その時、歴史は動いた
小学生という生き物はシンプルだ。
例えば足が速いだとか、運動能力に長けているような、長所が如実に顕れている子供は不思議と注目を浴びていた。
発育が宜しく無かった私は運動が苦手で、皆と楽しむ運動は好きだったが自ら進んでより良きを追及する人ではなかった。
誰もやろうと言わないのならやらない。
運動能力や身体的特徴に関しては興味が無いのでコンプレックスは無い。
運動をしなかったから身体を動かす感覚に乏しく、脳内に描く挙動のイメージと実動作が一致しない。
因果応報、ただそれだけだ。
運動に長けたクラスメイトが居た。
低学年の頃から抜群に機敏な、野球少年団に所属していた彼はクラスの人気者で、私もまた彼のファンの一人だった。
運動という能力の魅力に皆して惹かれていたのである。
この年齢で対峙する物事は案外、勢いと雰囲気だけでそれなりにどうにかなるモノだと思っている。
勉強も本を買って答案の数を重ねなくとも先生の話を聞いてさえいればその通りで素直なテスト問題が出題されるし、理由が無ければ個々の運動能力に激しく開きがあるわけでもない。
クラスや学年という単位の中の平均値よりも長けていれば、それは注目も浴びるべき個性だと思う。
当時の私はそれを才能とばかり勘違いしていた。
生まれ持った秀でた能力、才能。
だが決してそうではなかった。
夕飯の時刻まで友人の家で遊び、家路につくべく自転車を漕いでいたある日。
運動能力に長けた彼の家の前を通りかかると、彼は彼の父上と外で溌剌と動いていた。
走る練習をしていたのである。
その光景を薄ぼんやりと物思いに耽る私に気付いた彼は私に声を掛けてくれた。
彼曰く、友人とは遊ばず親と運動する時間を作っては父上に走りや野球を指導してもらっているのだそう。
照れ臭いのだろうか、彼は誰にも言うなよと恥ずかしそうに念を押した(今まさに約束を破ったが赦してほしい)。
この時、私の中の彼のイメージが崩れた。
彼は持って生まれた、運動の天才では無かった。
地道に努力して育んだ能力の持ち主だったのだ。
私は自分を恥じた。
あれだけ速く走れて、ドッジボールでキレキレの弾で敵陣を蹴散らし、野球少年団でも主力の彼が、何の苦労もなく天賦の才に恵まれていると勘違いし持て囃していた自分を恥じた。
彼はたまたま持って生まれた運動能力を行使していたわけではなく、影なる努力で運動という能力を徐々に勝ち得たのである。
この瞬間、天才や才能といった、恰かも神から授かった遺伝子的優位という伝説は私の中から消え去り、能力とは磨くべくして備わるものだと知った私は突出するからには努力が潜んでいるに違いないと改めた。
スポーツだから練磨は付き物かもしれないが、評価されないような些細な分野も含め、あらゆる分野で、努力は素晴らしい能力だと私は強く戒めた。
互いに恥じらい、されど私と彼では違った意味での恥じらいを醸した私達は雰囲気に耐え切れなくなり、挨拶をそこそこにその日は別れた。
ああ、私はなんという場面に遭遇してしまったのだろうか。
まるで見てはいけないモノを見てしまったような罪悪感に強く身を捩らせながら家へと強くペダルを踏み付けた。
きっと彼の恥じらいはこれと同じ意味の恥じらいだったろう。
時を経て、もう顔を会わせる機会も無くなってしまった彼は、高校球児となり、県を代表する一人となって甲子園へ挑んでいた。
彼がずっと努力を辞めなかった証である。
野球にチャンネルを望んで合わせない私も、噂を聞き付けて彼の試合を見送ったのだが、しかし、私の中で努力の化身である彼があっさり敗退してしまうような甲子園という世界は、恐ろしくも厳しい世界であるなあ。
努力は匂いすらも絶対に表に出したくないとする私の原点は、先に述べた幼少の彼と私の鉢合わせイベントにあるのかもしれない。
努力は見られると恥ずかしいモノだと、天才という牙城が崩れた衝撃と共に、脳のかなり深い部分に強くインプットされてしまった。
この想いがあまりに強いが故に、進歩を露にする場に於いて猛烈に緊張してしまう。
努力したからこそ成長するのだが、ああコイツは努力したんだなと推察されるのが恥ずかしい。
どの場でも、そうして評価を積み重ねて徐々に認められていく仕組みが私にはどうも辛い。
私は未だに小さい人なのである。
隣の芝生はどうしても青く見えてしまう。
私に無いのだから、当然私に無くて他人には在るモノに対しては敏感であるし魅力的に思う。
だが無礼なまでに才能を欲さないし憂わない。
表明的な結果のみを才能として羨むような乱暴な人が嫌いである。
芝生が瑞々しく青く美しいからには何か理由があるはずだ。
私なら影なる手入れを心から尊敬する。
そして無い物ねだりもそこそこに、今私自身が持ち得ているモノの価値を、まずは知っておきたい。
だって私は何の才能も持っていないのだから。




