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水蜘蛛  作者: 漆原康弘
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それでいて、私は併走する努力を怠らない

歩幅を変えるってのは難しい。


歩くスピードには個体差がある。

脚の尺も、踏み出す幅も違えば、リズムも違う。

10歩を快調に進む人間も居れば、同じ10歩をゆっくりと進む人間も居る。

力強く大地を踏み締める人間も居れば、気配を消すが如く頼りない一歩を臨む人間も居る。

この歩幅という奴は癖であって、変えようと思って簡単に変えられるような動作ではない。



ある時ふと、思考にも歩幅があってそこにも個体差があるではないかと発見した。

会話中に真意が上手く伝わらなかったり、何を意味しているのか汲み切れなかったりする。

これは発する側と受け取る側の歩幅が違うのだろうと考えてみる。


話題に対して、私が1歩先の話をしたつもりでも、相手と歩幅が合わなければ会話が噛み合わない。

一緒に1歩先の話をしたつもりでも、相手が私より遅れていれば伝わらないし、進んでいれば理解できない。

逆もまた然り。

中々と意識して変えられるものではない問題である。



会話が噛み合わない中でも"天然"と呼ばれる人には二種類存在すると勝手ながらお見受けする。


1歩を一緒に進んだとして、天然氏の進む方向が斜めの角度を付けている場合。

歩幅が全く一緒でもこれでは噛み合わない。

方向が違うわけだから。

そこに気付かず話を進める程に誤差は開くばかり。

これは考え方の違いであって歩幅の問題ではない。

天然氏の進行方向が相手と違い斜めに向かっているということは、相手とは違う答えに向かって当然とばかりに進んでいるだけなのだから。

天然氏が天然たる所以は、数多と存在する答えの相違の無自覚にあるのではないかとも言える。



もう一つの"天然"は"段飛び"をする人間だ。

こっちは1歩進んだつもりでも、このタイプの人は同じタイミングで2歩以上進もうとする。

頭の回転が速いのか、段取り不精なのか、天才(という言葉が嫌いだが、分かりやすくする為に使用する)はきっと思考回転の速い人に属する、のかもしれない。


数学で例えるならば、問の途中式を一部始終書かず、本人だけが納得出来る断片的なメモだけで答え導き出すようなモノだ。

普通の人間がその答案を見れば、突然沸いた回答に置いていかれる。

雑なメモだけでは答えまでの過程は理解できないし、過程が理解できないから納得が出来ない。

その回答が正解であるという、回答の回答が在っても。

数学に限らず、本人が如何にした導き出した回答なのか、という、過程から辻褄を合わせないとヒトは案外納得が出来ない生物ではないかと、私は思っている。



相手が何を謂わんとしているか、如何に伝えるべきか、これらを見極める能力は教える側の人間になるには必須の能力だと思う。

要は歩幅を察し、そして合わせる能力。

私は歩く歩幅もスピードも人より遅いが、思考の歩幅は少しだけ合わせる能力があるつもりだ。

だから実は"講師"という未来も有り得るのかもしれない。


と、思ったが歩幅云々以前に私は結構ズレている。

そもそもズレを修正する能力が無いし、むしろ進んでズレたい。

正しきに逸脱することなく、心地好い不協和音のようにズレるのが面白いのだ。

ならば向いていないなあ、講師。

新発見は一瞬にて否定された。




将棋で言うところの、"桂馬"のような人が好きで、私もそう在りたい。

真っ直ぐしか進まない"香車"は善くも悪くも男前であるし、"飛車"と"角"の極端なまでのアクティブさは観るに明らかな強者。

"金将"や"銀将"は将たる優等生なりの、無欠ではない不器用さが各々に在って個性的だ。

ここぞという場面で"歩"が大成するなり、颯爽と現れて相手の急所に切っ先を打ち立てる出世物語は私のようなダメ人間の希望かもしれないが、そんなありきたりなロマンには惹かれない。



2歩先を行き、1つズレる。

やはり私はそんな桂馬が好きである。

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