰ったんですか!?」

「ゲス…」

「ああぁぁもう!リア様の悪名が!“狂戦の御子”なんていう今時流行らないあだ名がまた、国外に漏れ出てしまう!高貴で麗しいリア様に相応しくない汚名が…!」


 脳内を瞬く間に駆け抜けていく想像。けしかけるジオベルタにまんまと乗せられて宣戦布告したチェスタ。しかし戦いは敗北に終わり、今度は国にまで攻め込まれそうになる。そこで、終戦協定を結ぼうとジオベルタに持ちかけられるも、その内容は最低最悪。なんとまだうら若き第2王女を嫁がせろという内容で、要するに人質寄こせ。


「そんな…あんまりです。リア様サイッテー…」

「…おい」


 青筋を立てたリア様が何か言ってるけれど、最悪人間王子のリア様の言う事なんて耳を傾けてはいけない。目の前に注がれた薬茶をグイと飲み干し、私はキッと真正面から睨んだ。


「…リア様、私は奴隷兵の身分ゆえ何の進言も許されませんが、これだけはお約束お願いいたします。…いえ、お願いする事すら、おこがましい身分ではございますが」

「…言ってみろ。聞いてやる」

「ありがとうございます。……お見合いが無事に成功いたしましたら、必ずや姫君を幸せになさってくださいませ。失敗に終わっても、姫君をチェスタに安全にお返しください」

「それだけか」

「それだけでございます。なにとぞ、よろしくお願いいたします」


 頭を地に擦りつけ、私は平伏する。リア様の顔が見えないから、ご機嫌なんて分からない。分かりたくもない。

 硬い声で確認する彼の方が今、ひどく不機嫌なのは分かり切っていることだから。


「…顔を上げろ、クウォンツェ」


 はい、と小さく返事をして恐る恐る顔を上げた先にあったのは。


「リア様…?」


 どうして。


「クウォンツェ」


 どうして、そんな。


「や…」


 思わず後ろへ下がりかけた私の首をガッと勢いよく掴み、仰向けの状態で地面へと押し付けた。私の体に馬乗りしたリア様は、満面の笑みで見下ろしてくる。


「安心しろ、クウォンツェ。お前の願いなど、一切聞いてやらん」

「…!」

「後宮の側妃相手に練習?見合い相手を幸せにしろ?もしくは無事に送り返せ?―――馬鹿馬鹿しい!」


 首から手を離し、両手で私の手首を捕まえる。綺麗な顔が近づいて、私の耳元で囁きかける。


「お前の意思なんぞ知るか。私は私の意思で行動する。分かったか」


 そう言われて、私は返事ができなかった。何か言おうと思って、口を開きかけたけれど、言葉は何も出なかった。

 ただ茫然として、何を言えばいいのか分からないまま、沈黙が続いた。


「…クウォンツェ?」


 どうしたらいいの。

 私は、ただ。


「クウォンツェ」


 貴方がこれ以上、誰かに罵られないようにしたいだけなのに。


「―――クウォンツェ!」


 大きな声で名前を呼ばれて、そこで私はやっと彼の目をちゃんと見た。


「…リア様?どうしたんですか、そんなに慌てて」

「クウォンツェ…」

「やだ、そんな泣きそうな顔しないでくださいよ。リア様らしくないです」

「…お前が泣かないからだ」

「ハハ、なんですかソレ。ひどい当てつけですね」


 乾いた笑い声は牢獄部屋に空しく響いた。


「リア様、私を虐げたいなら殴るなり蹴るなりするべきですよ。モノへの八つ当たりは良くないので」

「…女性を蹴る趣味はない」

「大丈夫ですよ、リア様。私は奴隷です。女性だなんてものですらないんです」

「っ…」


 私は首を傾げた。


「リア様?どうして泣いているのですか」

「泣いているのはお前だ、クウォンツェ」

「それはありえません…って、あれ?」


 頬を伝う雫。私は始め、それはリア様が落としたものだと思った。でも。


「あは、あはははは……本当に私、泣いてるんですね?」


 なんだろう、少し悔しい。リア様だけには、泣かされない自信あったのにな。

 涙を拭おうとして、手を押さえられていたことを今更ながら思い出す。

 依然として、リア様が掴んだまま離してくれていない、私の両手首。


「………」


 離して下さいと言いかけた口を急いで閉じる。

 リア様に逆らったらいけないからとか、そういうのじゃなくて。


「…何か言いたいことがあるなら言うがいい。咎めはせん」


 違うんです、リア様。

 確かに今泣いているのは私だけれど。

 それよりも、貴方のほうが―――。


「…っ」


 意に反して嗚咽が漏れる。

 涙なんてもう流したくないのに、止まりそうにない。


 ―――ならせめて、泣き声だけは。


 軽い混乱に見舞われた私の脳は、とんでもない行動を身体に命じた。


 ―――舌を噛んで死んでしまえ。


 そうすれば、涙も泣き声も出なくなる。


「―――!」


 大きく開かれた私の口。次の瞬間に勢いよく閉じ、舌を噛み切ろうと歯で強く挟み込む。

 痛い。こんなこと今すぐにでも止めてしまいたい。

 そう思いながらも、ギリギリと舌を噛み続ける。

 痛さからの生理的な涙がぽろぽろ落ちていく。 


「…っ、この馬鹿者が!」


 そんな怒号が聞こえたかと思うと、鳩尾に激痛が走った。


「かはっ…!」


 腹部への痛みに気がそれて口が開き、舌から歯が離れる。

 すかさず、何か柔らかいものが口内へと入り込んできた。


「ふぁっ…」


 息苦しくなって空気を吸おうとするけど、今まで聞いたことのないような声が出てびっくりしてしまう。


 ―――何が口に入り込んでいるの?この柔らかいものは何?


 それは、柔らかくて温かくて。歯が食い込んで血が出てしまった私の舌を、まるで労わるように撫でていく。

 なんだろう。すごく、心地がいい。溶けてしまいそうだ。


「―――はあっ…」


 身体から力が抜け落ちてすっかり弛緩してしまったあたりで、口の中からそれは出ていった。

 ぼんやりとそれを何気なく追っていくと、リア様の顔が視界に移った。


「…って、あれ…?」


 リア様の顔を凝視する。とてもとても綺麗な御顔だ。

 …いや、そうではなくて。


「!!!!!!!!!!!」


 突然、夢見心地だった頭が覚醒する。まるで雷が脳天に直撃した気分だ。


 ―――ああ、なんてことだ!どうしよう!


「りっ、リア様ぁっ!?」


 ―――キスしませんでしたか!?しかも深いやつ!


 頬は熱い。だけど頭の芯は氷のように冷えている。

 赤面蒼白などという面白変顔を披露しているに違いない私の頬に、そっと手が添えられる。

 その手つきがやたらと優しい気がする。あのリア様の手のはずなのに!いつもなら平手打ちとかしてくるのに!


「………」


 お願いです何か言ってくださいリア様!

 いつものように罵倒してください!

 いつもの傍若無人なリア様に早く戻って! 


「殿下!リアード王子殿下は何処に!」


 そのとき、階上から騒がしい声が響いてきた。

 あれは…確か、近衛兵団の副団長さんだったっけ。


「り、リア様。呼ばれてますよ?」

「………チッ」


 舌打ち!?

 小さく聞こえたそれに硬直してしまった私から、それはそれは悠長に、ゆっくりとした動作で離れていくリア様。


「………」


 最後。ものすごーく何か言いたげな御顔をこちらに向けて、リア様はようやく牢獄部屋から立ち去って行った。


「な、何だったの?」


 しばらく呆然と鉄格子の向こう側を眺めていた私だったが、唐突にその前の出来事を思い出してしまう。


「っていうか、私…きききききききき!」


 言えてない、言えてないよ。なにかの生き物の鳴き声みたくなってるよ。

 落ち着いて。落ち着いていられるかって言いたいけど、とにかく落ち着け私。


「キス…しちゃった……リア様と」


 …そうだ、地面に穴を空けて閉じ籠ろう。そうしよう。うん。

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