第五章『世界の真実』
第五章『世界の真実』
「ん……?」
朝日が徐々に昇るように、ゆっくりと意識が回復していく。
意識を取り戻して最初に気が付いたのは人の気配だった。まだ意識がはっきりとしないが、近くに誰かが居るようだ。それを確認するためにも、とりあえず目を開けて見る事にした。
「……」
目を開けると、すぐ目の前にフェリアがいた。両目を大きく開いてこちらを見ている。
「……ああ、おはようフェリア」
意識がまだ朦朧としていて何を言えばいいのか解らず、とりあえず思いついたそんな言葉を言ってみると……
「おはようじゃないわよっ!!」
怒られた。
「人がどれだけ心配したのか解ってるのっ!?」
胸元を掴まれたまま、顔が付かんばかりの距離で怒鳴られる。
どうやら相当ご立腹のようだ。どうやってその怒りを鎮めようかと案を練っていると
「本当に、心配したんだから……」
今度は泣き出されてしまう。
「(……俺にどうしろと)」
どう対応すればよいのだろう。状況がまったく解らない現状では下手な対応は命取りだ。現状を把握するためにもまずは周囲の情報を得る必要がある。そう思いラックは周囲を見回すが
「……何で、部屋に居るんだ?」
そこは勝手知ったる自分の部屋だった。
「確か俺、ガーゴイルと闘って……」
覚えている限りでは、自分は確か遺跡の中でガーゴイルと闘いその後意識を失ったはずだ。それが何故自室のベッドの上に居るのだろう。
「あの後、お父さん達が来てくれてラックを村に運んでくれたの」
そんなこちらの疑問に気付いたのか、フェリアは涙目のまま事の経緯を説明してくれる。
「来てくれた? フェリアが呼びに行ったんじゃなくて?」
それはそれで疑問を感じる言葉だった。その件に関しても答えて欲しかったが
「行ける訳ないじゃない。だってラック、だって、血だらけで倒れて、起こしても起きないし、私、ラックが死んじゃったのかと思って……」
フェリアは再び泣き始めてしまう。
どうやら相当情緒不安定になっているようだ。それだけ心配してくれたと言う事なのだろうが
「泣くなよ。ちゃんと生きてるだろ」
フェリアが泣いている所など見たくない。
ラックはフェリアに大丈夫な所をアピールしようとベッドから身を起こし、そう声を掛ける。
「(……ん?)」
そこで改めて自身の体の状態を認識する。
「(傷が……無い?)」
フェリアに対し大丈夫だとは言ったが、記憶にある自分の体はガーゴイルとの闘いでボロボロだったはずだ。それこそ死を覚悟するぐらいに。だと言うのに身を起こした体には傷一つ付いておらず、寧ろ健康体そのものであった。
「フェリア、俺……」
結構な大怪我していたはずだけど何か知らないか……そう、今のフェリアに問うのは酷だろう。
「喉が酷く渇いてるんだ。水、貰えないか?」
「うん、ちょっと待ってて、ストアおばさんも呼んでくるから」
そう答えるとフェリアは涙を拭い、部屋を出ていこうとする。出て行く間際にフェリアの見せてくれた笑顔が「自分はフェリアを守る事が出来たのだ」と言う事を自覚させてくれた。
パタンッ……
フェリアが出て言った事を確認して、ラックは改めて考える。
「(……おかしい)」
窓から外を見れば、太陽はまだ真上から傾き始めた頃、大凡午後二時と言った所だった。
「(俺達が行方不明になって丸一日。裏山に行くとは伝えてあったが、捜索が始まったのは日が昇ってからのはずだ。そう簡単に見つかるはずがない。何より腑に落ちないのは……)」
遺跡の件である。
遺跡は古代文明の遺産であり、各国で研究が行われているほどの価値のある存在だ。
自分達が見つかったと言う事はその遺跡の存在が皆に伝わったと言う事であるはずなのに、窓から見える村の光景は普段と何も変わっていなかった。
「(前からあの場所に遺跡がある事を大人達は知っていた。そして、その上で何かを隠している)」
推測は出来てもこの場で答えが出る類の問題ではない。
「(それを確認する必要がある……)」
そう考え、ラックは服を着替えてフェリアと母が居るであろう居間へと足を向けた。
居間。
「……あれ、フェリアは?」
居間の中を見回すが、居るのは母のみでフェリアの姿が見当たらなかった。
「貴方が起きたって兄さんに伝えに行ってもらったわ」
「ふぅん……」
その言葉にラックは特に反応を見せなかった。
「それよりラック、先に言う事があるんじゃない?」
「……あー、えーっと、ごめんなさい」
どう言い訳した所で心配を掛けた事に変わりはないだろう。
そう思い、ラックは素直にそう謝罪の言葉を述べるが
「あら、何か謝らなきゃいけない様な事したの?」
「え……」
どうやらストアが期待していた言葉とは違ったようだ。
「あ、もしかして人様に言えない様な事をフェリアちゃんにしたんじゃないでしょうね」
「いや、そんな事する訳ないし」
本当は少し危なかったりもした訳だが、それを言うとややこしくなるので言わない事にした。
「まぁ、それならそれで良くやったと褒めてあげるわ。グッジョブよラック」
親指を立てながら息子を褒めるストア。
「母さん、その発言は母親としてどうな訳……」
相変わらず、とんでもない事をさらりと言う母だと内心で思うラックだった。
「って言うか、謝ったのは心配掛けたんじゃないかと思ってしたんだけど」
「心配なんてしてないわよ。心配してたとしたらフェリアちゃんの無事ぐらいかしらね」
「息子の心配は無しですか……」
「ちょっとやそっとでどうにかなるような育て方はしてないつもりよ」
ラックの言葉にストアはそう述べ
「それで……ちゃんとフェリアちゃんは守ったの?」
「……母さん?」
真剣な表情でそう問い掛けてくる。
「どうなの?」
言葉だけを聞けば「男の子なんだから女の子を守って上げなくちゃ駄目よ」と言った問いのように聞こえるが、その実は違う。
「守ったよ。命を懸けて守った」
「そう、ならいいわ」
聞きたかったのはそれだけだとストアは言う。
その問いはまるで、あの遺跡で何があったのかを知っており、確認のための質問のようだった。
「母さんは……何を知っているの?」
聞きたい。
今、何が起こっているのかを。そして、何が起ころうとしているのかを。
「貴方の考えている事は大体解るわ。色々と謎だらけなんでしょ?」
そんなラックの心を見透かすようにストアはそう述べ、ラックはその問いに頷き返す。
「兄さんの所に行きなさい」
「え?」
「兄さんに聞けば全て解るわ。でも、それまでは誰にもその事を聞いちゃいけないわよ」
何故?
思わずそう母に問いたくなったが
「……解った」
一呼吸考え、そう答える。
母は何時ものほほんとしていて突然とんでもない事を言ったりする人だが、間違った事を言った事は一度も無い。
「(……つまり、どう言う訳かは解らないけど今は黙っておけと言う事なのか?)」
質問をしたはずなのに謎が増えてしまった。
だが、それを解決する糸口は示してもらえた。
「じゃあ、ちょっといってくるよ」
「ええ、いってらっしゃい」
ラックはストアにそう言い残し、家を出てまっすぐフェリアの家へと向かった。
不可解な点は幾つもあった。
突如迷宮と化した山、山の中にあった遺跡、遺跡の中にあった人の体に入り込む水晶玉、そして、おそらくは水晶玉が入り込んだ事によって見えた0と1の世界。
どれをとってもおかしな事だが、その全てに不思議な繋がりがあるように思えた。
その答えを求めるべく、ラックはフェリアの家へと向かっていたのだが
「……」
不思議な光景を目撃する。
それは何時もの村だった。だが何時もの村のはずなのにどこかが違う。
「(……何だ?)」
その違う何かに気付くのに僅かの時間を要した。
それは村の大人達だった。
何度も述べるが小さな村だ。村人全員が知り合いで、村の中を歩けばすれ違う大人達と二、三会話を交わす事はざらにある。そんな中、普段と大して変わらない会話を交わしているはずなのに何故か大人達が何時もと違うように見えたのだ。具体的に何が違うと口で言える変化は無いのだが、どうにも雰囲気が違っているように感じた。
「(どこか落ち着いている感じがする。いや、落ち着いていると言うよりはテンションが低い感じだ。けど、何で……?)」
ラックがそんな違和感の正体について考えていると
「あ、ラック兄ちゃん」
「聞いたぜー。何かとんでもない事やったんだろ」
村の子供達に声を掛けられる。
「お兄ちゃん何かしたの?」
「お姉ちゃんと一緒に居なくなったって聞いたけど本当?」
子供達の質問に
「いや、情けない事に山で迷子になっていただけだよ」
ラックはそう答えを返した。
「えー、嘘だー」
「だってお父さんもお母さんも何か真剣な顔してたよ」
その言葉を聞き、ラックは確信する。
子供の感受性は侮れない。自分の母はあの通りの人だからその辺りが読み取れなかったが、村の子供達までもが自分と同じ何かしらの違和感を感じている。
「なぁ、兄ちゃん。今日は稽古つけてくれるんだろ?」
「俺達今から学校行くんだ」
小さな村ではあるが最低限の施設ぐらいは揃っている。
とは言っても小さな村の小さな学校だ。授業が無い時は子供達にとっての公園のような場所だった。そこで稽古を、この場合遊んでくれと頼まれるが
「悪いな。俺はこれからギガおじさんに説教受けに行かなきゃならないんだ」
多少の尾鰭を付けつつそう断る。
「げ、先生のお説教かよ」
「そりゃ災難だ」
それじゃあ仕方が無いとばかりに子供達も諦めの声を上げる。
「あ、でもその後ならいいんでしょ」
「フェリアお姉ちゃんも誘ってきてよ」
「ああ、また後でな」
子供達はラックのその返事を聞くとまっすぐ学校に向かって走っていってしまった。
「(……子供達は何も知らない。だが、大人達は何かを知っている)」
自分やフェリア、子供達が知らない。もしくは子供達には言えない何かを大人達は知っている。
それだけは確信を持つ事が出来た。
コンコン……
フェリアの家の扉を軽く叩くラック。すると
「あ、いらっしゃーい」
ガチャ……
中からフェリアの声が聞こえてきて扉が開かれる。
「遅かったね。どうせまた道端で話し込んでたんでしょ」
「話し掛けられたんだから仕方ないだろ」
ラックはそうぶっきらぼうな答えを返すが、受け答えをするフェリアに先程までの不安定さは見当たらず、一先ず安心する。
「まぁいいわ。さ、入って入って」
「お邪魔しまーす」
フェリアの後を追い家の中に入ると、居間のテーブルで一人の中年男性が紅茶を啜っていた。
ギガ・カストゥール。
フェリアの父親であり、ラックとフェリアの呪法の先生であり、ストア・ラグファースの兄。
つまり、ラックにとっては伯父に当たる人だ。ちなみにそう言う意味ではラックとフェリアは従兄妹関係と言う事になる。
「やぁ、お昼寝の後の気分はどうかな?」
「すこぶる快調ですよ」
ギガの言葉にラックはそう答える。
どうにもギガ・カストゥールと言う人物は物事を多少の変化球で話す癖があるらしく、言葉通りの意味で捉えると後で痛い目を見る……と言うのが彼に対するラックの認識である。だが、変化球ではあっても物事の本質や本題を外した事が無い事もラックは知っており、先程の言葉にしてもラックの事を気遣っての発言である事を理解している。
「それは良かった」
ラックがテーブルの椅子に座るとフェリアがカップと紅茶入りのポッドを運んで来てくれる。
それらをテーブルに置くとフェリアも同じように並んで椅子に座った。
「気分が悪いと思考もうまく働かない。何事も自然体が一番だ。寝起きの紅茶でも飲んでリラックスしていこう」
促されるまま、ラックは紅茶を一口飲む。
余談ではあるがラグファース家もカストゥール家も紅茶党であり、食後や雑談等で振舞われる飲み物は決まって紅茶である。
「さて、君が昼寝している間にフェリアから大体の事情は聞いた。大変だったみたいだね」
たっぷり数分は間を置いて、ようやくギガがそう口を開く。
「ええ、まぁ……」
危うく死に掛けた事を大変の一言で済まして良いのかとも思ったが、大変であった事に変わりは無い。
「しかしまぁ、ガーゴイルを相手に良く頑張ったものだ。日々の修錬の賜物だなこれは。二人とも無事で何より、私としてはこれ程嬉しい事はない」
「おじさん、その事ですが……」
何故、そうも自分達がした事を知っているのか。その事を今こそ問おうと思ったが
「おっと、そこまでだ」
「え?」
ギガは口元に一本指を立て、喋るなと言った仕草をする。
「悪いがまだ私の話の途中でね。出来れば黙って聞いていて貰えるかな」
「……」
一瞬「はい」と返事をしそうになるが、ラックは寸前でその口を閉じる。
隣を見るとフェリアも同じように口を閉じていた。何時ものフェリアであれば問答無用で質問しいそうなものだが、どうやら事前にギガから言いつけられているようだった。
「よしよし、まずは第一段階成功だ」
「(第一段階?)」
決して口には出さないが心の中でそう思う。
「ラック君、君は私がこれまで受け持った生徒の中で最も優秀な生徒だ。だから、これから私が喋る事の意味を出来るだけ正確に理解して欲しい」
妙な言葉の言い回しだった。
ギガの言い回しが普通と異なる事は先程も述べた通りなのだが、前もって言葉の意味を理解しろなどと言うような人ではなかったはずだ。
「今の君は色々と疑問を抱え込みそれを質問したいと思ってだろうけど、君はその全てを質問出来る訳ではない。だが、それは私が喋らないと言う意味ではないし、私がその質問の答えを知らないと言う意味でもない」
ギガは真剣な、どこか危機迫るような表情でラックに話し掛ける。
「これから君は私に対しておそらく三回だけは質問が出来る。いいかい、出来うる限り核心をつくような事を聞くんだ。そして質問をした後は私が喋り終わるまで質問しない事……いいね?」
ギガの言葉にラックは小さく頷く。
まだ状況が良く飲み込めてはいないが、伯父がこれだけ真剣な表情をして話をしている所をラックは見たことが無い。それだけ何か重大な事が関わっていると言う事なのだろう。ならば、こちらもそれ相応の心構えを持って当たらなければならない。
「(……しかし、どうしたものか)」
ギガの言う通り、ラックはこの一連の出来事の核心を突くようなキーワードを考える。
ラックが知る限りギガ・カストゥールという人物は思慮深く冷静で、何事においてもミスをしない人だ。その人物がここまで念を押すと言う事はその言葉の裏に秘められた何かが必ずあるはず、それを見極めなければならない。
「(どうする、何を質問すればいい?)」
考えれば考えるほど焦りが生まれ、思考がうまく噛み合わない。そんなラックを見かねてか
「焦る事は無い、時間はたっぷりある。ゆっくり考えて答えを出すといい」
ギガはラックにそう助言をする。
「(……どういう事だ?)」
ラックはてっきり「時間が無いから三回だけしか質問出来ない」と思っていた。
だからこそ、素早く的確に答えを出さなければならないと考えていたのだが
「(時間はある。だがおじさんは三回だけは質問が出来ると言った。この矛盾は一体……?)」
疑問がまた一つ増えた。質問の選択肢が増えたかのようにも思えたが
「……ではおじさん、質問をさせてもらいます」
ラックの最初の質問はすでに決まっていた。
「遺跡の中にあった青い水晶玉、あれは一体何なんですか?」
この質問は外せない。
自分の体に関わる事であると言う理由もあったが、山で迷子になったのも遺跡に辿り着いたのも、全ては水晶玉の所へ辿り着くための布石。そう、一連の出来事は全てあの水晶玉へと繋がっていると思えたからだ。ならば、あの水晶玉の正体が何であるかをまず確認する必要があった。
「ふむ、まぁ、模範的な質問だな」
ギガは何か納得するように一人で頷く。
「まずは君の意見を聞こうか、ラック君はあの水晶玉が何だと思う?」
「え……」
「ああ、私から質問した時は喋ってもいいですよ。ただし、解答のみをね」
ギガはこちらの考えを見透かしたようにそう指摘する。
「……御霊、だと思います」
あの水晶玉の正体、それは伝説と言われている神の御霊。
「どうしてそう思う?」
「フェリアの地図の件もありますが、俺が知る限り御霊がどんな形や色であるかが記述されている書類や文献はありません。だとすると記述されてないのではなく、記述出来なかった。つまり、御霊が特定の形状を留めない不定形体である可能性が考えられます。今回、御霊は水晶玉の形をしていましたが、今は俺の体の中にある。ある意味不定形である証明にもなりますし、人体に入り込むような存在であれば解析が困難だとも考えられます」
「なるほど、一応は理に適っている説明だ」
その説明に満足したのか
「察しの通り、あの水晶玉の正体は伝説の神の御霊だ」
ギガは嬉しそうに述べる。
「さて、あの水晶玉が御霊だとして、御霊とは本当に神の魂が具現化したものだと思うかね?」
「いいえ」
「理由は?」
「本当に神の魂が具現化したものであるならば、人がその身に御霊を宿す事は不可能でしょう」
「では、御霊とは一体何だと思う?」
「おそらくは古代の兵器の一種。機械に守られるように置いてあり、御霊が俺の体内に入った時の状況から考えると、生物に何らかの機能を付与するための増強剤的な何かだと思われます」
そう考えるならばある程度の筋は通るような気がした。
パチパチパチ……
ラックの言葉を聞き、ギガは拍手をしながら笑う。
「なかなか見事な推測だ。僅かな情報からそこまで考える事が出来れば十分過ぎる。これから話す事も、君ならきっと理解出来るはずだ」
ギガは一度仕切り直すように紅茶を一口飲み、言葉を続ける。
「君は自力で御霊が神の魂が結晶化した物では無いという結論に達した。確かに御霊は神の魂が結晶化した物などではない。本や伝承、言い伝えの出来事なんて全て作られた嘘っぱちだ。御霊とは、膨大なパターンのチャートやアルゴリズム、マトリクスを集め記録しているだけのデータベース、巨大なライブラリにしか過ぎない」
「(え……?)」
その言葉の数々にラックは戸惑う。
それらは呪法師が呪法を作る上で使われる言葉の数々。
「だから君が口にした増強剤と言う言葉はなかなか的確に的を射ている。君が御霊を手に入れる事によって出来たと思っている事は、たまたま御霊の中に君の能力を強化してくれるデータが存在していた結果に過ぎない」
「(俺が御霊を手に入れる事によって出来たと思っている事をおじさんは知っているのか……)」
御霊を手に入れる事によって出来たと思っている事。
御霊を手に入れる事によって見えたと思っていたあの世界。そう、あの0と1の世界の事をギガは知っている。
「まぁ、人にしたって世界にしたって、本質なんてものはそう簡単には変わらないものさ」
「(本質……?)」
その言葉が妙に引っ掛かった。
そして、ラックは同時にあの世界、0と1の世界の事を思い出す。
「(……まさか)」
途端、ラックの表情が変わる。
ラックの中で一つの結論が導き出されたのだ。
「ほぅ、何か気付いたかね?」
「ええ、恐ろしい事に」
「では次の質問を聞こうか?」
「……二つ目の質問をさせてもらいます」
それは賭けにも近い事だったが、だからこそラックは質問する。
「この世界は……何で出来ているんですか?」
何を聞いているのだと思われるかもしれない。常軌を逸している質問だと自分でも思う。
通常であれば絶対に正気を疑う質問だっただろうし、ラック自身も他者からその話を聞かされればまず信じなかっただろう。だが、その質問の解答が自分の予想通りのものであるならば、全ての点において説明がつく。
『……』
一瞬の沈黙が流れる。そして
「……良い質問だ。ああ、実に良い質問をしてくれた」
ギガはまるで一生を掛けなければ解けない難解な問題を解いたかのように、実に清々しい笑顔でそう言った。
「驚いた。まさか二回目でその質問をしてくれるとは思っても居なかった」
「あれだけこちらに情報を提供しておきながら良く言いますよ」
その伯父の言葉でラックは確信が持てた。全てはこの瞬間の前振りだったのだ。
「……おじさん、答えを聞かせてください」
「そうだね。そこまで解ってくれているのならまずは答えだけを先に言おう」
ギガは一呼吸置き述べる。
「この世界は……プログラムで出来ている」
「……」
ラックはその言葉を黙って聞いていた。
「まぁ、もう少し正確に言うならばそれはプログラムではなく文字や数字の集合体、更に厳密に言えば0と1で出来ている」
出来れば違うと言って欲しかったと言わんばかりの表情を見せるラック
「……え、待ってラック、どういう事?」
それまで押し黙っていたフェリアだったが、我慢出来ずにラックにそう聞いてくる。
ギガに対しての質問ではなく、ラックに対しての質問である辺りに配慮が感じられた。
「聞いての通りだ。この世界はプログラムで出来ている」
「プログラムって私達が何時も作ってるあれ?」
「ああ、それだ」
プログラム。
それは呪法を構築する上で呪法師達が組み上げる文字や文章の羅列の事を意味している。
そのプログラムを実行する事によって発言する現象の事を呪法と言うのだ。
「何言ってるの、そんな事ある訳ないじゃない」
フェリアのその反応は当然だった。
「お父さんも真面目な顔して何言ってるの」
それが普通の反応と言うものだろう。だが、ギガは言葉を続ける。
「フェリア、お前はこの世界に疑問を抱いた事は無いのかい?」
「え?」
「ただの文字や文章の羅列が世界の法則に干渉すると言う現象を疑問に思った事は?」
フェリアは幼き頃から父より呪法を学ん出来た。
その過程で「何故このような現象が起こるのだろう」と言う疑問を持った事は当然ある。だが
「文字や文章の羅列が世界の法則に干渉すると言うのであれば、この世界は文字や文章で来ている……そう考えた事は無いかい?」
その先に関しては考えた事がなかった。
「ラック君はあるかな?」
「俺は……あります」
「ラック?」
ラックのその返事にフェリアは驚きの表情を見せる。
「子供の頃からずっと疑問に思っていたんです。元はただの文字や数字の組み合わせに過ぎないのに、どうしてそれを実行しただけであんな現象が起こるのか」
ずっと疑問に思っていた。
自分が作ったプログラムが自分の考えた通りに超常現象が引き起こす。
呪法師であれば誰もが一度は感じる優越感。呪法を使った時に感じる、まるで自分が神にでもなったかのような高揚感。その正体をラックは知りたかった。そして
「今だから白状しますけど、俺はその答えが知りたくて呪法を学んで来ました。そして……」
その答えは出た。
「この世界はプログラムで出来ている」
その答えをラックは見た。両の眼ではっきりと0と1の世界を見たのだ。
今ならば確信出来る。あれこそがこの世界の真実の姿なのだと。
「そん、な……」
フェリアはまだ信じられないといった感じだったが、彼女が信じる信じないに関わらず、彼女はこの話が本当の事なのだと気付き始めている。何故ならば、潜在的に彼女もその事に関して気付いていたからだ。彼女だけではない、呪法を扱う者は誰もがその真実と隣り合わせに居る。
「フェリアがその事に気付かなかったのは無理の無い事だ。そもそも、自発的にその事に気付く事自体がありえない」
ギガは尚も言葉を続ける。
「衝撃の事実だろうが、問題はその先にある。ラック君、この世界がプログラムで出来ているとしたら。私達の存在が、いや、この世界がどのように成り立っているか解るかな?」
「……」
問われるが、ラックはその答えを返せなかった。
答えが解らなかった訳ではない。その答えを認めたくなかったのだ。
「ラック……」
一人、その答えが解らず困惑するフェリアを見て、ラックは重い口を開く。
「呪法は呪法師が組んだプログラム通りに動作する。俺達がプログラムで出来ている存在であると言うならば、俺達は言わば呪法だ。そうだとすれば、俺達はプログラムの示す通りに動かなければおかしい事になる」
「……え、それって」
仮に呪法に意思があったとして、呪法は自分の意思でその動きを変える事が出来るのだろうか。
答えはノーだ。呪法は呪法師がプログラムした通りに動作する。この世界が呪法と同じくプログラムで出来ているのだとしたら、自分達の存在はその呪法と何ら変わらない。つまり
「俺達は、もしかしたら生まれたその時から今に至るまで、プログラムに従って動いているだけなのかもしれないって事だ」
「……嘘、そんな」
そんな事は認めたくない。
いや、それこそ認めたくない。認めたくはないが、思い当たる節は幾つかあった。
「不可解な事は幾つかあった。初めは裏山に入った時、何時もであれば裏山で迷う事なんてあるはずがない。だと言うのに俺達は迷った。そして俺達は偶然遺跡に辿りつたいが、思えば何もかもが出来過ぎている」
それらが予め定められている順序通りの出来事だとしたら、全てに対して説明が付くのではないだろうか。
「そんなのおかしいっ!!」
フェリアが突然怒りを露わにして大声を出す。
「だって、私は偶然書庫で本を見つけて、それでラックを誘って裏山に行ったのよ。そんな偶然の出来事が……」
プログラムの仕業だと言うのか。そう否定したかったフェリアだったが
「そう、それこそが抗う事の出来ない定めのプログラム。私達はそれを運命と呼んでいる」
ギガにそう肯定されてしまう。
「運命は私達の意思に関わらず物事を進めて行く。フェリア、お前はさっき偶然と言ったが、それは本当に偶然だったと言いきれるかい?」
「え……」
「運命とは、その辺りの全ての事象すらも捻じ曲げてしまうものなんだ」
ラックはその捻じ曲げると言う言葉に心当たりがあった。
地図の一件だ。
フェリアは気付いていなかったが、あの時地図はまるで遺跡に行く事を促すように描き変わっていた。地図だけではない。今の話を聞いてラックは石畳の時の事を思い出す。あの時、ラックはコイントスで道を決めた。確率は二分の一だったが、もしかしたらあれすらもが運命によって捻じ曲げられた結果だったのかもしれない。
「そんな……」
自分の意思で行ったと思っていた事が、実は運命に操られるままに行われた行為だった。
「おかしい、そんなのおかしい。だって私の意思は私だけのもので、それがプログラム通りだっただなんてそんな事……」
その事実をフェリアは受け入れられないでいた。
「そう、その通りだよ。フェリア」
「お父さん?」
そんなフェリアにギガは優しく話し掛ける。
「プログラム通りに動いて、プログラム通りに選択して、死ぬまでずっとプログラムに従って生きていく。誰も逆らう事の出来ない定められた運命と言う名のプログラム。私はそんな運命に従って生きるのが嫌だった」
それがギガの本心だった。
「おじさん……?」
何時も穏やかで、どんな事が起きても冷静だった伯父が自分の我を露わにしている。
「だからラック君。私は、いや、私達は君に期待しているんだ」
「え……?」
その言葉の意味をラックは一瞬理解出来なかった。
「私達は……」
ギガは言葉の続きを喋ろうとするが
「……」
突如、ギガの言葉が止まる。
「……おじさん?」
「すまない。これ以上の言葉を喋るためには君の言葉が必要なようだ」
これもまた運命と言う事なのだろうか、ラックは三度目の質問を迫られる。
「(だが妙だ。先程の話が本当だとするなら、この受け答えには一体何の意味がある?)」
人の意思や事象すらも捻じ曲げてしまう定められたプログラム、運命。
それが事実であるならば、何故自分はこうやって質問を考え投げ掛けている。
目の前の伯父はその運命に操られ言葉を発する事すらままならないと言うのに、何故自分は質問を投げ掛ける事が出来ているのだ。そこでラックはある事を思い出す。
「(……いや、おかしいのは俺の方なのか?)」
思い返せば、自分はおかしい事をおかしいと気付いていた。
それは先の話からすればおかしな事ではないだろうか。運命が自分達を導いていると言うのであれば、おかしいとさえ思わないはずだ。現にフェリアは地図の一件に気付かなかった。何より、先程からギガはまるで自分に何かを伝えようとしている節がある。
「(その辺りに最後の謎が隠されている。だとすれば……)」
意を決しラックは口を開く。
「おじさん、最後の質問です。おじさんは、いえ、村の大人達は何を知っているんですか?」
「……ふふ、ラック君。君は本当に優秀な生徒だ。私は君の師である事を今日ほど嬉しいと思った事はない」
喋る事の出来なかったギガの口がそう言葉を発する。
「教えてください。おじさん」
「先程も言った通り、この世界はプログラムで出来ている。多くの人達はその事を知らずにプログラムに従ってその人生を全うする訳だが、世の中には極々稀にその事に気付いてしまう者がいる。すると、気付いてしまった人には同時にある異変が起こるんだ」
「異変?」
「自分の運命が、自分の一生の人生がどのような物かが解ってしまう。つまり、自分の未来を知ってしまうんだ。これから自分が何をするのか、自分がどうなってしまうかが一瞬にして解ってしまう。その事に気付いた人達の殆どがこう思う。運命に逆らいたい、と」
どのような作用でそんな事が起こるのかは解らない。だが、自分もそう思っている一人だとギガは言う。
「そうやってこの世界は二種類の人達に分類される。即ち『知っている者』と『知らない者』」
「まさか……」
ラックはここに至りようやく大人達が何を隠しているのかに気付く。
「この村にいる大人達は全員……」
「そう、全員自分の運命を『知っている者』だ」
「そんな、じゃあみんな初めから。俺やフェリアが遺跡に行く事を知っていたんですか!?」
その話が本当ならば、村の大人達はラックとフェリアが生まれる前から、何時か二人があの遺跡に行くことを知っていた事になる。
「ああ、その通りだ」
ギガはそれを肯定する。
「私が『知っている者』になったのは約二十年前。テラがその事を教えてくれた」
「父さんが?」
「私だけではない。この村の大人達全員がそうだ。詳しくは説明出来ないが、テラは人に真実を教える事が出来る力を持っていた」
「それで……」
その言葉を聞きラックは合点がいった。
テラはラックが子供の頃に旅に出たまま帰ってきていない。だから、ラックより年下である子供達は何も知らず、村の大人達しかその事を知らないのだ。
「……でも、だったら何で黙っていたんですか?」
知っているならな、教えてくれていればあの山には行かなかった。
それが運命だったとしても、もし知っていたならば何か伝える手段があったはずだ。そう考えるラックだったが
「教えなかったのではなく、教えられなかったのだよ」
「……え?」
「運命には逆らえない。先程私が喋れなかったように、運命に逆らったり運命を変えるような言動は途端に出来なくなってしまう。だから、教えたくても教えれなかった」
「じゃあなんで今喋っているんですか!?」
すでに終わった事だからか、それとも他に理由があるのか。
「ラック君、君が成長するのを皆待っていたんだ」
「俺を……?」
それはどういう意味かと問う前にギガが言葉を続ける。
「君が見た0と1の世界はプログラムの原初の形にして最終的な形、マシン語と呼ばれる物だ」
「マシン語?」
初めて聞く言葉だが、実物を見ているためか違和感がなくその言葉を受け止める事が出来た。
「そう、理論上0と1との組み合わせだけで無限のパターンが作り出せる。プログラムで作られた文字や数字は最終的には0と1に変換され世界に反映される。君はその世界の姿を垣間見た」
あの時感じた法則みたいなものはそれだったのかと納得する。
「本題はここからだ。この世界がプログラムだと言うのならば、呪法と同じように何らかの方法で書き換える事が出来るはず。そう、世界の真実が見える力を持つ君ならば、私達の運命を変える事が出来るはずだと、私達は考えている」
「待ってください。いきなりそんな事を言われても」
ギガの突然の言葉にラックは同様を隠せない。
それはそうだろう。いきなりそんな事を言われてもはいそうですかと納得出来るはずが無い。
「そう難しく考える必要はない。運命にも無条件で発動するものとそうでないものが存在する。例えば今現在も貴方はその選択肢の真っ只中にいる」
「……そうか、三回の質問」
「そう、私が『知っている』のは君が私に三回の質問をする事によって運命が次の段階に進むと言う事。運命の分岐点に現れる条件の事をフラグ、それらフラグによって発生する運命をイベントと言う」
「どれをとってもプログラム用語になる訳ですか」
それらの単語もプログラムを組む上で学ぶ言葉だった。
「そう、そしてプログラムの用語には真と偽と言うものがある。主に判定などを行う場合に使われる言葉で真は1、偽は0を意味している。今の君ならこれが何を意味するかより解るはずだ」
「解ります。今の俺なら……」
あの0と1の世界を見て、あの世界の真の意味を知った今ならば。
「そして、ラック・ラグファースのラックは運命を意味し、ラグファースのフルスペルはフラグファースト。君が世界に疑問を抱いたように、君は生まれながらにして運命のフラグを変える事が出来る唯一の存在だ」
「そんなの言葉遊びじゃないですか」
「その言葉の組み合わせによってこの世界は成り立っている。この世界においては全ての文字や言葉に意味がある。君は意識せずともすでに世界を変革出来る力を持っているんだ」
「ですが……」
ギガの言葉に嘘は無い。
少なくともラックはそう感じていた。だが、幾ら言葉を並べたところで本当にそんな事が出来るのか、見る事が出来ても運命を、世界のプログラムを書き換えるなんて事が自分に可能なのか。そんな保障があるはずもなく、そんな自信はとても無かった。そんなラックの心境を察したのか
「大丈夫、自信を持ちなさい。君はすでに一度運命を変えている」
ギガはそう述べる。
「え……?」
すでに一度運命を変えている。
何時だ。状況から考えるならば、裏山に入り遺跡に至り村に帰ってくるまでの間に起こった出来事のはずだが、そんな事をした覚えは無い。そこで、ラックは伯父のある言葉を思い出す。
『二人とも無事で何より、私としてはこれ程嬉しい事はない』
些細な言葉だった。
だが、改めて考えてその言葉に隠された真の意味を知り、恐ろしい答えに辿り着く。
「まさ、か……」
認めたくない。そんな事など認めたくない。
「……そう、フェリアは本来……あの遺跡で死ぬ運命だった」
バンッ!!
ラックはテーブルを力の限りで殴る。
「おじさんはその事を知っていたんですか!? 俺達が遺跡に行く前から、俺達が子供の頃から、俺達が生まれる前から!!」
「ああ、全て知っていた」
グッ!!
思わず、拳に力が入りギガに殴り掛かろうとするラック。
「ラック駄目っ!!」
フェリアはそんなラックの腕を抱きしめ止めようとする。
「落ち着いて、お父さんを殴ってどうするの!?」
「放せフェリア、こんなふざけた事を平然と言われて黙っていられるか!!」
「でも、お父さんは私達に呪法を教えてくれた。闘う術を教えてくれたじゃない。少しでも運命に逆らおうとしたんだよ!!」
「っ……!!」
そうだった。
自分達に呪法を一から教えてくれたのはこの人だ。それが運命によるものだったかどうかは解らない。それでも、ラックは今日に至るまで学んできた呪法でフェリアを守る事が出来たのだ。おそらく、そうでなければ自分にフェリアを守る事は……出来なかっただろう。
「……フェリア、ありがとう。少し落ち着いた」
「ラック……」
フェリアはそんなラックの言葉に胸を撫で下ろし、掴んでいた腕を放す。
「おじさん、すみませんでした」
「いいや、殴られても仕方がないと思っていた。親として、娘を見殺しにするような真似が許されるはずも無い。もし君が許せないと言うのであれば、この命を奪ってもらっても構わないとさえ考えていた」
「おじさん……」
その言葉に嘘は無い。
ラックがギガを殴ろうとした時、ギガは抵抗するそぶりを一つも見せなかった。
「私は本当に感謝しているんだ。ラック君、よくフェリアを守ってくれた。ありがとう」
ギガはニッと笑いながら礼を言う。
その笑みを見て、ラックは自身の先程の行いを省み恥ずかしくて仕方が無かった。
「フェリアを守ると決めた時、音が聞こえたはずだ」
ギガの言葉にラックは頷く。
あの時の音を思い出す。まるでスイッチを押した時のような音だった。
「大きなフラグが成り立った時には音がするとテラが言っていた。そして、運命を変えるというのは理屈ではない。大切なのは運命を変えようとする君自身の強い意志だとも言っていた」
「……はい」
ラックはその言葉を、自分達を育ててくれた親の言葉を深く心に刻む。
「……おじさん」
「ん?」
「聞きたい事は聞きました。三回の質問もしました。でももう一つだけ聞きたい事があるんです」
ラックはそう言葉を続け、ギガに質問をしようとするが
「これから、何が起こるんですか?」
コンコン……
ラックの質問が終わると同時に家の扉が叩かれる。
「残念ですが、時間切れのようですね」
ギガは椅子から立ち上がり玄関へと向かう。
「待ってくださいおじさん。まだ喋れます。これから何が起こるんですか!?」
ラックの再度の問いに、ギガは良く聞こえる声でこう答えた。
「……この村が滅亡するんですよ」




