第四章『空を裂く光を見た』
第四章『空を裂く光を見た』
ウィル・ワームズ。
彼は厳格な男だった。
厳格と聞くと堅物と言うイメージを真っ先に思い浮かべるが、本来厳格とは規律や道徳に厳しく、不正や怠慢を許さない事を意味している。そう言う意味では、彼は実に厳格な男であった。
彼の家柄は代々レブルス王家に仕える家系で、彼自身も前国王であるアベル・クラウスの孫、ランク・クラウスに仕える身である。
レブルス国は実力式階級制度の異色の国だ。レブルス国においては実力が全てであり家柄や血筋は二の次である。だから、ウィルの家柄は異色のレブルス国において異色の家柄であったと言えるだろう。
だが、彼の実力はレブルス国において誰もが認めるところであり、その実力や人柄を見込まれ前国王アベルよりレブルス騎士団の団長の任を与えられている程だ。
そんな彼が厳格な男だと言われる所以は、王家に仕えると言う自分の家柄を頑なに守ろうとしている所にあった。
前国王アベルが崩御した際、レブルス国の内情は一時荒れた。
我こそが王に相応しいと腕に覚えのあるもの達が名乗りを上げ、ある種のクーデターが起ころうとしたのだ。それを食い止めたのがランクとウィルである。
ランクはその年齢からは考えられない程の政治の才を持っており、国の経済や外交を全て取り仕切り、ウィルはランクの指示を寸分たがわず実現させ、国内の不穏分子を鎮圧した。
その際、ウィルは騎士団長としてではなく一個人、ランクの部下として行動を起こしていた。
先程も述べた通り、ウィルの実力はレブルス騎士団を束ねるに相応しい腕前であり、彼がその気になっていればレブルス国王の座を我が物に出来ていた事は誰の目にも明らかだった。
だが、彼は王にはならなかった。
彼はその時の事を「自分はランク様にお仕えする身です」と語ったと言う。
王家に仕える彼にとって王になると言う事は、人としての道徳に反する行為であるとの認識があったのだ。故に、彼はあくまで個人としてランクの指示を受けたのだと言う。
それ程までに、彼にとって自身のルールは絶対なのだ。
今回の御霊捜索の任にしても、彼にしてみればランクが王となるために必要であるからと言う理由以外の理由はなかった。
彼は良くも悪くも自身の信念と忠義を貫こうとする騎士と呼ばれる存在なのだ。
ウィルが御霊捜索の任を受けてから二日、人々が行き交う街道を進む騎士達の姿があった。
規模は十人程度、隊として考えれば最少構成だ。
騎士達は中心の馬車の荷物を守るように隊列を組み街道を進んでいた。
騎士とは表現したものの、彼らは騎士らしい騎士の格好をしていた訳ではなく、街道行き交う人々と変わらぬ格好をしていた。
御霊捜索の任はあまり公言出来るものではなく、どちらかと言えば隠密の任にあたる。故に彼らは確かに騎士ではあったが、変装の意味を兼ね人々と変わらぬ格好をしていたのだ。
ただ一人、ウィル・ワームズを除いては。
「隊長、やはり街道でそのお姿は人目を引きます。せめてローブを着るなりして隠した方がよろしいかと……」
「目立つか?」
「はい。かなり」
騎士の一人、御霊捜索隊副隊長であるデイズ・ブラインがウィルにそう進言する。
ウィルはレブルス城に居た時と変わらぬ黒い甲冑をその身に纏っていた。城の中であれば何らおかしい格好ではなかったのだろうが、ここは一般の人々が行き交う街道である。
「だが、この鎧はアベル様より授かった私が騎士である証だ。それを任務中に隠す事は出来ない」
何度も述べるが彼は厳格な男で自身が騎士である事を誇りに思っている。だから彼は城の中であろうがどこであろうが、騎士として行動している時はその鎧を脱ごうとはしなかった。
「解りました……」
そんなウィルの言葉を聞き、デイズは苦悶の表情を見せながらそう述べる。
ある程度その答えを予想していたのだろう。その辺りに関してあれこれ言うつもりはなく、建前として述べたと言った感じであった。
「ウィル隊長、間もなくタンジェントの街に着きます」
だから鎧の件に関しては口実で、こちらの言葉の方が本題である。
「我々が目指すポイントは更に先となりますが、物資の補給や情報収集のため立ち寄った方が良いかと思われます。立ち寄る事により行程に半日程の遅れが予想されますが如何致しましょう」
隊長の補佐をするのが副隊長であるデイズの役目である。
例え隊長であるウィルが既に解っている事であっても、こうやって逐一報告し判断を仰ぐ義務が彼にはあった。
「街に立ち寄ろう。街に着いたらまずは昼食を兼ねて少し休憩を取る。物資補給や情報収集はその後でも構わない」
ウィルは空に浮かぶ太陽を見上げながらそう答え返す。
「急な任務だったからな。皆、準備もままならず疲れているだろう」
「いいえ、自分達は平気です」
デイズはウィルの言葉にそう返答する。
それが本音だったのか強がりだったのかそれとも建前だったのかは解らないが、騎士団長であるウィルの人望は厚く、騎士達はウィルに絶対の信頼を寄せていた。
ウィルは厳格な男だが人の心が解らぬ冷血漢ではない。寧ろ、彼は仁義に厚い義理人情の男と言えるだろう。
「いや、実際の所、本当に有るのか無いのか解らぬ存在を捜索するために皆を巻き込んだ事に私は負い目を感じているのだ。それぐらいの労いはさせてくれ」
「隊長……」
騎士が任務に従うのは当然の事だが、任務に参加する騎士の人格を無視している訳ではない。
先程の部下への労いの言葉にしても、彼は本心からそう述べていた。その辺りが彼の人望の所以と言った所だろう。
「今回の任務が成功し、ランク様が王となられればレブルス国はより良い国となるだろう」
「……隊長、無礼を承知で申し上げます」
「どうした?」
「隊長ご自身が王となる意思は無いのですか? 多くの騎士や兵達はその事を願っています」
出過ぎた発言である事は重々承知していた。
だが、騎士達の言葉を代弁し、ウィルに伝える事も副隊長であるデイズの義務である。
彼は当然ウィルが激怒し自分を叱咤するものと思っていたが
「私は王の器ではない」
ウィルは冷静にそう答えを返す。
「ですが隊長は今度の武闘大会に出場なさると聞きました。それは即ち王になる意思があると言う事ではないのですか?」
そう食い下がるデイズ。
先程、騎士達の言葉を代弁してと記載したが、その騎士達の一人に彼も含まれていたのだ。
「武闘大会には出場する。だが、もし私が優勝する事が出来たならば……私は王位をランク様に譲るつもりだ」
「何故ですか?」
デイズはウィルの言葉に問い質す。
王位を譲るなど、レブルスでは前代未聞の行為であるからだ。
「皆が私に期待してくれる事は嬉しい。だが、私は不器用でな。ルールを守ることは出来ても作ることは出来ない」
王家に仕える人間だからと言う理由の他にも、彼には思う所があるようだ。
「ランク様はまだ若いのに立派に国を管理しておられる。今はまだ至らぬ所もあるかもしれないが、これからのレブルスにはあの方の力が必要なのだ。だから私はランク様こそが王に相応しいと思っている」
「そこまで、お考えなのですか……」
騎士達とてランクの事を軽視している訳ではない。
ランクの実力は既に証明されているし、まだ幼いランクを支えてやりたいと思うのは騎士でなくとも思う事だった。
「済まないな。私の我儘を許してくれ」
「いいえ、隊長がそうお考えならば自分達は隊長についていきます」
デイズのその言葉に他の騎士達も賛同の意思を見せる。
「……皆、ありがとう」
自分の事ではなくレブルスの事を考え行動をする。
そう言う意味ではランクとウィルの二人は実に良く似ていると言えるだろう。
そんな二人だからこそ、多くの者達の支持を集める事が出来ているのだ。
「ですが隊長。そうなると一番の強敵はラルス様と言う事になりますが……」
一先ずの結論が出た所で、デイズは次の問題を提言する。
「そうだな。気まぐれな方ではあるがその実力は本物だ」
ラルス・クラウス。
ランクの兄であり。レブルス国の第一王位継承者。
実力式階級制度のレブルスでは王位継承権などあってないようなものだが、政治の建前上そう言う肩書きが必要な場面が多くある。そのための肩書きではあったのだが、彼はその肩書きに相応しい実力の持ち主だった。
しかし、そんな第一王位継承者であるラルスは約五年前にクラウス家の仕来りに従い旅に出たまま音沙汰がなく、今現在も世界を旅している俗に言う放蕩王子であった。
「所在は未だ不明だが、闘いに関する関心は他の追随を許さない方だ。母国で武闘大会が開かれると聞けばおそらく戻ってこられるだろう」
「よろしいのですか?」
ラルスもまた、ウィルが仕えるクラウス家の人間である。
そんなラルスと闘う事になってもよいのかとデイズは問うが
「ラルス様が大会に出場されると言うのならばそれはそれで良い。一人の武人として、何時か手合わせしたいと思っていた」
ウィルはクラウス家に仕えており、ランクやラルスに対して忠誠を誓っている。
通常であれば彼が彼等二人に弓引くがごとき行動を取る事はないだろう。だが、舞台が武闘大会と言う場であるならば話は別だ。
正式な場で闘う以上は全力で闘うのが礼儀である。
ウィルの辞書には、真剣勝負の場で手を抜くなどと言う言葉は無かった。
「皆、その一戦を楽しみにしています」
その答えを聞いて騎士達は喜びの表情を見せた。
騎士と雖も実力式階級制度のレブルスの民である。
強い者と闘いたい。強い者同士の闘いが見てみたいと思うのは無理からぬ事であった。
「余談が過ぎたな。先を急ぐとしよう」
何時に無く任務中に喋りすぎたとウィルは騎士達に行動を促す。そんな時
カッ!!
周囲が昼であるにも関わらず急に明るくなる。地上に居た者は強烈な光を感じ皆空を見上げる。
光だ。
空を見上げれば、眩いばかりの青い光が天を分断するかのように空を貫いていた。
「なっ……」
信じられない光景だった。
空を切り裂く一筋の青い光。それは太陽の光よりも眩しく、空よりも青い光であった。
フッ……
数秒もしない内に、その光は現れた時と同様に音も無く消え去ってしまう。
そう、消え去った。
それはまるで夢を見ているようであった。
文字通り、その光の後には何も残っておらず、雲も、空も、光さえもまるで空を白い何かで塗りつぶしたかのように、後に残ったのは白い空間のみであった。
しかし、それも一瞬の出来事ですぐに空はその青さを取り戻し元の状態へと戻る。だが、あの青い光を見た後ではその空の青さがとても希薄な青に見えた。
「計測は出来たか?」
ウィルはそう声を上げ、後方を振り向く。
見れば、馬車の荷を解き何やら鉄製の道具を使っている騎士が居た。
「そ、それが……計測出来ませんでした」
「間に合わなかったか……」
無理も無い。
何の準備もしていない所に突如現れた現象だ。対応し切れなかったとしてもそれは責にはならないとウィルは言うが
「いいえ、違います。計測は行いました。ですが、計測が出来なかったのです」
「何、どう言う事だ?」
間に合わなかったという事ではないらしい。
「機器は正常に動作しています。ですが先程の光は何の痕跡も残しておりません」
「データに無い現象だったと言う事か?」
「例えデータに無かった現象であったとしても、何らかの数値が計測出来ているはずです」
その事実に皆が皆顔を見合わせる。そんな事があるのかと。そんな中
「隊長、これを見て下さい」
「どうした?」
デイズがウィルに声を掛け、一枚の紙を差し出す。
「発信源は解りませんが、先程の光の方向から逆算して発生箇所を地図上に記してみました」
「これは……」
ウィルはその地図を広げ、発生箇所と思われる線をなぞっていく。
「我々が捜索場所としている場所が発生予想箇所上に存在します。偶然と考えるのは容易いですが……」
可能性の話だ。
関連付けようとすれば関連付けられるし、無関係だと言えば無関係としてみる事が出来る。そんな可能性の話だが
「……私は、あの光が我々の捜し求める物と無関係であるとは考えられない」
そのウィルの言葉に騎士達も賛同の意思を見せる。
その場にいる全員が、根拠無き確信を持っていた。理由は無く根拠も無い。だが、理由や根拠を超越した何かがそう訴え掛けている。
「休憩は取り消しだ。計測機器収容後、すぐに目的地に向かう」
『はっ!!』
騎士達はそう返事をすると手際良く計測に使った機器を馬車に積み込みはじめる。
収容が終わるのを待ちながら
「(それにしても……)」
ウィルは空を見上げて考えていた。
「(実に、美しい光だった。心奪われるとはああいう時の事を言うのだろうな……)」
それは、あの青く輝く光を見た者ならば誰もが思う事だった。
ただ、ウィルは誰もが思うその感想にもう一つの感情を抱いていた。
「(もし、もう一度見られるものであれば、見てみたいものだ……)」
それは彼の中に生まれた小さな小さな運命の波紋であった。