第六話 ザグバ・プロマクスは、親友を自慢した!!
「着いたのー!!」
元気よく叫んだのは、アクア令嬢である。
「広くていいな!!」
闘技場を前に、ザグバは喜びを露わにした。前世のテレビやネットでよく見た円形闘技場だ。観客席もあるため、下剋上制度が起こるたびに興味のある学生が観戦しに来るのだろう。
闘技場はかなり広い。ザグバの目測では、長径は約二百メートル、短径は百五十メートルの楕円形の大きさだ。大きな魔術を使っても、問題なさそうな作りになっている。まあ、ザグバくらいの実力者だと、これでも小さいのだが、思っていたよりも広かったため感動しているようだ。
「うっしゃ!! どっちから、やるよ!?」
もう待ちきれないと言ったばかりに声を出すデューラに対して、クレスがそっと手を挙げた。
「僕からやるよ。すぐに終わるからね」
「はっ! 上等だ!!」
「ま、待ってください!! そ、その前に、ち、致命傷防止の魔導具を付けてくださーい!」
エピフィラ先生が慌てて二人に駆け寄った。手に持っているのはブローチだ。魔術を使わない一般人にしてみればアクセサリーにしか見えない代物だが、ザグバから見れば相当な魔力が込められている事が分かる。
「すごい魔導具だー。見たーい。エピフィラ先生、見せてー!!」
魔導具と聞いて反応するのは、やはりマギクム令嬢だ。
見たこともない勢いで、エピフィラ先生に突撃していった。魔導具という言葉に反応して目を覚ます彼女は、魔導具を見ると人が変わったように元気になるようだ。自己紹介では見えなかった紫色の瞳が、アメジストの様に輝いていていることを知る。
自分のしたいことを優先するマギクム令嬢に、ザグバの好感度が上がった!!
「み、見せますから、お、落ち着いてください〜!! お、お二人は、ぶ、ブローチを付けて待っていてください!!」
今までほとんど寝ていたマギクム令嬢が、急に興奮し始めて、エピフィラ先生が手に持つ魔導具を顔を近づけて凝視している。被害を受けるエピフィラ先生が若干不憫だが、止める者はいない。
「うっしゃ!! 俺様は問題ねぇぞ!!」
「うん、僕も」
「で、では、と、闘技場中央でお待ちください。い、今から、け、結界魔術を発動させます」
エピフィラ先生の言葉で、クレスとデューラは互いに闘技場中央へと向かう。
「すごい、結界魔術を生み出す魔導具!!」
エピフィラ先生からいつの間にか受け取っていたマギクム令嬢は、魔導具のブローチを手に持ったままエピフィラ先生の後を追う。後姿で確認できないが、恐らく輝く笑顔を見せているのだろう。
「ま、マギクムさん。み、見るだけですからね?」
「もちろん!!」
じっと結界を生み出す魔導具を見つめるマギクム令嬢。結界を生み出す魔導具は、三段式の台座のような形をしている。台座の上には、真っ白な球体の水晶が鎮座されていた。
エピフィラ先生が水晶に触れると、石畳が敷き詰められたアリーナと、観客席の間に結界が生み出された。ザグバは生み出された結界をじっと観察する。半透明の結界をよく見ると、水に浮かぶ油のような虹色の光が見えた。
凝縮された各属性の魔力が、光を放っているのだろう。観客を守るために多種多様な魔術の耐性が付与されていた。
「ふむ、強度はまぁまぁだな!」
「ザグバ、君の言うまあまあとはどのくらいの強度だ?」
気になって声をかけたのは、フロガーだ。
「む、そうだな……特異級魔獣の全力の攻撃であれば、三度なら耐えられるといったところか」
「……それで、まぁまぁか。君の力には恐れ入る。ちなみに、君が攻撃した場合は?」
「軽く殴れば終わりだな!」
グッと力こぶを出す様に、腕に力を入れる。ワイシャツ越しでも筋肉が盛り上がったのだろう。フロガーは、視線をアリーナにいる二人に向ける。
「……そうか。デューラを殺すのだけは止めてくれ」
「もちろんだ! あの魔導具が通じるくらいの手加減もできるから安心してくれ!」
「ああ、君の言葉を信じる」
どうやら納得したらしく、フロガーは柔らかく笑うのであった。
「そ、それでは、は、始めてください」
フロガーとの会話が終わると、エピフィラ先生の試合開始の合図が届いた。
だが、両者が動くことはない。
「来ないのかな?」
「ああ、俺様は油断をしねぇ! 絶対に一発避けてみせらぁ!」
気合の声と共に、周囲に暴風が巻き起こる。
デューラは無詠唱で風の防御魔術を展開した。デューラの周囲に嵐が吹き荒れており、結んであるパーマのかかった白髪が揺れている。
だが、クレスはデューラの魔術を見ても、気にする様子はない。
「そうかい。言葉とは裏腹に、存外冷静のようだね」
クレスは前に手を出す。
「まあでも、残念ながら……関係ないけどね」
クレスが言い終えると、同時にザグバが告げる。
「終わったな!」
「それは、どういう?」
フロガーは、クレスとデューラから目を離さずに声だけでザグバに問う。それを横目で確認していたザグバは、決して戦いから目を離さないフロガーを評価する。
戦場では、先に目を離したほうが負けるからだ。とはいえ、目を離さなくとも負けることはあるだろう。相手の実力が、自分よりも上の場合はそうなるはずだ。
相手の手数が自分よりも多い、相手の動きが自分よりも早い、相手の攻撃が思っていた以上に重かったりと。予想を超えた力とぶつかって負ける。これは仕方がない。
デューラは油断などしていなかった。確実に、クレスの一撃を止めることだけに集中していたはずだ。
ただ、対処法を間違えた。
クレスの放つ魔法を前にして、その場に立ち止まるというのは絶対に当ててくださいねと言っているようなものだからだ。
「見て、デューラの風が止まってるの!!」
異変に気付いたのは、アクア令嬢だ。
驚きのあまり、アリーナの二人に向かって指を差す。
デューラの周りで吹き荒れていた風が止んでいた。
そして、デューラはピクリとも動かずに、前のめりに倒れてしまう。石畳にバタンと倒れこむ。デューラはピクリとも動かない。
「まあ、光を見てから避けるのは、俺でも無理だ!」
フロガーの疑問に対して、ザグバはそう答えた。
残念ながら生物には限界という制約がある。
その一つとして、認識できる速度だ。
クレスが得意とする魔法の一つに、光の魔法がある。
魔術ではなく、正真正銘の魔法だ。
この世界であれば、光魔術の攻撃さえ他の魔術でカバーできることがある。ただ、クレスの力は魔術ではなく、魔法である。光の魔法を学生が初見で避けることができるかと言われれば、ほぼ不可能だろう。
光の速さは、物体が出せる中で最速だ。相手が何を出すか分からない中で、使い手が限られる光魔法が来ると予測していたとしても、だ。
実際に感じたことのない速度を目にした場合、人の脳は処理することができない。
だからこそ、何も分からないまま、気付けば地に伏せている。
そしてそれは、ザグバにも当てはまる。
「俺が冒険者として活躍していたころに、一度だけ負けた唯一の人族。それが、クレスだ!!」
ザグバは鼻の穴を膨らまし、真っ白な歯を見せつけながら、親友のクレスの名を堂々と自慢するように発した。
こうして、デューラ対クレスは、クレスの圧勝で終わりを告げた。




